登る兎
収入がゼロに等しい。
この間のクエストの後、パトラとのパーティを一旦解散したものの俺一人では最低ランクGのクエストをこなすのがやっとで、なんとかその収入で食い繋ぎ、ギルドに寝泊まりして凌いでいる。
目的も特に無い。
魔王討伐なんて俺のステータスじゃ夢物語なので毛頭やる気はない。
運がカンストしているみたいだが今のところその恩恵を受けた記憶もない。
ギルドにいる他の冒険者もどこからか俺のステータスのことを聞いているらしく近づいてこない。
逆に近づくと離れていく。
ギルドの机に顔を伏せついボヤいてしまう。
「おーい。ミカエルさーん。俺はこれからどうすればいいんですかー。」
「レベルを上げればいいんじゃないかしら。」
この聞き覚えのある声は!?
顔を上げると目の前に小さな窓みたいな物が浮かんでいて見覚えのある人物がポップコーンとコーラを持ち、まるで映画を観ているかのようにこちらをみていた。
「ヤッホー。おっひさー。」
そのミカエルの軽い挨拶に俺の何かが壊れる音が聞こえた。
咄嗟に俺は窓に手を伸ばし服を掴み自分へ引き寄せる。
「なにがおひさだ。アドバイスも何も無しにこんな変な世界に送り込みやがって。よく俺の前に姿をあらわせたなぁ。」
「きゃーー!いやーー!離してーー!!」
暴れるミカエルを抑え込み。
「まずはそれをよこせ。」
ミカエルからポップコーンとコーラを奪い取り徐ろに頬張る。
「私の楽しみがぁ。何よ!ワザワザ出て来てあげたのに!」
ミカエルを睨み付け、黙らせる。
余程の形相だったのだろう。
ミカエルは暫くの間泣き続けた。
とりあえず泣き止むのを待って話を聞くことにした。
「お前、もしかしてこれでずっと観てたのか?」
涙を拭いながら頷く。
「どうなってるんだこれ?」
浮いた小窓を見まわし確認しているとギルドにいた人たちからアイツさっきから一人で喋ってなにをやっているんだ?と不思議そうな目で見られていることに気が付いた。
普段通りを装いながらミカエルには聞こえるくらいの小さな声で俺は尋ねる。
「なぁ。もしかしてこれって俺以外には見えてないのか?」
「見える訳無いじゃない。私は天使よ。天使がそう簡単に人前に出る事なんてないもの。あなたは私に送られてこの世界に来たから見えているのよ。」
俺が呼んだら簡単に出て来たけどな。
「そう簡単にあなたみたいに変わった死に方する人なんていないから私も退屈なのよ。」
うん。決めた。いつか殴ろう。
「おい。さっき言ってたレベルアップってのはどうすればいいんだ。」
「ステータスを出してどれくらいのポイントが貯まっているか確認してみなさいよ。」
どこかのスーパーのポイントカードか。
まったく。
パトラには思いっきり叩かれたが頬を軽く叩くとステータスが飛び出してきた。
アイツとも一度話をしないといけないな。
ステータスを見てみると確かにポイントが少しだが付与されている。
レベルアップに必死なポイント。
これを支払えばいいのか?
ポイント消費。
何かが変わった感覚はないがステータスに目を向けると数値が変動していた。
赤文字が殆ど消えていてほんの少しだが上昇していた。
赤文字が消えたことにホッとはしたがまだまだ低い数字だということは変わらない。
あっ。
そういえば。
「なぁ。このうさぎのしっぽってどういう効果があるんだ?」
「あなた。それを外してもう一度ステータスを見てみなさい。」
言われるがままに腰から外し確認してみる。
「なんじゃこりゃ!?」
運のステータスが12!?ほとんど最低値じゃないか!?
