いにしえのうさぎ
兎の特徴として長い耳を持つ。
耳は単に長いだけでは無音が集まりやすく、色んな方向に動かし音源を探り当てる事ができる。
さらに耳の中には太い血管が通っており、走ることで風をあてて放熱し、体温を調節している。
目は視野が広く、ほぼ360度見渡す事が出来る。
光に対する感度は人間の約八倍と言われ薄暗い穴の中や夜でも良く見える。
嗅覚も意外と優れており、人間の十倍程度と言われている。
跳躍力は高さでは三メートル、水平方向に関しては六メートルくらい跳ぶ事が出来る種も存在する。
小型の兎でも五十センチ以上は軽く跳びこえる事ができ、水平方向に対しても一メートル以上跳ぶことが出来る。
アナウサギと言われて巣穴を掘って身を守る種や、ノウサギの仲間は走って身を守る種も存在している。
約束の日の前日。
俺はミミが英雄と呼ばれるきっかけとなった魔大戦について調べていた。
百三十年前、現在の魔王ではなく先代に当たる魔王が地上に進軍し、世界のおよそ半分を支配した。
その時集まったのが三英雄と呼ばれる者たちで、王、直属の騎士であったクレス。
竜を一人で討伐したと言われるフリト。
そして当時、幾多のS級クエストを一人でこなしてていたぴょん治郎、現在のミミである。
三人の功績は凄まじく、魔王群を壊滅寸前まで追い詰め、魔王に瀕死の重傷を負わせ、地上から撤退させたと言われている。
ミミについての疑問が頭の中に湧き出てくる。
ミミは兎なのからそれとも本当は元々人間なのか。
今は何歳なのか。
前の飼い主と言っていた人物について。
そして、なぜ俺を主人に選んだのか。
他にも考えれば考えるがけ疑問が浮かぶが、ミミの寝顔を見ると全てが吹き飛ばされる。
「すっげーブサイクな寝顔だな・・・。」
ミミが俺に答えてくれたのは一つだけだ。
「だから何度も言っておろう。ワシは人間ではない。本体は兎じゃ。」
それ以外は昔の事過ぎ覚えていないと言う事。
年齢も三百くらいまでは数えていたが面倒臭くなり途中から数えるのをやめて、今自分が何歳かも分からないという事。
ミミに付いては、ほとんど何も分からなかった。
装備を新調しようと武器屋に赴き、現在持っている剣よりは高価な剣を選んでいた時、ミミから助言を受ける。
「剣なんぞやめい。お主には向いておらん。」
選ぶならクロー、もしくは素手で良いと言われ、さすがに素手は気が引けたので少し値が張るクローを選んだ。
ブーツも足首を固定する履き物では無く、足首を自由に動かせる履き物に変えろと言われた。
服はずっと制服を着ていたが確かにこの世界では目立って仕方がないので鎧を選ぼうとするがこちらも否定される。
「お主は自分で自分を縛るものしか選ばんのぉ。鎧なんぞいらん!身軽な服で良い。防御面が不安なら中に鎖帷子でも仕込んでおれ。」
全否定されながら、俺は店の人に一番丈夫で軽い服を選んでもらった。
「お主一人では、買い物のまともに出来んのか?」
呆れているミミを横に俺の装備が整った。
俺は新調した装備に着替え鏡の前に立ち、自分を見る。
装備は鉄で出来たクロー。
中に鎖帷子を着込んだ身軽な服。
まるで裸足の様な履き心地の靴。
俺の思い描いていた冒険者像と違い過ぎる。
「まぁそんなところじゃろう。」
ミミは納得したみたいで家に戻り明日に備えて今日は休むぞと言われる。
ミミは何も装備を買わなかった。
「ミミは何も買わなくていいのか?」
「いらん。幾ら高価なものでも使い慣れないものなど使ってもマイナスになるだけじゃ。」
強いやつの考えることは違うものだな。
確かに高価な装備を身に纏っていてもそれを使い熟ていなければ意味がないのと同じだ。
ダンジョンに入ってからは実戦になるので、試すなら今しか無いぞと言われたので、俺たちはギルドへ向かいGランクの魔物討伐のクエストを受けた。
クエスト地点である森の中に向かい、ターゲットの魔物を探す。
俺にとっては初めての本格的な魔物討伐になる。
体が強張り、少し震えていた。
「肩の力を抜け。目を閉じ、深呼吸。まずはリラックスじゃ。」
言われるがままに俺は深く深呼吸をする。
「落ち着いたか?」
ミミが俺の肩に手をかける。
ふぅ・・・。
「あぁ。少しだけど落ち着いた。」
不思議と力が抜け自然体に戻る事が出来た。
「これから討伐する魔物はナナホシ・ビートルと呼ばれる昆虫型の魔物じゃ。硬い皮膚に覆われていて角がある。背中には星の様な模様が7つあるから見つければすぐに分かるじゃろう。」
