表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

帰り道

作者: 赤蔦谷久満
掲載日:2025/11/23

ご覧いただきありがとうございます。

赤蔦屋久満アカツチヤヒサミツと申します。

今回「帰り道」という作品を書きました。親と喧嘩して家出した高校生の物語です。

ぜひ皆様最後まで読んでいただけると幸いです。

 夕方の空は、沈みきれなかった陽の名残をわずかに抱えたまま、薄紫色に溶けていくところだった。

 速人はリュックを片肩に引っかけ、玄関の扉を乱暴に閉めた。靴底がアスファルトを叩く音が、胸の奥の苛立ちをそのまま表しているようだった。


 ──うるせぇよ。俺の気持ちなんて、どうせ分かんねぇくせに。

 家の中に残してきた叫びが、まだ耳の奥に残っている。父親は珍しく怒鳴り返さなかったが、その静かな視線が余計に堪えた。母は止めようとしたが、ありがちな「心配だから」「将来のために」という言葉に、速人はもう限界だった。

 夕暮れの街を歩く。行くあてもない。ただ家から離れたい。それだけで足が勝手に前へ出た。

 公園の入り口に差しかかると、ブランコが風に揺れてかすかな金属音を響かせていた。子供の頃、母とここに来ては靴を脱ぎ捨てて走り回ったことを思い出す。

 「……馬鹿みてぇだな」

 両親の顔を思い浮かべて自嘲気味に笑い、速人はベンチに腰かけた。

 ポケットからスマホを取り出す。通知は何件か来ている。

 ──母さん

 ──父さん

 ──どこにいる

 ──無事か

 ──帰ってこい

 「帰れるわけねぇだろ」

 そう呟いた瞬間、胸がズキンと痛んだ。怒りはまだ残っているのに、その下の奥底でうずくものの正体に、速人はうすうす気づいていた。

 ──怖い。

 ──帰れなくなることが。

 ──帰る場所がなくなることが。

 風が吹き抜ける。公園の街灯に虫が集まりはじめ、遠くから犬の散歩する足音が近づいては遠ざかっていく。時間だけが、やけにゆっくり流れた。

 ふと、ポケットの中でスマホが震えた。画面には短いメッセージ。

 「夕飯、まだ温めておくから」

 それは母からのものだった。怒鳴り声でも説教でもない。たった一言なのに、速人の胸の奥に溜まっていたものが少しだけほどけた。

 その瞬間、速人は悟った。

 本当にぶつかりたい相手は、怒りではなく「分かってほしい」という自分自身の弱さだったのだと。

 立ち上がると、空には一番星が滲むように光っていた。

 帰り道は長いようで、実はすぐそこにある。ほんの少し勇気を出して、歩き出しさえすればいい。

 速人は深く息を吸い込み、ゆっくりと家の方へ足を向けた。


 ──帰ろう。

 たとえ気まずくても、またぶつかってしまっても。それでも帰る場所は、あそこしかないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