きれいな音色。澄んだ音色。でも、悲しい音色。
「君には、桜の花がきれいな頃までは、色々な音色が聞こえていたのでしょう?」
妖精の子は、驚きました。
『なんで知っているんだろう?』
そうと思いながら、うなずきました。
するとお月さまは、言いました。
「君と同じように、音色が聞こえなくなってしまった桜の木の妖精の子たちに、今までたくさん会って来たんだ。
みんな、『桜の花がきれいな頃までは、色々な音色が聞こえていたのに』って話してくれたんだよ」
妖精の子は、その子たちの事をもっと知りたくなりました。
「その子たちの事を、教えてくれる?」
妖精の子は、お月さまに聞きました。
「もちろん。でもね、その前にいくつか聞かせてほしいんだ」
妖精の子は、うなずきました。
お月さまは、穏やかな声で質問を始めました。
「まず音色について聞くね。
音色には、音のほかにも様々な色があって、色々な形をしているのは知ってるよね?」
妖精の子は、うなずきました。
「君には、どんな色が見えていた?」
妖精の子は、思い出しながら、つっかえつっかえに答えました。
「楽しい色……。きれいな色……。澄んだ色。悲しい色……」
「形は?」
「……」
妖精の子は、色の事は上手に言えましたけれど、形の事はどう言う風に言ったら良いのかよく分かりませんでした。
すると、妖精の子の困った様子を見て、代わりにお月さまが答え始めました。
「丸こくって懐っこそうな形、これは見てると楽しくなちゃうね。
フニャフニャしていて、すぐに壊れちゃいそうな形は、なんだか頼りなくなっちゃう。
ギザギザ尖った形は、何かに怒っているのだってすぐ分かる。
ほかにもすべすべした形や、穴ぼこだらけの形……。色々な形があったでしょう?」
お月さまの話すのを聞きながら、妖精の子は、
『そう、そう』
って、うなずきました。
音色たちの色々な形を、ぼんやりと思い出したのです。
「それではね、音色の音や、色、形って何だと思う?」
お月さまがそうたずねた時、一片の雲がお月さまのそばまで流れて来て、アッと言う間に、お月さまを隠くしてしまったのです。
妖精の子はとたんに心配になりました。お月さまがまた雲から顔を出した時、妖精の子の事を、分からなくなってしまうかもしれないと思ったからです。
気をもんでいると、雲の向こうから、お月さまの声がしました。
「あのね、こんな質問をするのには訳があるんだ。だからよ~く考えてみて」
大丈夫、まだしっかりとつながったままでした。
妖精の子は、安心して今度はさっきよりも一生懸命に考えました。でもさっぱり分かりません。
お月さまもしばらく、妖精の子が答えを出すのを待ってくれていましたけれど、やがてまた、話し出しました。
「音色の音や、色、形ってね、その音色を出すもの、例えば桜の木や、花びらや、夜空のお星さまたち。そんなものたちの心の声や、色、形なんだ」
お月さまがそう言い終えた時、再び雲のはしから、その優しい顔が現れました。
妖精の子には、さっきより少し輝きを増したように思われました。でも、お月さまは何事も無かったように話を続けました。
「それでね、ここからが肝心。
音色はね、一つの心から、ほかの心に向けて放たれるものなんだ。
だから、それを捉えようとするには、心の目や耳で感じるしかないんだよ」
妖精の子には、何となくしかお月さまの言っている事が分かりませんでした。なぜって、その音色が、聞こえないのですから。
お月さまは、妖精の子のそんな心が分かったようで、やさしくこう付け加えました。
「今、君には私の声が聞こえているでしょう? 気付いて無いようだけれど、この声は私の音色の音なんだ。
つまりそれは、いま君が私の心を心で聞いてくれているって事なんだよ」
お月さまのその言葉を聞いて、妖精の子は、はっとしました。確かにその通り、今まで聞こえないと思っていたお月さまの声が、聞こえているのです。
そう気が付くと、妖精の子は自然と笑顔になりました。
そんな妖精の子を見つめながら、お月さまは続けました。
「花びらが、散る間際に放った音色を覚えているかい?」
