勇者とうさぎ
俺とルシアンは遺跡の外へ飛び出した。
目の前には森の木々が広がってて、風が涼しく吹いてくる。
少し離れた所に、みんなが集まっていて、光の玉みたいなものが周りをふわふわ浮かんでる。
「なんじゃこれは!?魔物とは違いイヤな気配はせぬが。」
ミミが首をかしげて、光の玉をじっと見てる。
ヨキは剣に手を置いて辺りを見回していて、パトラとマチは光の玉を眺めてる。
みんな光の玉に気を取られ、俺たちに気付いてる様子はない。
「なんだあれ?」
まぁとりあえず、みんな無事みたいだな。
「おーい!」
俺が手を振ると、ミミがこっちに気付いた。
「お主!?一体どこに行っておったのじゃ!急に姿を消しおって。」
イヤ、姿を消したのはお前らの方だろ・・・。
「まぁいいや。ルシアン、みんなの所に行こう。」
俺は一歩踏み出すが、ルシアンはその場から動こうとしない。
「?」
「申し訳ありません・・・兎様・・・。私はここで待機させていただきます・・・。」
急に後ずさりして、声が震えてる。
「どうしたんだよ?」
なにやらルシアンが光の玉をチラチラ見ては口籠る。
「もしかして、あの光の玉が苦手なのか?」
「パトラ!こっちに来てくれ!」
俺がさっきより大きい声で呼びかけるとパトラがやっとこっちに気付いた。
だが、俺よりルシアンを見て、表情が変わる。
「・・・うそ!?」
全速力で駆け寄り、ルシアンに飛びついた。
「もう!どこに行ってたのよ!心配したんだから!」
泣き叫びながらルシアンを抱き潰してる。
「・・・俺は?」
完全に空気だな。
その光景を見て、ヨキとマチが驚いてこっちに歩いてくる。
光の玉は特に何もする気配がなく、ただみんなの近くに浮かんでるだけだ。
みんな駆け寄ってきたが、ヨキはルシアンを見て、剣を構えた。
「キサマ!そのただならぬ気配!魔物だな!?」
剣を突き立てようとするが、パトラが必死に止めた。
「待って、待って!ルシアンは悪い魔物じゃないの!」
「何を言っている!魔物にいいも悪いもない!どけっ!」
ヨキが剣を構えたまま睨んでくる。
「落ち着けよ。ルシアンは俺と一緒に戻ってきた仲間なんだ。」
「仲間だと・・・?」
俺が事情を説明すると、ヨキが渋々剣を下ろした。
「なんじゃ、此奴がここにおるのか、ワシらにも詳しく説明せい。」
ミミがこっちを見ながら聞いてくる。
「分かったよ。実は・・・。」
俺は遺跡での出来事を話し始めた。
霧で分断されて、小部屋に閉じ込められて、光に包まれて試練の場所に飛ばされたこと。
ルシアンやミカエルとの再会、試練を口車に乗せ帰って来れたこと。
全部話し終えると、みんながポカンとしてる。
まぁ、そんな顔になるよな。
「それで、あれからどれくらい時間が経ったんだ?」
マチが首をかしげた。
「兎さん・・・。まだあれから10分くらいしか経ってないですよ。」
「何!?」
ビックリして声が裏返った。
「10分!?俺、何時間も過ごした気がするんだけど・・・!」
その時、ルシアンがまた後退りしてるのに気付いた。
光の玉が俺たちに少しずつ近づいてきてる。
「ルシアン、大丈夫か?」
「あ、あれは聖なる者の力・・・。私のような魔物には少々応えます・・・。」
顔を背けて、震えながら答えた。
「聖なる者の力?」
「兎様・・・。あの光は、私には耐え難いものです・・・。」
「じゃあ、パトラ、ルシアンをナイフに戻してやった方がいいんじゃないか?」
「うん、分かった!」
そう言うとナイフを取り出して、ルシアンを戻す。
「いざとなったらまたお願いね。」
ナイフを握り直して、ホッとした顔してる。
「さてと。で、この光の玉は何なんだ?」
みんなに聞くと、光の玉が急に動き出した。
ヨキの所にに集まってく。
「なんだ!?」
ヨキが驚いて、後ずさりしてる。
「・・・見つけた。」
どこからか声が聞こえてきた。
「僕についてきて。」
柔らかい声が、光の玉から響いてる。
そう告げると一つの光の玉が、遺跡の横の茂みを通り抜け、奥に行ってしまった。
「何だ。罠か・・・?」
身構えるが、やはりイヤな感じ全然はない。
「ふむ。大丈夫じゃろう。」
ミミが光の玉を見つめてる。
「ルシアンも聖なる者って言ってたから、とりあえず行ってみるか?」
俺は光の玉が消えた茂みの方へ歩き出した。
ヨキが警戒しながら後ろをついてくる。
ミミは冷静に周囲を見渡し、マチとパトラが更に後ろから続く。