「分かった?あなたのその運の高さは全部そのアクセサリーの効果のおかげって訳。」
とりあえず早々と付け直す。
だがこの世界に来て一週間。
思い返してみても運が良いというような出来事は思い当たらない。
「なぁ。運のステータスって本当に効果があるのか?今のところ何にも起きてないぞ。」
「そんな事私に言われてもわからないわよ。」
ミカエルさーん。配達でーす。と小窓の奥から声が聞こえた。
「あっ。じゃあ私戻るから。がんばってねぇ。」
そう言い残し窓を閉めると窓は消えた。
しまった。
結局のところ俺はこの世界で何をすればいいのかをまた聞き忘れた。
まぁいつでも聞けそうだし今度でいいか。
今はまず、このステータスにどうやったらポイントが入るのかだ。
ゲームで言えば魔物を倒したりすれば経験値を貰えるってのが基本だが。
俺自身はまだ魔物を倒していない。
ザリガニに石をぶつけて数体倒しはしたがあんなのは誤差の範囲だろう。
それでもレベルを上げられるだけのポイントが貯まっていた。
何かあるのだろう。
考えてもわからないし、こう言う時は受付の人に聞いてみるか。
「主にポイントを得る方法は二つですね。一つ目は魔物を討伐すること。魔物によって得られるポイントが違います。強い魔物を倒せばより多く得られます。」
まぁそれくらいはなんとなく分かってはいた。
「しかし自分より弱い魔物を討伐してもほとんどポイントは得られません。また自分とレベルが差が付きすぎだ弱い魔物の場合は付与されることは無くなります。弱い魔物を大量に倒してレベルアップ。というのはなかなか難しいものがありますね。」
それは想像していなかった。
ゲームの配信者が行うような、最初の街でレベルMAXにしてみた。
みたいなことは不可能に等しいってことか。
「もう一つはギルドの依頼を完了すること。こちらも同様ですね。高ランクの依頼ほど得られるポイントは高く、低いランクのクエストは低くなっております。」
なるほど。
食い繋ぐためにGランクのクエストをやっていたことでポイントが貯まっていたのか。
「但しこちらの場合はどれだけ自分のレベルが高い状態でも、最低ランクの依頼を達成すればポイントを得ることが出来ます。」
なるほど、なるほど。
Gランクのクエストは街のゴミ拾いや荷物運びを手伝って欲しいみたいな簡単なクエストばかりだった。
最初のウチは下手に魔物を倒すよりこちらの方が危険も無く効率がいいかもしれないな。
「ありがとうございました。」
会釈をし離れ、クエストボードの確認に行く。
とは言ったもののGランクのクエストじゃその日を食い繋ぐのでやっとなんだよなぁ。
ボードの前で悩んでいると新しいクエストが貼られた。
「新しいGランクのクエストかぁ。!?こっこれは!!」
新たに貼られたクエストにはこう書かれていた。
依頼内容。
ギルドの内の清掃、お手伝い。
期間、一カ月。
賄い付き。
報酬20万E。
「賄い付き!これなら食費が浮いて、金も稼ぎながらポイントも得られる。パトラも数日顔を見せないし。」
ギルドにいれば冒険者たちから情報も常に得られる。
「これは!受けるしかない!」
すぐさま受付に行き、受注した。
依頼当日。
「本日はクエストを受けて下さり本当にありがとうごじいます。来てくださったのは、兎さんとマチさんですね。今日から一カ月間よろしくお願いします。」
「お願いします。」
「あっあの。よ、よろしくお願いします。」
受けたのは俺だけじゃなかったのか。
しかし、こっこれは!
かっ可愛い!
小柄で身長は俺の肩くらいまでしかなく、見るからに大人しそうな女の子だ。
これは楽しくなりそうだ。
「どこのギルドも現在は大幅な人手不足にあります。年々冒険者さんたちも増え、ご覧の通り人で溢れかえっております。」
確かに凄い人だ。
俺も冒険者になりはしたがそんなにいいものだろうか。
「お二人には主にギルド内の清掃や冒険者さんたちのお食事の配膳をお願いします。」
それくらいなら俺でも出来るだろう。
「もしわからないことがあればなんでも私、リリアンに聞いてくださいね。」
受付の女性の名前もやっとのこと知ることが出来た。
「では本日よりよろしくお願いしますね。」
頭を下げ同じく働くことになった女の子に声をかえる。
「よろしく。」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
働き始めて一週間、俺の疲労は限界に達していた。
とにかく往来する人の数が尋常じゃない。
更に言えば。
「おーい。飯はまだかー。」
「はっはい。今お伺いします。あっ。」
マチは何も無いところで躓いて転び、持っていた皿が割れ余計な仕事が増える。
「すいません!すぐに片付けます。あっ。」
テーブルにぶつかりコップがひっくり返り水が溢れる。
「ごっごめんなさい!すぐに拭くものを持ってきます!」
奥にタオルを取りに行ったがそっちの方でもマチの「あっ。」と言う声が聞こえる。
とにかくこの女の子、マチによって仕事の量が二倍から三倍に増えるのだ。
ただわざとやっている訳ではないので強くも言えず、正しく言えば何も言えず黙って後処理をすることしか出来なかった。
「あぁ。もう限界だ。疲れたぁ。」
人が少なくなったころテーブルに倒れ込む。
これはもうクエストじゃ無くてバイトだな・・・
「あっあの。すいません。私、余計な仕事ばかり増やしてしまって。」
「いいって。マチも頑張ってるんだからさ。」
本音は言えず、俺は良い人を演じる。
あと三週間。
レベルアップとお金の為とはいえ、俺の体は保つのだろうか。