妖精の子は、花びらに触れてみた時の事をどうにか思い出しながら、うなずきました。
「どんな音色がした?」
「きれいな音色。澄んだ音色。でも、悲しい音色」
そういって、妖精の子は小さなため息をつきました。
その時、透明なはずのため息がきらりと輝きました。お月さまのとても温かみのある光が、降りそそいでいたからです。
お月さまは、しばらくの間そのまま静かに、妖精の子を照らしているだけでした。
たぶんお月さまも、妖精の子の答えた音色について考えていたのでしょう。
それからゆっくりとした口調で、また話し始めました。
「私はいつもこう思っているんだ。
音色に色々な音や、色や、形があるのはね、心にたくさんの思いがつまっているからなんだって。
だから、どんなに切ない音だって、どんなに悲しい色だって、どんなにさみしそうな形だって、そこにはきっと、もっと違った思いも重なっているのじゃないのかって」
そう言ったあと、お月さまの言葉が再びちょっと途切れました。
やっぱり、一生懸命考えているようでした。
その様子を見て妖精の子は、お月さまが自分のために何かを、どうにか伝えてくれようとしているのがすごく良く分かりました。
だから静かに、次の言葉を待ちました。
するとようやく、お月さまは同じ口調で話し始めました。
「君は『きれいな音色。澄んだ音色。でも、悲しい音色』が聞こえたって言ったね?
私もね、きっとそうだったのだと思う……。
けれどね、心が悲しい思いだけで満たされていたら、きれいで澄んでいる音色にはならなかったと思うんだ……」
それからお月さまはまた、妖精の子にこう聞きました。
「桜の花びらには、桜の木から去ってしまう悲しみのほかに、きれいに咲けた喜びや、君や、ほかのみんなに楽しんでもらえたっていう誇らしさ、ほかにもたくさんの思いがあったのではないのかな?」
妖精の子はそう聞かれてみて、その時の事を、もう一度良く思い出そうとしてみました。
すると、さっきまでほとんど忘れてしまっていた花びらの音色の響きが、しっかりと心に蘇って来たのです。
妖精の子は、その澄んだ音色に今度はしっかりと心の耳を傾けました。
すると、それまで気が付かなかった花びらの、色々な思いが聞こえて来たのです。
妖精の子の瞳からまた、自然と涙があふれて一筋こぼれ落ちました。
その様子を見守っていたお月さまは、ほっとして微笑みました。
妖精の子は泣いていましたけれども、穏やかで、とても優しい顔をしていたからです。
妖精の子にも、お月さまがほっとしたのが分かりました。
しっかりと心が、つながっていたからです。
妖精の子も、照れくさそうに微笑みました。
「花びらが散っていく時、君のまわりの妖精たちだって、ちゃんと桜の花びらの悲しい気持ちを分かってあげていたんだ。
でもね、ほかにもあったたくさんの思いまで、ちゃんと受けとめてあげられていたから、花びらと心から楽しんでお別れが出来たんだ」
妖精の子は大きくうなずきました。
お月さまは、とっても嬉しそうでした。
そのあとお月様は、昔に出会った、音色が聞こえなくなってしまった桜の木の妖精の子たちの話を、聞かせてくれました。
みんなも妖精の子と同じ理由で、透明になってしまっていたのだそうです。
それから、
「桜の木の妖精たちが透明な姿で生まれてくるのは、まわりにある色々な心を感じて、その思いを受け入れるため。
透明になってしまっていたのは、再び自分の心を開いたり、まわりの思いを受け止めたりする準備をするためだったのだよ」
と教えてくれました。
* * *
そのあとも妖精の子は、お月さまと色々なお話をしました。
桜の木が元気なかぎり、毎年毎年きれいな花が咲いて、葉っぱが茂ってまた散って行く、そんな事なんかも教えてもらいました。
いつの間にか、まわりにいた妖精たちも妖精の子の姿に気が付いて、みんなそばにやって来ました。
妖精の子はすごく喜びました。
それから夜が明けるまで、その桜の枝には、お月さまの色をした小さな光が、チラチラと輝いていたそうです。
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