茂みをかき分けると、いきなり視界が開けた。
目の前に広がるのは、色とりどりの花がドーナツ状に咲き乱れる場所だ。
赤、青、黄色の花々が地面を覆い、木々の隙間から差し込む光がその花々を照らしてる。
「素敵。綺麗な場所ですね。」
マチが屈んで、花の匂いを嗅いでる。
「遺跡の外れにこんな所があるなんて。」
俺も驚いて辺りを見回す。
光の玉はふわふわ浮かんで、花の輪の中央で止まった。
そして、スウッと消えてしまう。
「ここになにかあるのか?」
俺が近づいてみるけど、何も見当たらない。
地面はただの土と草で、特に変わったものはなさそうだ。
「なにもないぞ?」
戻ろうかと振り返った時、パトラが急に声をかけてきた。
「ちょっと待って。」
「ん?」
「そこ!キミの足下。入り口がある。」
「入り口?」
パトラが指さす場所を見ると、確かに野草が少し不自然に盛り上がってる。
俺はしゃがんで草をかき分け、土を掘り起こしてみた。
すると、紋様が描かれた石の蓋みたいなものが出てくる。
「なんだこれ?」
ミミが隣にしゃがんで、蓋をじっと見てる。
「こりゃ何かありそうじゃな。」
「よし、どかしてみよう。」
俺とミミで蓋を持ち上げようとするけど、ビクともしない。
「重っ!全然動かないぞ!」
「こ、こいつは頑丈じゃのぉ。」
マチとパトラも加わって、四人で力を合わせる。
「せーのっ!」
みんなで引っ張るが、全然動かない。
「はぁ、はぁ。ダメだ。全く動かない。」
「ピクリともせんのぉ。」
その光景を黙って見てたヨキが、急に前に出てきた。
「どけ。」
冷たく言い放ち、石の蓋の前に立つ。
剣を鞘から抜き、振り上げる。
「開かないなら叩き割る!」
荒っぽい女だな・・・。
俺が呆れて見てる間に、ヨキが剣を振り下ろそうとしたその瞬間――
ズズズッと低い音が響いて、石の蓋が動き出した。
「!?」
ヨキが剣を止めて見つめる中、蓋が浮かび上がる。
ヨキの目線くらいの高さまで上がると、光の粒みたいになって、パッと消えた。
その下に、地下へと続く階段が現れる。
「これは何かの結界じゃったようじゃの。何がきっかけで開いたのかは分からんが。」
ミミが階段を覗き込んで呟く。
ヨキが剣を納めて、鋭い目で階段を見下ろす。
「開いたのならそれでいい。この先に何かがあることは確かだ。行くぞ。」
そう言うと、先陣を切って地下へと降りていく。
「俺たちも行こう。」
俺はみんなに声をかけて、ヨキの後に続いた。
階段はかなり深い。
ところどころに苔が生えていて、それが小さな光を放ち、辺りをほのかに照らしてる。
「珍しい苔じゃの。ワシも長く生きておるが、この様な植物は見たことがないのじゃ。」
ミミが階段の壁に手を当てて、じっと光る苔を見つめてる。
「光苔・・・。」
ヨキが聞こえないくらい小さな声で呟く。
俺の「聴覚強化」がなけりゃ、絶対聞き逃してたレベルだ。
「これは私の村にだけ生える特別な苔だ。光を放つ貴重さから政や催事の時に使われたものだ。一時期、他国の商人が目をつけ持ち帰ろうとしたがすぐに枯れてしまい、私の村以外では栽培することは不可能と判断したことがあった。その光苔がなぜこんな所に・・・。」
階段を下りきると、石の蓋と同じ紋様が描かれた扉が現れた。
「これも結界か?」
俺が呟くと、ヨキがイラついた声で吐き捨てる。
「まどろっこしい!ここを作ったヤツはどれだけ警戒心の高いヤツだったんだ!」
荒ぶるヨキを、マチが横から優しく宥める。
「ヨキさん、落ち着いてくださいね。」
ヨキも少しは穏やかさがあった方がいいと思うんだが・・・。
「ええい!どうやったらこの扉は開くんだ!」
ヨキが扉を強く叩く。
すると、扉が光を放ち、石の蓋の時と同じく光の粒状になって拡散し、消えてしまった。
扉の先は真っ暗な部屋だけど、天井に転々と光苔が生えてて、部屋を薄っすら照らしてる。
「夜空だ・・・。」
俺が呟くと、天井がまるで宇宙に輝く星みたいに光ってて、この部屋を幻想的な空間にしてた。
「やぁ・・・。待っていたよ。」
前方から聞こえた声の方に目を向けると、光が集まり、人の形になっていく。
「誰だ、キサマは!」
ヨキが迷いなく剣を抜き、構える。
見境なく剣を向けるの、やめさせないとな・・・。
「ぼくはツイン。千年前に影の王と戦った者だ。あの時は勇者と呼ばれていたかな。」
勇者!?
