帰り道
ご覧いただきありがとうございます。
赤蔦屋久満と申します。
今回「帰り道」という作品を書きました。親と喧嘩して家出した高校生の物語です。
ぜひ皆様最後まで読んでいただけると幸いです。
夕方の空は、沈みきれなかった陽の名残をわずかに抱えたまま、薄紫色に溶けていくところだった。
速人はリュックを片肩に引っかけ、玄関の扉を乱暴に閉めた。靴底がアスファルトを叩く音が、胸の奥の苛立ちをそのまま表しているようだった。
──うるせぇよ。俺の気持ちなんて、どうせ分かんねぇくせに。
家の中に残してきた叫びが、まだ耳の奥に残っている。父親は珍しく怒鳴り返さなかったが、その静かな視線が余計に堪えた。母は止めようとしたが、ありがちな「心配だから」「将来のために」という言葉に、速人はもう限界だった。
夕暮れの街を歩く。行くあてもない。ただ家から離れたい。それだけで足が勝手に前へ出た。
公園の入り口に差しかかると、ブランコが風に揺れてかすかな金属音を響かせていた。子供の頃、母とここに来ては靴を脱ぎ捨てて走り回ったことを思い出す。
「……馬鹿みてぇだな」
両親の顔を思い浮かべて自嘲気味に笑い、速人はベンチに腰かけた。
ポケットからスマホを取り出す。通知は何件か来ている。
──母さん
──父さん
──どこにいる
──無事か
──帰ってこい
「帰れるわけねぇだろ」
そう呟いた瞬間、胸がズキンと痛んだ。怒りはまだ残っているのに、その下の奥底でうずくものの正体に、速人はうすうす気づいていた。
──怖い。
──帰れなくなることが。
──帰る場所がなくなることが。
風が吹き抜ける。公園の街灯に虫が集まりはじめ、遠くから犬の散歩する足音が近づいては遠ざかっていく。時間だけが、やけにゆっくり流れた。
ふと、ポケットの中でスマホが震えた。画面には短いメッセージ。
「夕飯、まだ温めておくから」
それは母からのものだった。怒鳴り声でも説教でもない。たった一言なのに、速人の胸の奥に溜まっていたものが少しだけほどけた。
その瞬間、速人は悟った。
本当にぶつかりたい相手は、怒りではなく「分かってほしい」という自分自身の弱さだったのだと。
立ち上がると、空には一番星が滲むように光っていた。
帰り道は長いようで、実はすぐそこにある。ほんの少し勇気を出して、歩き出しさえすればいい。
速人は深く息を吸い込み、ゆっくりと家の方へ足を向けた。
──帰ろう。
たとえ気まずくても、またぶつかってしまっても。それでも帰る場所は、あそこしかないのだから。




