10 嵐の前のなんとやら
話が終わる頃にはすっかり夜中になっており、ロベルトの必死な説得でアビゲイルはロベルトの宿舎に泊まることになった。
ロベルトが病み上がりなこともあり、リビングのソファを借りた。宰相補佐の宿舎のソファは柔らかかった。
家族について少し話したからか、以前よりも二人の距離は近づいた。
お互いに相手の家族事情については触れてはいけないと無意識に思っていたところがあったようだ。全てを打ち明けたわけではないものの、家族について触れられたことによりなんとなく遠慮していた部分が消え、より親密になった。
それは側から見ても表れていたようで、二人はじきに結婚するのではないかと噂されたくらいだ。否定するのも肯定するのも違うな、と思いあえてその噂はそのままにしてある。
そんな平和な日々が続いている時だった。
「団長、あの、これ、一応目を通しておいた方がいいと思いまして」
珍しくルイスが気まずそうに一枚の紙を渡してきた。
それは人事異動の知らせだった。
「うわ」
「そうですよね」
「教えてくれてありがとう。助かる」
ーー『リーガン・ブロワを第一騎士団所属とする』
その文字を見てアビゲイルは頭を抱えたくなった。あの男が帰ってくる。厄介ごとの匂いしかしない。
「問題を起こして地方に飛ばされたはずだろう。なんで戻ってくるんだ」
「今朝第一騎士団のサイラスと会ったので詳しい事情を聞いてきましたよ。なんでも赴任先の領主とトラブルを起こしたらしく、領主がリーガンを手放したいと言ってきたそうです。トラブルの内容的にも領主がリーガンを殺す勢いだったので、急遽王都で引き取ることにしたそうです。新しい赴任先が決まるまでは第一騎士団で預かることになったと」
「何をしたら領主をそんなに怒らせるんだよ……」
「あー、まあリーガンですから。その、領主の娘に、……ね?」
「最悪だな。……まあそう考えると第一騎士団は妥当か。あそこは経験豊富な騎士が多いから、ある程度のトラブルは未然に防げるか」
「問題児すぎて予想を超えてくる可能性はありますけど」
「第一騎士団は貴族に近いからな。まあ派手にトラブル起こしたらそれはそれで今度こそ北の魔獣討伐部隊にでも送られるんじゃないか」
「あいつがそこに行ったら死刑みたいなもんですよ。……団長は恋人に事前にお伝えしておいてくださいね。あいつ、異動時にはまだ団長のこと諦めてなかったでしょう。何があるかわかりませんよ」
「……おっしゃるとおりで。ありがとう。助かる」
いえいえ、と言ってルイスは部屋を出て行った。アビゲイルはもう一度書類に目を通して、その紙を確認済みの箱に入れた。
***
「ロベルト、言いづらいんだが、元恋人が騎士団に戻ってくることになった」
勤務を終え、明日がちょうど二人とも休みだったこともありアビゲイルはロベルトを家に招いた。
リーガンのことを伝えるためだ。
夕食を終えてソファで休んでいた時にそれを伝えれば、ロベルトはわかりやすく狼狽え、顔色を青くしていた。
「違う違う、別れ話とかじゃない。いい話でもないけど。リーガン・ブロワを知っているか?」
「ブロワ伯爵家の、確か四番目でしたか」
「そう。そいつは元々王都務めで私の元恋人だった。でもトラブルを起こして地方に飛ばされたんだ。……で、飛ばされた先でも大きなトラブルを起こして一時的に王都に戻ってくることになったんだ」
「それを、どうして私に?」
アビゲイルの元恋人は王都の騎士団に何人か居る。けれどなぜリーガン・ブロワのことだけ前もって伝えたのか、ロベルトは気になるらしい。
「それはリーガンがろくでもないクソ野郎だからだ……」
「ものすごい言い様」
「年下の騎士、女性騎士、下位貴族の騎士、平民出身の騎士を基本的に見下している。実力や年齢は関係なく。その上で女癖も悪い。その上、ブロワ伯爵夫妻が末子のリーガンを特に可愛がっていて、何度もトラブルを起こしているのに騎士を辞めさせられないという厄介なやつだ」
「……アビゲイル」
「なんだ」
「……私が言うのもなんですが、男の趣味が悪すぎませんか」
アビゲイルはぐ、と言葉を詰まらせた。
「私は若かったんだ。……愛が、わからないから、告白されるままにいろんなやつと付き合ってたんだ」
「愛がわからない。以前も言っていましたね」