テントウムシなのかカブトムシなのかどっちだ。
そして虫は・・・。
苦手だ。
「どうやら木の養分を栄養としておるみたいで森の木々を枯らしておるらしい。討伐依頼は一体じゃが、木を枯らすくらいのヤツじゃ。よほど大きく成長しておるのであろう。」
森の奥へ行くと辺り一体の木々が枯れている。
「近いぞ。」
その時、ジジジッと言う音と共に雨が降る。
「雨?」
「雨では無い!今のはヤツのオシッコじゃ!来るぞ!」
それってもしかして・・・。
森の枯れた木々を角で薙ぎ倒しながらこちらは一直線に向かってくる。
「角の生えたセミじゃねぇかー!!」
常時発動型のスキル。
危険予知の効果もあってかどこに向かって突進して来るかを感じることが出来た。
俺は横に飛び、地面に伏せセミの突進をかわす。
無理無理無理無理。
キモイ。
そして何よりデカイ・・・。
小さくてもキモイ悪いと思っていたのに、大きくなると更に気持ち悪さが増す。
セミは上昇し上空を旋回する。
「おい!伏せておらずに上をみぃ!ヤツの腹が見えるじゃろう。全身が硬いが唯一、腹は脆い。ヤツの弱点はあそこじゃ。」
「キモッ!!」
内側を見ると更にキモイ・・・。
「ヤツもこちらの様子を探っておるみたいじゃの。」
俺は立ち上がり旋回するセミを目で追う。
一つ先にアドバイスして置いてやるとミミから爪の使いを聞かされる。
「お主のその爪の武器。爪だからと言って引っ掻くような動きはいらんからの。そのまま殴れ。今はまだそれで良い。」
思っていたのと違うな。
殴るだけでいいのか。
引っ掻くイメージばかりしていた。
とりあえず最初のウチは言われた通りにしておくか。
ミミがニヤリと笑みを浮かべる。
「お主のジャンプで貫いてやれ。」
俺は頷きスキルを使う。
「ジャンプ!!」
セミも俺に気付き下降する体制に入るが、俺の方が速い。
ジャンプの力が加わった拳を力いっぱい奮う。
「おっ、りゃぁー!!」
拳は腹を命中しクローが腹に刺さり貫く。
俺はセミの腹をぶち破り、突き抜けた。
セミが落下し、絶命する。
俺も着地し、セミを倒した余韻に浸るが全身がセミの体液に塗れていた。
「うわぁぁーー!!キモイ!汚い!クサイ!」
倒した筈なのに負けたような気持ちになった。
「ふむ。初めてにしてはまぁまぁじゃの。」
鼻をつまみ、距離を取って俺のことをミミが褒める。
「ミミ、なに離れてるんだよ。」
そう言いながらおれは躙り寄る。
「くっ、くるでは無いわ!よさぬか!汚らしい!」
「汚らしい〜だと〜。」
俺は逃げ回るミミを追い回したあと、クエストの完了報告と体の汚れを落とすために温泉に入りにギルドに戻った。
「本当にブッサイクだなぁー・・・。」
家に戻った俺たちは明日に備えて早めに眠りにつく事にしたが、俺は寝付けづにいた。
ミミは早々と眠りにつき涎を垂らしている。
明日からダンジョンに入る。
更にそこがミミにも何があるか分からない未発見のダンジョンだと来ている。
緊張するなと言われる方が難しい。
ふとステータスを確認していない事に気付き確認してみた。
「おっ。レベルが上げられる。」
レベルアップを選択すると新たなスキルが獲得されたと表示された。
「暗視?」
これもどうやら常時発動型らしくスキルを獲得してからは夜で薄暗い部屋の中が明るく見えるようになった。
なるほど。
明日からダンジョンに潜るにはもってこいの能力だ。
ありがたいぞ。
俺も確実に強くなっている。
もっと強くなってやると意気込み、ミミのブサイクな寝顔を見て笑いながら俺も寝ようと横になった。
あっかる・・・。
暗視の効果により部屋の中が明るく見えるようになったせいでさっきより寝付けなくなり、眠りについたのは朝方になってからだった。
ダンジョン潜入当日。
ギルドに集まった俺たちは、ミミが言っていたダンジョンへ向かう手筈を整えていた。
馬車を手配し、お互いの装備や持ち寄った食料を確認する。
食料は万全。
マチは杖を新調したみたいだ。
パトラは前と違うナイフを携えている。
「いいか主ら。今から行くダンジョンは遥か昔に廃村になった村の地下にある。普段は馬車も素通りする村じゃがワシらはここに赴き、潜入する。どんな危険があるやもワシにも分からん!気を抜かぬように心がけよ。」
「おう。」
「はい。」
「はーい。」
各々が返事をし、馬車に乗り込んだ。
馬車はゆっくりと街を離れ、俺たちは未開のダンジョンへ向かう。