跳ねる兎
魔王城、玉座の間。
「魔王様。何やら天使たちがこの世界に人間を送り込んでいるようです。」
「・・・」
「いかがでしょう。こちらも偵察の者を送り込みましょうか?」
「・・・」
魔王は後ろを向き体を震わせている。
報告に来た魔物も困惑し、今は機嫌が悪く話かけるべきではなかったのだろうかと汗が流れ落ちる。
「魔王様は今、精神を高めている最中だ。出直すがいい。」
全身を甲冑で身に纏った魔物が声を震わせながら魔王の現状を伝えた。
完全に来るタイミングを間違えたと焦り大慌てで跪き謝罪する。
「これはご無礼を致しました!出直して参ります。」
魔物が部屋から出ていき扉が閉まるの確認し、甲冑を着た魔物が扉をそっと開けさっきの魔物の姿がない事を確かめ扉を閉める。
「・・・行ったか?」
魔王が口を開く。
「はい。魔王様。もう振り向いても大丈夫ですよ。」
魔王が振り返ると涙を流して体を震わせている。
「危なかったですね。私もここに甲冑が飾ってあって助かりました。」
甲冑の魔物が兜を外すと魔王と同じく号泣していた。
ホッと息を吐き涙を拭い玉座の後ろから何かを引っ張り出す。
テレビである。
「・・・続きを観るとするか。」
はい!と返事をし魔王の横に座る。
「ぐすっ。魔王様・・・この映画泣けますね。」
「ずびっ。・・・あぁ。」
クエスト最終日。
「おーい!酒をくれ!」
「はいよー。」
「こっちもおかわりだ!」
「今いきます!」
最初のうちは心配だったがマチも仕事に慣れたみたいで今ではミスも少なくなった。
今日が最終日だということもあり俺は意気揚々と仕事に取り組めた。
「お二人とも。一カ月間お疲れ様でした。本当にありがとうございました。」
終わりを迎え肩の力が抜けた途端、疲労に襲われ俺とマチは床に座り込んだ。
「終わったぁ。」
「終わりましたね。兎さん、お疲れ様でした。」
「あぁ。マチもお疲れ様。」
互いを讃え合い握手をグッと交わす。
その光景にリリアンさんも微笑み俺たちにクエストの報酬を差し出した。
「お二人とも本当に頑張ってくださったので少し弾んでおきましたよ。内緒ですよ。」
俺たち二人にしか聞こえないように注意を払い伝えてくれた。
「また機会があればよろしくお願いしますね。」
そう言って頭を下げるとリリアンはギルドの奥の部屋に戻っていった。
ペチン!とマチが自分の頬を叩く。
「あっそうか。俺もステータスの確認だ。」
Gランクのクエストだが、期間が一カ月と長かったおかげでそれなりのポイントを貰えていた。
すかさずレベルアップを上げると。
「あなたのこれからの冒険者としての職業を選んで下さい。」と言う項目が出て来た。
選ぶ職業によってステータスも変化し、獲得出来るスキルが異なります。
職業はレベルによって上級職に変化します。
職業の変更は出来ませんのでご注意下さい。
「魔法使い、戦士、へぇ。ゲームと同じで色んな種類があるんだなぁ。」
マチの方を見てみると俺と同じで職業で迷っているみたいだった。
マチも俺と同じく低レベルだったのが。
まぁGランクのクエストを受けるくらいだもんな。
いけねっ。それはともかく今は職業だ。
なんだこれ?
あなた専用職業、ラビット?
ラビット?
職業じゃねぇよ。動物だよ。
なんなんだ、俺、専用の職業って。
これを選んだら俺はもう何から何まで兎一本じゃねぇか。
でも専用と言うには特別な何かがあるのだろうか。
「いやー、でもここは無難な職業がいいな。剣と腕っ節でズバッと魔物を討伐ってカッコ良さそうだし、戦士にするか。訳のわからないものなんてやっぱり怖い。」
「ふふ。ずいぶんと悩んでますね。」
どうやらマチはとっくに職業を決めたみたいだ。
悩みすぎていてマチが後ろに立っていた事に全然気付かなかった。
「ちょっと何が何かわからないものがあってな。悩んじまった。」
「何かわからないもの?」
そんなものありましたっけ?と不思議そうに首を傾げながら俺のステータスを覗き込む。
「でももう決めた!俺は戦士にー・・」
「あっ。」
マチが今更何も無いところで躓き、俺の背中に倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
「はっ、はい。すいません。」
「じゃあ気を取り直して・・・いっ!?」
マチがぶつかった衝撃によって指が職業ラビットに触れてしまっていた。
待て待て待て。
落ち着け。
落ち着け。
ここは一旦落ち着いて。
まだゲームで良くある「本当にこの職業でよろしいですか?YES/NO」と言う選択肢が出ていない。
大丈夫。まだ変更出来る。
「あなたの職業はラビットに決定しました!」
「なんでやねん!!」
戦士の項目を連打するが。
職業は変更できません。
職業は変更出来ません。
職業は変更出来ません。
職業は変更出来ません。
もう職業は変更出来まへん。
俺は自分のステータスを床に叩きつけた。
「ごっごめんなさい。私のせいですよね。」
あぁ、完全にお前のせいだ。
どうするんだこれ・・・。
また訳のわからないものを選んじまったぞ。
それに今までのこともある。
この世界でラビットってやつが本当にうさぎなのかも怪しい。