「そう。私はあまり愛されたこともないし、両親は互いに愛し合ってたけど、普通じゃなかった。だから愛し合うってどういうことか知りたかったんだよ」
「……わかりましたか?」
「いや、全然。わからないから知ろうとするのを諦めた」
「残念です。わかったなら教えてもらおうと思っていたのに」
「それは残念だったな」
ロベルトはいつもの調子で笑った。
「リーガンが地方に飛ばされる時には私はもう別れていたんだが、向こうが未練があって何度かよりを戻さないかと言われていた。でも私は一度別れた人とは付き合わないことにしているから、断ったんだ。そしたら色々と噂を流された。今回戻ってきて、まだ私に興味があるとは思えないが、何かで機嫌を損ねればまた変な噂を流されるかもしれない。
君がまた私のいないところで不安になって風邪を引いても困るからな。こうして前もって伝えておいたわけだ」
「……ありがとうございます。あと、ロベルトと呼んでください」
「こんな時でもめざといな」
「次からはどんな噂を聞いても、あなたを信じます」
「ありがとう。次の赴任先が決まればまたどこか地方へ飛ばされるだろうから、それまでの辛抱だと思ってくれ」
「はい」
その日、ロベルトはアビゲイルの家に泊まることになった。
風呂に入り、アビゲイルが弟妹の写真を見るとほっとしたようだった。「次に王都に来たら会わせるよ」といえば、少しだけ恥ずかしそうに頷いた。
夜、眠る時にアビゲイルはロベルトに弟妹用の客間を使わせるか少し悩んだ。ロベルトと付き合ってもうすぐで半年になろうとしているが、いまだに身体を繋げたことはなかった。
どの部屋を使うか、ロベルトに相談すれば遠慮して客間を使うと言うだろう。
無理に関係を進めたいわけではないが、気を使って距離をとられたいわけでもない。少しだけ悩んだ結果、あえて客間の存在を告げずにアビゲイルはロベルトと自分のベッドで一緒に眠ることにした。
顔を赤くしながらアビゲイルにされるがまま、ロベルトはベッドに招かれた。身体をガチガチにして遠慮しながらアビゲイルを抱きしめた。
「この家に兄妹とその婚約者以外を招いたのは、ロベルトが初めてだから安心してくれ」
アビゲイルなりに、ロベルトの緊張と不安を和らげるために言った言葉だったが、ロベルトはそんなことを言われると余計に眠れなくなってしまった。どういう意味ですか、と聞きたい。でも怖くて聞けない。
団長として頼られ、心も騎士としても強い人なのに、こうして抱きしめてみるとロベルトより小さかった。こんな小さい体で魔物を倒しているのが信じられないくらいに。
抱きしめているとアビゲイルは「あったかいからすぐ寝そうだ」と言いながら、その数秒後には眠ってしまった。ロベルトはそんなアビゲイルの姿をしばらく眺めて過ごした。
次の日は久しぶりに二人で街へ出かけた。美味しいものを食べ、博物館へ行き、散歩をした。
夕方になると、ロベルトが急に宝石店に行きたいと言い出したのでアビゲイルはそれに付き合った。ロベルトが宝石を身につけるところを見たことがなかったので意外だった。
ロベルトに導かれ、アビゲイルは宝石を一つ選ばされた。宝石の価値などわからないので色で選んだ。アビゲイルの瞳の色に一番近いものを選んでくれと言われたので、緑の宝石の中から一番深い色を選んだ。
しばらく休憩スペースのような場所で待っていると、買い物を終えたロベルトが戻ってきた。
手には紙袋を二つ持っていて、そのうちの一つをアビゲイルに差し出した。中身を見るとピアスだった。ロベルトの瞳の色によく似た、澄んだ青色だった。
アビゲイルは気に入ってすぐにそれをつけた。
ロベルトがもう一つの紙袋を開けると先ほど選んだ宝石がついたピアスだった。つけてくれと頼まれたのでアビゲイルは喜んでそれをロベルトの耳につけた。
「高かったんじゃないか?」
「元恋人が戻ってくるから、お互いの色の宝石をつけて少しでも安心したいと言う、心の狭い男の願いなので、気にしないでください」
ロベルトは恥ずかしそうに顔をそらす。
こうして時折大胆に行動する割に、いつだってアビゲイルを前にすると恥ずかしそうに照れている。アビゲイルはその姿を見るのが好きだった。
「ロベルト、こっちを向け」
アビゲイルはたまらなくなり、顔を向けたロベルトに久々に深い口付けをお見舞いした。




