01 突然の告白
「私と付き合ってください」
文官たちが勤務するエリアと騎士団たちのいる演習場を繋ぐ長い渡り廊下。
宰相補佐であるロベルトは、極めて不機嫌そうな顔でアビゲイルに告白した。
アビゲイルは仕事以外で言葉を交わしたことのない宰相補佐からの告白に驚いて珍しく返答に困っていた。どう返事をすべきか一瞬悩んだものの、結局、いつも通り「わかった」と返事をした。
ロベルトは一瞬目を見開き「ありがとうございます」と言い、踵を返してアビゲイルの前から立ち去った。
「ルイス、私は今、告白されたんだよな?」
「だと思うんすけどねぇ」
用件は済んだとばかりに去っていくロベルトを見ながらアビゲイルは補佐のルイスに尋ねる。二人で「うーん?」と唸りながら小さくなっていく背中を見つめた。
***
アビゲイルが宰相補佐であるロベルトに告白された噂は瞬く間に王城中に広まった。どうやら近くに目撃者が居たらしい。次の日の昼には王城中の誰もが知ることとなった。
何せ二人は有名人である。
アビゲイルといえば、貧乏で前当主がろくでもないことで有名なトロビー子爵家の長女だった。
前当主はもともとあまり評判のいい人間ではなかったが、妻を亡くして狂ってしまった。子供たちに暴力を振るうようになった。特に妻がなくなる遠因となった末の妹に対して憎悪に近い感情を抱いていた。アビゲイルは数年にわたり、必死で幼い弟妹達を守っていた。でもある年の母の命日、酒に酔った父親が暴れて妹の骨を折ったとき、アビゲイルはついに家を出た。使用人達と母親の兄に土下座して、幼い弟妹を連れて王都までやってきた。
そして二人の家族を育てるために、騎士団へ入団した。
本人のわずかな資質と血の滲むような努力により、次第に成果をあげるようになる。給料が良いからという理由で、魔物討伐を担当している第三騎士団へ異動するとさらに目立つ存在になった。
アビゲイルが来てから第三騎士団の死亡率が下がったことや、他の騎士、前団長の指名などもあり、現在は第三騎士団の団長を務めている。
団長に就任するのとほぼ同時期に、彼女の妹が無事に学園を卒業した。一番下の妹が学園を卒業すると同時にトロビー子爵家から籍を抜いたのではと言われている。自分の人生を捧げてまで弟妹たちを守り、育てる姿はまさに理想の騎士そのものだと、一時期の社交会ではこの話題ばかりだった。
騎士になると、必ず男女問わず一度は彼女に憧れるくらいだ。
女性騎士は強さや生き様に憧れ、男性騎士はその美貌に憧れる。
アビゲイルは騎士として、また子爵令嬢としても見た目が整いすぎていた。見境なく暴れる父が唯一顔を避けるほどには。
そして副官を選ぶことになった際には、彼女の容姿に気後れすることも惹かれることもなさそうな人物、を基準にするくらいには。
対して。
ロベルトといえば侯爵家の次男で私生児であり、長年、凶暴な兄に虐げられて生きてきた。
兄であり長男であるアスベルは大変気が短いことで有名だった。そして弟であるロベルトのことを常に見下し嫌悪していた。
アスベルは他の貴族の目があろうが気にせずロベルトを蔑み、時には手を出し、死なない程度に虐め抜いた。侯爵夫妻は見て見ぬふり。
他の貴族たちも侯爵家と面倒ごとを起こしたくないため見て見ぬふり。
誰にも守られない私生児の未来など、このまま侯爵家に兄の憂さ晴らしとして飼われるか、碌でもない家門に売られるか、平民として打ち捨てられるか、どれかだろう。将来性がないのに助ける人間は、ロベルトの周りにはいなかった。
しかし、ロベルトが学園に入学すると状況は一変した。
ロベルトは頭が良すぎたのだ。瞬く間に頭角を現した。
まともな教育を受けられない環境にも関わらず、初回の試験で一位を叩き出した。同学年だった王太子殿下がロベルトに興味を抱き、すぐに気に入られた。殿下が気に入ればその側近候補達とも仲良くなった。
三年生になる頃には殿下から公式に親友とまで言わしめ、アスベルは迂闊に手出しができなくなった。
王城の文官の試験に合格し、学園を卒業すると同時に侯爵邸を出て王城内の宿舎で暮らしている。
王太子の側近を打診されたが本人が辞し、下積みから実績を積み重ね、今では宰相補佐まで昇進した。コネではなく実力で王太子に近い場所まで上り詰めた。
無表情で美麗な文官。
ロベルトの母親は田舎の男爵家の末子で、ロベルトを産んで間もなく亡くなっている。生前の彼女を知る人曰く、それはそれは美しい人だったらしい。侯爵がうっかり手を出す程度には。
どちらかといえば厳しい顔つきの侯爵の遺伝子を見事に跳ね除け、ロベルトは儚げな美人に育った。無表情か顰め面ばかりだが。それでもやはり美しく密かに人気がある。
そんな二人が付き合うのだ。城中の人間が二人に注目することとなった。




