ひとりぼっちの兎
馬車に揺られ時折休憩を挟みながら半日が立った。
街を出てから不思議とモンスターと一度も会敵していない。
御者の話によると馬車には、自分も含め安全な移動が出来るようにモンスター除けの魔法がかけられているらしい。
魔法をかけてくれている人物はそれなりにレベルの高い冒険者らしい。
そのおかげで、ある程度の力のモンスターは寄ってこないみたいだ。
初めての遠出で身構えていたが、目的地の廃村までの旅路は穏やかなものだった。
「お客さんたち本当にここでおりるんですかい?」
本来この馬車は俺たちが拠点としてるい街とこの廃村を越え、もう半日ほど行ったところにある街を繋いでいる。
御者の人もこんなところで降りると言った人は俺たちが初めてだと驚いていた。
「なにかあっても私は責任をとりませんよ。」
それに問題はないことと、ここまで送ってくれた感謝を伝え下馬した。
廃村 スギサッタ
廃村の中は霧がかかっていて薄暗く、空気は冷たくどんよりとしており普段より体が重く感じる。
俺の危険察知も僅かに反応しているのか、それとも肌寒さか体が震える。
馬車の中でここが廃村になった理由をミミから聞いたが、魔物に取り憑かれた青年が一夜にして村人全員を殺害したらしい、と言うとんでもなくいわく付きの村であることを知った。
「亡霊たちが今も尚彷徨っている様な雰囲気じゃの。ハッハッハッ。」
どうしてそれで笑えるんだよ。
「嫌な雰囲気ですね。」
「あんまり長居はしたくわないわね。」
マチとパトラも村の嫌な空気を感じ取ったみたいで縮こまっている。
こんな気色の悪いところになぜミミが来たのかが気になった。
「ミミは以前、この廃村になにをしに来たんだ?」
「この廃村には誰も近付かん。故にこの近辺は開拓もされておらんから作物が豊富なのじゃ。良く木の実を食べに来ておったのじゃよ。」
このうさぎ、怖いのも知らずだな。
「その時に好奇心に沸き立ってのぉ。探索しておったところダンジョンを見つけたのじゃ。」
どんな好奇心だよ。
高レベルの冒険者の考える事はよく分からない。
確かこっちの方だと誘導され、廃村の中でも一際大きな倒壊した建物の前に来た。
隣には墓地もあり、霧と冷たい空気でより雰囲気が漂っている。
「お前、よくこんなところに一人で入ったな。」
「なんじゃお主。臆病風に吹かれよったか。ハッハッハッ。」
俺だけじゃねぇよ。
マチとパトラ、二人だって抱き合って涙ぐんでるじゃねぇか。
「キャアーー!!」
突然のパトラの叫び声に口から心臓が飛び出そうになった。
「なっなんだよ!急に大きな声出すんじゃねぇよ!」
パトラがゆっくり墓地の方を指差す。
俺たちは指差す方向に恐る恐る視線を送る。
ミミはその限りではない。
視線の先には霧のせいでハッキリとは確認出来ないが人影の様なものを捉えた。
「あれ、人じゃない・・・?」
「確かに人が立っている様に見えますね・・・。」
「どっどうしてこんな所に人が居るんだよ・・・。」
俺の新たに得た暗視のスキルでもそれが一体何かなのか捉える事は出来ない。
俺たちは三人が恐怖で立ちすくんでいるとミミが一人、前に出る。
「今からダンジョンに入ろうとしておる者達とは思えん奴らじゃのぉ。どれ、ワシが何者か見てきてやるわい。」
ミミが数歩前に進んだところでスゥっと影は消えてしまった。
影が見えた辺りをくまなく調べるミミだったが足跡すら無く、人が居た気配は無かったみたいだ。
「奇天烈なこともあるもんじゃのぉ。」
この場から早く立ち去りたい。
あわよくばこの廃村からも出て街に帰りたい。
そんな俺たち三人のことなど気にも留めず、ミミは俺たちを廃屋の中に連れ込んだ。
「・・・鳶目珀兎。」
外見からは考えられないほどに中は荒れておらず小綺麗で外にいた時より気分がいい。
「思ったより中は綺麗だな。」
「本当ですね。落ち着きます。」
「へぇ。意外だねー。」
「・・・前にも思ったことじゃが。」
陽気な俺たちにミミが釘を刺す。
「ワシは廃村よりこの建物の中の方が気色が悪いがのぉ。外は何処もかしこもボロボロじゃと言うのに、こんなに中は綺麗に保たれておる。違和感しかないがのぉ。ハッハッハッ。」
そう言われて背筋が冷える。
「ねぇ。早くダンジョンに行きましょう。」
「そっそうだな。早くダンジョンに行こう。」
ミミの後を付いて行き、俺たちは広い部屋に辿り着いた。
「ここじゃ。」
「?」
部屋の中は一面絵が飾られていて、その中でも一際大きな絵が飾られており、美しい女性と青年が描かれている。
辺りを見渡すがダンジョンの入り口なんて何処にも見えない。
「ダンジョンなんてどこにもないじゃん!本当にここなの?」
