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異世界に行った息子を殴りに行く  作者: rir


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あたしの息子

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警察の説明は、まるで安っぽいSF小説のようだった。中学二年生の息子、健太は、下校途中に飛び出した幼児を救おうとトラックに飛び込み、まばゆい光と共に消えた——遺体も痕跡も残さずに。物理法則も常識も無視したその報告を、母の和子は三年間、受け入れることができなかった。喪失感は彼女の心を灰色の鉛で満たし、今日が健太の十七歳の誕生日だと思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。


その日、錆びた郵便受けに、一枚の皺くちゃな羊皮紙が挟まっていた。差出人表示はない。不審に思いながら開くと、そこには彼女の息子の、間違いない殴り書きの字で言葉が綴られていた。


> 母さんへ

> 俺、異世界に行って魔王退治をしてたんだ!ホントならそっちに帰れるけど、この世界で大切な人ができたんだ。エルフの戦士、リナっていうんだけど…もう、ここが居場所なんだ。ごめんね。ホントはもっと早くに連絡できたんだけど、伝書鳩が竜に食べられちゃってさ。また手紙書くよ。

> 健太


一瞬、時間が止まった。そして、長年心を支配していた深い悲しみは、沸騰するマグマのような激しい怒りに一瞬で塗り替えられた。涙は涸れ、握りしめた拳が震えた。

「あの…バカ息子がっ!」


彼女の頭の中を、健太が幼い頃から繰り返してきた無鉄砲な行動が走馬灯のように駆け巡った。公園で大きな子に立ち向かったこと、捨て猫を十匹も連れて帰ったこと。その「正義感バカ」が、今度は異世界なんてものにまで飛び火したらしい。そして、一番許せないのは——「大切な人ができた」?母親を三年間も悲しみに沈めといて、よくそんなことが言える!


論理的思考は完全に吹き飛んだ。異世界?魔王?そんなものはどうでもよかった。彼女が知っているのは、たとえ神々や魔法が存在しようと、親不孝な息子の頬を張る権利は母親にある、ということだけだった。


その夜、和子は行動を起こした。警察の不可解な報告書、健太が消えた現場で回収されたという微かな魔力の残滓が記された研究所の密かな文書(彼女が必死で調べ上げた)、そして何よりも、あの羊皮紙の手紙自体が発するかすかな、異質なエネルギー。民間伝承や、ありえない話を收集するオカルトコミュニティの情報をかき集め、彼女は一つの儀式の陣形を見つけ出した。伝説では、強い「想い」が世界の壁に穴を開けるという。


次の満月の夜、息子が消えた交差点の真ん中で、彼女は警察の目を盗んで粉筆で複雑な円陣を描いた。手には、健太が小学生の時に喧嘩で折ったまま直していないバットを握りしめていた。これが異世界に持っていける保証はなかったが、何か手に武器を持っていないと気が済まなかった。


「論理も常識も、もういい」彼女は夜空の月に向かって呟いた。「あのガキ、自分がどれだけ心配をかけたか、身をもって思い知らせてやる。トラックより怖いものを見せてやる…母親の怒りをな」


彼女は羊皮紙を円陣の中心に置き、怒りと愛と、たっぷりの心配で胸を一杯にして、儀式の決まり文句を叫んだ。地面が微かに震え、あの日と同じまばゆい光が彼女を包み込んだ。視界が歪み、体が引き伸ばされるような感覚。


転送の衝撃が治まり、和子が目を開けると、そこは紫色の空の下、二つの月が輝く見知らぬ森の中だった。手には、なぜかあの折れたバットがしっかりと握られていた。遠くから、楽しげな笑い声が聞こえる。よく聞き覚えのある、あの無邪気な笑い声だ。


和子は深く息を吸い、バットを肩に担いだ。森の小道を、笑い声のする方へと歩き出した。足取りは確かで、目には静かな炎が灯っている。


「待ってろよ、健太」彼女は低く呟いた。「お前の人生で一番長い説教が、今始まるところだ。まずはあのエルフの娘に、うちの息子のダメなところを全部教えてやらなきゃな」


風が彼女の銀髪をなびかせ、異世界の草花がそよぐ。伝説の勇者を育て上げた、もう一人の英雄の、怒りに満ちた救出劇——いや、説教劇の幕が、今上がろうとしていた。

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― 新着の感想 ―
残された者達の至極真っ当な感覚ですよね。 育ててもらっておいて心配していたこちらの気も知らずあろうことか恋という一時の気の迷いで本来の自分の世界を家族ごと捨てるとか…元の世界で死んでしまったとか戻れる…
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