俺が頭を抱えて考えているとマチが俺のステータスを拾い渡してくれた。
「あの・・・本当にごめんなさい・・・私、いつも兎さんに迷惑ばかりかけて。」
今にも泣き出しそうなマチをみると絶対に俺は悪く無いのに心が痛む。
「はぁ。もういいよ。なんとかなるだろ。」
俺は本音をグッと抑え込みマチを慰める。
沈黙が続くと気まずくなってしまうので。
「それよりさ。クエストも終わったんだ。二人で打ち上げしようぜ!」
涙ぐんだマチの顔も笑顔になり行きましょうと返事をくれた。
今は気分を変えて楽しもう。
この世界ではどうやら16歳から酒を飲むことが出来るらしい。
現実世界で17歳だった俺は飲んだことは無かったが、打ち上げと言えば酒だろうと自分なりの解釈で酒を頼んだ。
だがそれより驚かされたのはマチだ。
俺が酒を頼むとじゃあ私も同じものをと酒を頼んだ。
女性に年齢を聞くのは失礼だとは思ったが俺はマチに年齢を聞いた。
22歳です。
という返答に椅子から転げ落ちそうになったがなんとか堪えた。
この見た目とあのドジっ子ぶりで俺より年上だとは・・・。
乾杯したあと初めての酒を飲みながら話題を変え、マチがどんな職業を選んだのかを聞いてみた。
「わたしは僧侶を選びました。」
「僧侶か。僧侶って言えば主に回復の専門職だよな?」
「はい。実は私、前に一度魔物討伐のクエストに参加させていただいたことがあったんですが・・・。」
そういうとマチは少しの間俯き、黙りこんだ。
「その魔物が強い魔物でみんなやられてしまったんです。」
「!?」
「皆さんドジな私を必死に私を逃してくれました。私は無事に街に辿り着きましたが誰も戻って来ませんでした。」
「そんなことが・・・。」
「あの時、私が回復の魔法を使えていれば皆さんは無事だったかもしれません。それ以来、私は怖くて家に閉じこもっていました。」
そんなことがあれば誰でもそうなるよな。
俺も魔物とまともに戦ったことなんて一度もない。
冒険者を続けていれば、そんな窮地に立つことがあるのかもしれない。
俺は本当に冒険者としてやっていけるのだろうか。
「でも、これではいけないと思ったんです。このままではダメだ。自分から一歩踏み出さないと何も変わらない。私を逃してくれた皆さんに示しが付かない!私は人を、傷付いた人を治せる人間になりたい!そう思って僧侶を選びました。」
胸が痛む。
俺はいつも嫌なことから逃げていた。
なんでも面倒くさいの言葉で片付け、自分から動いたことなんて一度もなかった。
その結果が今だ。
バカみたいな理由で死に、この世界に来た。
ミカエルも言ってたじゃないか。
「特別な存在になってもう一度やり直せるの・・・か。」
「え?」
「いや、なんでもない。マチが凄すぎて自分がどれだけバカだったかが分かっただけた。」
「兎さんはバカなんかじゃありません!」
おとなしいマチが大声を出したことに単純に驚いた。
「兎さんはこの一カ月の間、ずっと私の失敗を助けてくれていました!嫌な顔一つもせずに私が溢した飲み物を拭いてくれました・・・。だから兎さんはバカなんかじゃありましぇん!・・・ヒック。」
これはまさか・・・。
「マチ。もしかして酔っ払ってる?」
「よっぱらってなんていませんよぉ!今、私はとーーってもだいじな話をしてるんれす。話題をかえないれくらさい。」
完全に呂律が回っていない。
「まらまら話はあるんれす!今日はとことんきいれもらいますろー。」
この後は大変だった。
同じ話を何度も聞かされ、急に眠むってしまったマチを家まで送り届けてから、俺は初めて宿屋に泊まった。
目が覚めたのは太陽が真上に登った頃だった。
頭が痛い。
気持ちも悪い。
これが二日酔いか。
当分酒を飲むのはやめておこう。
気分が優れないままなんとか立ち上がり身支度を整える。
今日は試したいことがある。
宿屋を出たあと近くの武器やへと向かい、昨日貰った報酬で装備を新調した。
買ったものは剣と動きやすいブーツの二つ。
買い物のあと俺は街の外に出た。
スキル。
危険察知。
ジャンプ。
俺がラビットになり得られたのがこの二つのスキルだ。
ステータスも素早さの値が少し他より高くなっていた。
本当にうさぎみたいな能力だな。
初めて得られたスキルだ。
使ってみたいに決まっている。
といっても危険察知は常時発動型らしく使えるスキルはジャンプの一つだけ。
軽く準備運動を済ませ。
「よしっ!」
準備は出来た。試してみるか。
「ジャンプ!」
軽く飛んだつもりだったが俺は一瞬で街の外壁より高く飛び上がっていた。
「・・・うそ!?ちょっ、怖い怖い怖い!!」
落下し始めるとバランスを保つことが難しく脳裏に嫌な考えが浮かぶ。
このまま地面に打ち付けられて、また死ぬんじゃないか!?
「いやだーー!!また落下で死にたくないぃぃ!!」
すたっ・・・。
落下の衝撃は一切なく俺は綺麗に着地することができた。
「はぁ。はぁ。マジで死ぬかと思った・・・。」
でもこれは凄いスキルかも知れない。
もしかしてこのスキル、上手く使えば滅茶苦茶実用的なんじゃないか?
それから日が暮れるまで、俺はジャンプの練習をした。