「・・・待ってください。微かにですが、風が吹いています。」
耳を澄ませてみると確かに風の音が僅かにだが聴こえる。
「ふむ。さすが我が弟子じゃの。二人とは大違いじゃ。」
悪かったな。
「この絵、飾っておる場所が低すぎると思わんかったか?」
そう言って絵画を横にずらすと通路が現れた。
「隠し通路か。」
「この先がダンジョンの入り口じゃ。行くぞ。」
灯りの無い薄暗い通路だが暗視のおかげで良く見通せる。
俺はパトラ、ミミはマチを誘導し奥へ進む。
やはりミミも元はうさぎだけあって暗いところは得意なようだ。
「・・・ここがダンジョンの入り口か?」
「ふむ。」
だどり付いた先は結界で封印されていて進めなくなっている。
「ちょっとこれじゃ中に入れないじゃん。どうするのよ。」
パトラがミミに突っかかるが、ミミは落ち着いてる。
「どいておれ。このような結界、ワシが取り払ってやるわ。お主らはダンジョンに入る準備をしておれ。」
荷物を再確認し、中に入る準備は抜かりない。
ミミが片膝を付きなにやら呪文のような物を唱え始める。
「我が前に立ち塞がりし障壁よ。我は先を目指す者。今この時を持ち役目を終え、我が前から消え去れ!」
さすがは高レベルの冒険者だ。
結界を消し去る魔法も携えているなんて。
ミミは足元にある出っ張った岩を押し込むとカチッと音が鳴り結界は綺麗さっぱり消え去った。
三人とも、さすがにあのマチでさえもズッコケた。
「なんだ今の呪文みたいなやつ!絶対に必要なかったよな!!」
「何事も雰囲気が大事であろう。」
一気に緊張感が無くなってしまった。
「さて。この先は何が待つかも分からん未開のダンジョンじゃ。主ら、準備は万全に整っておるか?」
パトラはこの間ダンジョンに行ったと言っていたが、俺にとっては初めてのダンジョン。
マチも初めてと言っていた。
強くなるためだ。
二人は事情は知らないが、いつ魔王の群勢が攻めてきてもおかしくない状況なんだ。
後には引けない。
「いつでもいいぜ。行こう!」
俺は勇敢に先陣をきり、ダンジョンに一歩踏み出す。
「・・・わっ!」
ダンジョンは下へ降りる階段になっており、湿気で濡れていて驚くほど滑った。
俺はかなりの勢いで一番下まで転がり落ちた。
「・・・いってぇ。」
「まったく。お主は何をしておるのじゃ。」
マチがすぐさま俺を回復しようとしたが、今のは其奴のドジだから放っておけとミミに止められていた。
ゆっくりと体中の痛みに耐えながら立ち上がり辺りを見回すとダンジョンの中はだだっ広いワンフロアなだけで他に通じる通路や扉は一切見当たら無かった。
「・・・なんだここ?」
「・・・ふむ。おかしいのぉ。確かにダンジョンのはずなんじゃが。」
全員で何かないか調べて回るが何も見当たらない。
「なぁ。ここって単にあの屋敷の隠し部屋だったんじゃないのか?」
「そんなはずは無いんじゃがのぉ。ほれ、あそこを見てみろ。」
ミミが示した俺たちが入ってきた階段の方に目をやると。
ここはダンジョンです!
そう書かれた立札が立っていた。
「・・・。」
その瞬間、足元が光り始める。
階段のある入り口はさっきの結界の様な物が現れ、塞がれてしまった。
「なによ、これ!何が起き・・・。」
パトラの姿が目の前から消えてしまった。
「いかん!これは転移魔法じゃ!!主ら集まるのじゃ!!」
突然の出来事に動けず、動揺しているマチを見兼ねてミミが高速で移動し抱え込む。
「主も早く来い!!」
「クソっ!?ジャン・・・。」
俺もジャンプで移動しようとしたが間に合わず何処かに飛ばされてしまった。
「まさか転移魔法で個別に飛ばしてこようとするとは考えもせんかったわい。咄嗟にお主に駆け寄ったお陰で一人にはならずには済んだが。」
「お二人とも大丈夫でしょうか・・・。」
「ふむ。今は二人の無事を祈り、合流することを優先するとしよう。」
気がつくと古代の遺跡の内部のような場所に立っていた。
「・・・どこだ。ここは?」
さっきまで居た空間とは違い過ぎていて、同じダンジョン内とは思えない構造だ。
壁面には文字のようなものが書かれているがさっぱりわからない。
この世界の古代文字だろうか。
通路は前後にありどちらに行けばいいのか検討もつかない。
俺は地面に落ちていた石を手に取り上に放りたげた。
落下し跳ねた方向に行こうと言う算段だ。
石が跳ねた方向は右横。
「・・・おい。」
もう一度石を拾おうとした時壁に書かれた文字の中に一つだけ記号の丸があるとこに気が付いた。
触れてみるとボタンのようになっており押すことが出来る。
「・・・少し怖いが押してみるか。」
俺は勇気を出してボタンを押しこむ。
テッテレー!