「影の王と戦った・・・!?」
俺がふとミミの方を見ると、ミミが今までにないくらい驚いた表情をしてる。
「ツイン・・・。ツイン・・・。」
おいミミ、あまり続けてその名を言うな。
勇者の名前が少し卑猥に聞こえる。
「ツイン!!」
ミミが突然うさぎの姿に戻り、ツインに駆け寄る。
「ん?ぴょん治郎・・・?ぴょん治郎じゃないか。まさか君がここに来るなんて、想像していなかったよ。」
そう言いながら、ミミの頭を優しく撫でるが、光で出来たその手はすり抜けてしまっている。
ミミは少し寂し気な表情をしている。
ミミの事を知ってる・・・?
それに今、ぴょん治郎って。
まさかこのツインって・・・ミミの前の飼い主か!?
ミミが人間の姿に戻る。
「ツイン!お主、突然ワシの前から消えたと思ったらこんな所で・・・。お主の帰りをどれだけ待ったと思っておるのじゃ・・・。」
ツインは落ち着いてるけど、驚いた表情を隠せない。
「ごめんよ、ぴょん治郎・・・。でもその姿は・・・?」
「ワシにも色々あっての、今はこの姿になりミミと名乗っておる。しかし、お主と過ごした日々はもう、千年も昔の事になるのか・・・。ほれ、彼奴が今のワシの飼い主で主人の兎じゃ。」
そう言って俺を指差す。
「そうか。ぴょん治郎、いやミミの面倒を見てくれてありがとう。兎君。」
いや、どちらかと言うと面倒を見られてるのは俺の方なんだけど・・・。
「ツインさん。勇者が俺たちをどうしてここに呼んだんですか?理由を聞かせてください。それに・・・その体・・・。」
光が集まり、人の形をしてるけど、実体はない。
今の話を聞く限りじゃ、千年も昔の人なんだよな。
「そうだったね。話を戻そうか。僕はね、キミやこのミミを導いた訳ではないんだ。」
ミミを呼んだんじゃないのか。
「キミだよ。ヨキ。僕の子孫。」
その言葉にみんなが驚く。
ヨキが勇者の子孫!?
「なっ・・・!?私がキサマの子孫だと!?そんな根も葉も無いことを!」
だから剣を向けるなって・・・。
まだ自称だけど、勇者だぞ・・・。
「その剣、よく手入れされてるがどうしたんだい?」
「こ、これは私の家に代々伝わる聖剣だ。」
「僕が使っていたものなんだ。それには少し特別な細工がしてあってね。知ってるかい?」
そんなもの知るかと顔を逸らすヨキに、ツインが鞘に納めるよう促す。
「抜く前に鞘を二度叩いてごらん。」
ヨキが言われた通りにしてみるけど、特に変わった様子はない。
「・・・な、なにも起きないではないか!この大ボラ吹きめ!」
「剣を抜いてごらん。」
「ぐっ・・・。」
剣を抜くが、やっぱりさっきと変わった様子はない。
「あの・・・。ツインさん、俺たちをからかってるんですか?」
「主、ヨキの剣の鞘を見てみろ。」
ミミにそう言われ、ヨキの鞘を見る。
剣じゃなくて鞘?
「なにか変わった・・・!?えっ!?」
抜いたはずの鞘に剣がある。
でも、ヨキは確かに一本剣を持ってる。
もう一本も、もちろん抜くことができた。
流石のヨキもこれには驚きを隠せない。
「双星剣。僕はそう呼んでいた。かつて影の王を封印する時に使った聖剣なんだ。」
ツインはこの剣で影の王と戦った・・・。
「僕が今からする話は千年も昔の話だ。」