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皇国の封鎖書庫

 偉大なる天津(あまつ)皇国は、三千年にわたり皇主一族が統治してきた島国である。大陸からの侵略を七度退け、九度の国難を乗り越え、この百年ほどは平和を謳歌している。

 皇都は皇主の御座す天寿殿(てんじゅでん)を中心として東西南北に規則的に広がっているが、天寿殿の周囲には役所のほかに、皇国民も利用を許される施設がいくつかあった。

 そのひとつが、蔵書館である。

 皇国内外から集まる、数多の書物。それらが所蔵される蔵書館は、口示(くじ)の法を使える司書らの保護・管理のもと、今も増築が続いている。

 皇主の祖と言われる天の神々から皇国に授けられた超常の力。ある者は土に活力を蘇らせ、ある者は魚や鳥を呼び寄せる。呪いと祝い、そのふたつを合わせていつしか口示の法と呼ばれるようになった。

 大陸からの侵略を幾度となく退けている武師と、蔵書館で国の財産である書籍を護る司書。皇国で若者が憧れる職業は、おおむねこの二つに分けられる。

 さて。口示を使うのは、何も人間に限った話ではない。獣の中にも、時には書物の中にも――


「ええい、大人しくしろ!」

「がんばれ兵伍ぉ」

「少しは手伝え、彼方!」

「すまない、ぼくは頭脳労働専門だ」

「たまには動け!」


 空中を縦横無尽に飛び回る書物を取り押さえようと走り回る青年と、それを見守るもう一人。

 そのうちの一冊が口示を使うと、空中に泥団子が出来上がる。顔にめがけて飛んでくるそれを、兵伍は軽やかに避けた。その向こう側には、余裕ぶっていた相棒の顔。


「うべっ!?」

「言わんこっちゃない」


 泥玉が顔面に直撃した彼方に、呆れた兵伍が一息。こうなってしまうと、その後の展開は分かりきっている。


「こ、この腐れ書物ども! よくもこの僕の面体に泥をっ!」

「落ち着け彼方。ここは火気厳禁だ」

「放せ兵伍! こんなやつ、風呂場の焚きつけにしてやった方が世のためになるってもんだ!」

「やめとけって。蔵書館にあるすべての書物は、皇主陛下の……ひいては皇国民全員の財産だ。そう言ったのはあんただろ」

「くそっ、このぉ……!」


 泥を拭った彼方が、顔を真っ赤にして書物たちを睨む。それでも右手に生み出した火の玉を握り潰してくれたのだから、多少は落ち着いたと見て良いだろう。

 兵伍は彼方を嘲笑うかのようにふらふらと空中を泳ぐ書物たちに、呆れ交じりに机の上を示した。


「お前たちも、いい加減に落ち着け。さもないと、これだぞ」


 兵伍が指差した金属製の箱。途端に、書物たちが勢いを失う。

 兵伍が蔵書館の書物たちに慕われつつも畏れられている最大の理由。それがこの箱の存在だった。


「ほら、整列。ちゃんと手入れしてやるから、喧嘩するなよ」


 風と水の口示を巧みに操る兵伍の手入れは、書物たちにとって天にも昇るほどの極楽であるらしい。箱を用意したのも兵伍、手入れで手なずけたのも兵伍。彼方に言わせると、兵伍がこの書庫に配属されたのは天の配剤に等しいそうな。


「ったく、兵伍の前ではだいたい大人しいんだよな、お前ら」

「……あれでか?」

「あれでだ」


 兵伍の口示で泥を洗い流してもらい、顔を自分で乾燥させながら彼方が毒づく。

 先程の喧嘩だって、兵伍の手入れの順番への不満からだというのだから。

 口示を使えるようになっただけでなく、人のように心まで得てしまった書物たち。妖書・奇書と呼ばれるそんな書物も、蔵書館には流れてくる。

 集められたいかなる書物も棄てない。蔵書館を建てた遠い昔の皇主陛下のご意向もあって、妖書・奇書も蔵書館は受け入れる。

 ただし、皇国民に被害が出ないよう、保管は別の場所で。蔵書館から離れた場所にある、隔離された一棟の書庫。

 誰が呼んだか『封鎖書庫』。


「彼方。終わったやつを棚に戻してくれ」

「あいよ。……こら、暴れるなって! 持つ場所がイヤらしい? 知るかっ!」


 飛垣兵伍は、そんな封鎖書庫に配属された当代二人目の『管理人』である。

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