どこからか音が鳴り響き目の前に通路が現れる。
・・・気が抜ける。
中に入ってみると小さな小部屋で奥に宝箱が置いてある。
「罠じゃ無いよな?隠し部屋の宝箱が罠だったらあまりにもタチが悪いぞ。」
危険察知は全くと言って反応しない。
恐る恐る宝箱を開けると中には青い液体の入った小瓶が入っていた。
「なんだこれ?回復薬?それとも聖水か何かか?」
それが全くなにか分からなかったので闇雲に使用する事はせずにカバンに仕舞い込んだ。
宝箱の底に紙が置かれていることに気付き拾いあげた。
「これの説明か!ありがたいな。」
書かれていたのは部屋を出たら右だよと書かれていた。
このダンジョン腹が立ってきた。
紙に書かれたことを信じるのもどうかと思ったが俺は部屋を出て右に向かうことにした。
「みんなは無事だよな?マチにはミミが付いている筈だから大丈夫だとしてもパトラだ。」
ダンジョン経験はあるみたいだし大丈夫だろうと予測を立てつつ、まずはみんなと合流することが最優先事項だ。
俺はダンジョンの先を目指した。
一方その頃、パトラは。
全然大丈夫では無かった。
狼のような魔物の群れに追いかけまわされていた。
「もーー!なんなのよーー!いきなり変なところに飛ばされたと思ったらキャット・タイガーの群れに出くわすなんて!ダンジョンなんて大っ嫌い!」
・・・もうそれはどっちなんだ。
どっちでもねぇよ!
狼だよ!
「誰か助けて〜!」
パトラの叫び声は無情にもダンジョン内に響き渡った。
「強き者、右に行くべし。弱き者、左に行くべし。」
親切にも分かれ道に立札があり、そう書かれていたが危険察知の能力で分かる。
右に行くと確実に俺は死ぬ。
この先には絶対に行ってはならない。
そう感じさせる何かが、この先に居る。
ミミなら右を選んだかも知れないが、いなくて良かったと胸を撫で下ろす。
左は特になにも感じない。
大人しく左の道に行こう。
ダンジョン内は一切時間がわからず、目指すべき場所さへ分からない。
まだ魔物には出会していないが、いつ魔物に遭遇すふかも分からない。
気を張りながら歩き回ると、普段の倍は疲れる。
道を進むと古びた扉を見つけ警戒しながら開けてみると中には石で出来たテーブルとイスが備わっていた。
「助かった。ちょうどいいか。」
そろそろ限界だったので疲れを取るために少し休むことにした。
「なんなんだこのダンジョンは。ただ歩き回るだけで何も起きないじゃないか。」
イスに腰を下ろそうとした時、俺の危険察知が反応する。
が、体が疲労困憊であったことにくわえ、荷物を背負っていた事もあり体制が戻せず腰を下ろしてしまった。
ガコン!っとイスが沈み込み床が開く。
ここに来て罠かよ!
「これはかなりマズイ。」
俺はそのまま下のフロアに落とされてしまった。
「いってぇ。今日は落ちてばっかりだな。」
顔をあげると目の前には大きな石像が佇んでいた。
悪魔の像。
恐ろしい顔付きで、背中には羽があり腕組みをしていて、こちらを見下ろすように立っている。
「こわっ!」
早くこの場から立ち去ろうとした時だった。
ギロリと石像の目が動き俺の事をみた。
石像が腕組みを解き、動き出した。
「あっ・・・。俺、終わったかも・・・。」
重厚な巨体が一歩動く度に時鳴らしを起こし向かってくる。
その圧倒的な圧迫感に俺は身動き一つ取る事が出来なかった。
踏み潰される!
死を覚悟した瞬間。
何かが石像の顔に黒い何かがぶつかり、石像は体制を崩し倒れ込んだ。
その何かは俺の目の前に着地し、人だと認識する。
「何をしている。鳶目珀兎。」
それは俺が初めてこの世界に来た時に会った黒いマントを羽織った怪しい人物だった。