生まれたての妖精
桜の花がほころびはじめ、辺りがほんのり香り始める頃、桜の木の妖精は生まれます。
『どこから生まれてくるの?』
それはもちろん、蕾の中からです。
そよ風がそっと桜の蕾に触れた時、時折、何かのはずみでそこに命が宿る事があるのです。ですから毎年、桜の木には、いく人かの妖精の子供が生まれるのです。
* * *
ある山里の外れに大きな桜の木が枝を広げています。
良く晴れた昼下がり、その日、生まれたばかりの妖精の子が、ちょこんとその枝に腰かけていました。
うっとりと桜の花を見上げていたのです。
妖精の子のほかにも、あちらこちらの枝にたくさんの妖精たちがいました。
妖精の子より少し先に生まれた妖精や、前の年に生まれた妖精、それよりももっともっと前に生まれたお年寄りの妖精まで。
みんな、一緒に仲良く桜の木に住んでいるのです。
* * *
桜の木の妖精はどの子も、透き通った体で生まれてきます。蕾の中から生まれてくるのですから、とても小さいですし人間の目では、なかなか見つける事が出来ません。
しかも妖精は、大人になっても決して大きくならないのです。
『では、人間には見つける事が出来ないの?』
いいえ、ちゃんと見つけられます。その方法は、これからするお話を読み進めて行けば、少しずつ分かって頂けるかと思います。
透き通った体で生まれてきた妖精たちは、間もなくすると桜の花びらの色に染まります。桜の花がとてもきれいで素敵だからです。
きれいなもの、素敵なもの、優しいもの、楽しいもの。妖精たちはそういったものが出す小さな音色が大好きなんです。
音色には音のほかに、様々な色と形があります。
『え? そんな事、聞いたこと無いよ!』
って?
コツがいるんです。それさえつかめば誰にだって聞こえますし、色や形を感じる事が出来るようになれば、妖精だってすぐに見つけられます。
そんなの無理だなんて、心配しないでくださいね。ちゃんとそのコツも分かって頂けるはずですから。
ともあれ、そんな音色たちが妖精の心を震わせるから、どの妖精もみんな、その音色の色に染まってしまうのです。
妖精が生まれてくるこの季節は、桜の花がとってもきれいで素敵です。ですから妖精たちは、一人残らず淡い桜色に染まってしまうのです。
桜の木の妖精の説明はこのくらいにしておきますね。
かわいらしいその特徴を話し始めますと、どんどんと長くなってしまいますからね。
冒頭に出て来た、生まれたばかりの妖精の子のお話に戻ります。
* * *
この妖精の子は、生まれてからというもの、来る日も来る日も一人で、桜の花ばかりを眺めていました。
眺めても眺めても、ちっとも見飽きないのです。
足元には絶景、桜色の雲海が広がっていますし、見上げれば桜色の天蓋です。太い幹だってりっぱです。妖精の子は可憐な花たちを眺めながらこう考えていました。
『いつの日か、この木は天にまで届くのだろう』
と。
妖精の子にとって可憐な花たちは、優しい守り手であり、天までの導き手に思えていたのです。
けれども……。
* * *
いく日か経ち、花の盛りが終わりを迎える頃、妖精の子の目は、散りゆく花びらのとめどなく舞い落ちる姿に釘づけになっていました。
ただぼんやりとその姿を認め、どこか現実ではない世界の出来事のように眺めていました。
ずっと、優しい桜色に包み込まれたままでいられると思っていましたのに。
取り囲む空間のすべてで、がくから離れた花びらたちが、はかなげに舞い踊っているのです。
ゆらゆらと宙を漂いながら、花びらは遥か下の地面へと降り積もり、一面を桜の色に染めてゆきます。
妖精の子は、すぐそばに咲いていた花びらにそっと触れてみました。
触られた花びらは、澄んだ音色を響かせてがくから離れて行きました。
一瞬の美しさに、胸が苦しくなって泣きそうになりました。
色となり形となって、その音色が胸の内に流れ込んで来たからです。
でも妖精の子は、この音色を受け入れませんでした。
『こんな悲しくなるのは、嫌だ』
って……。
花びらの奏でる音色は、ほかの妖精たちにも聞こえているはずでした。
それなのにみんなは、楽しそうにはしゃいでいました。
たくさんの妖精たちが、花びらに乗り、クルクルとスカイサーフィンを楽しんでいます。中には二人乗りをしている妖精たちもいましたし、ぶら下がって下りてゆく妖精たちもいました。
地面にふんわり着地すると、たいがいの妖精は、幹に垂直に立ってトコトコと歩いて登ってきます。
みんな急いで登ってはまた、散りそうな花びらを見つけて飛び乗るのです。
中には地面にとどまって、花びらの絨毯の上をコロコロ転がり、キャッキャ言っている妖精たちもいました。
けれども、妖精の子の心は塞いでゆく一方でした。




