兎と亀
みんなは俺の格好(制服)を見て冒険者だと言っていたが、まず冒険者と言うものをよく知らない。
パーティには加わりはしたが口約束に過ぎない。
とりあえずパトラを逃さないようにし、冒険者になるにはギルドで登録が必要だという事を聞き出し、クエストに向かう前に街の中央にあるというギルドへと向かう事にした。
「ここがギルドだよ。」
思っていたのと違いすぎる。
外見は日本の旅館である。
多くの人が行き交い、中では商いや情報交換が行われていた。調べたところ奥には温泉もあるみたいだ。
もう逃げないから離してというパトラを引きずりながら受付に行き、俺は冒険者登録を済ませた。
「で、冒険者ってなんですか?」
ポカンとした受付の女性の表情に戸惑いはしたが分からないものは分からない。
「主にですが、名誉や利益、目的のために、危険な冒険や試みに挑戦する人のことを冒険者と呼びます。」
おっ。格好がいいな。
「ギルドへの登録はそれで死んだとしても全て自己責任ですよという証明みたいなものですね。」
取り消す。
ただの馬鹿の集まりだ!
「なんだそれ!登録しちまったじゃないか!取消し。取消しをお願いします。」
「一度登録を済ませた後の取消しは国で決められており出来なくなっております。こちらにも書かせていただいておりますので。」
受付の横の壁にデカデカと貼り紙で書かれていた。
「おい。パトラ。」
「はっ、はい!」
「これから行きたいクエストっていうのは危険なクエストじゃ無いだろうな。」
「うん。それは大丈夫。畑に大量発生中のカメザードを追い払うだけだから。」
亀?
「甲羅が硬いだけで動きも鈍くて扱いやすい魔物だから。」
どうやら本当に亀のようだ。
「もう少しで収穫なのに大量に現れて困ってるんだって。何よりこのクエスト!報酬がとってもいいのよ。」
ニヤニヤとし報酬に目が眩んでいるパトラを見て俺は違和感を覚えた。
「なぁ。おかしく無いか?そんな簡単なクエストなのに高い報酬だなんて。」
クエストのランクは一番下のGランクだ。
ギルドに貼られている高ランクのクエスト報酬と同額程の金額が書かれている。
ギルドとのクエスト契約は依頼者との信頼関係で固く結ばれていて信頼を裏切るということは命に値するという受付の人からの横入れもあり、ならば大丈夫かと安心し俺たちはクエスト準備の為にギルドを後にした。
「パトラは買い出しにいっちまったし、俺はどうするかな。金も持って無いしなぁ。」
壁にもたれ掛かり空を見上げる。
「なんでも面倒臭がっていた俺がこんなに自分で動くなんて思っても見なかったな。」
一時間ほど経っただろうか。
パトラが戻ってこない。
「まさかあいつ、逃げたんじゃ無いだろうな・・・」
と思った矢先、待たせてごめんねと大きな荷物を引っ提げて戻って来た。
「なんだよ。その大それた荷物は。」
カメザード対策の秘訣と銘打ち、私に任せてと自信に満ち溢れている様子だ。
そこまで言うのなら信頼してみることにしよう。
まだ知り合ったばかりだが、悪い人間ではないことはなんとなく分かる。
それにしてもパトラの大荷物は異様な匂いを発してそれが気になって仕方が無かった。
あとでのお楽しみ。
そう釘を打たれて、俺は初めてのクエストへ向かった。
クエスト地点は俺が初めてこの世界で目を覚ました場所から近くの畑だった。
たどり着いたはいいが。これは・・・
地獄絵図。
大量発生とは聞いてはいたが想定を遥かに超えていた。
この辺り一帯は本来広い畑が広がっているらしいのだが作物どころか地面すら見えないほどに奴らで埋め尽くされている。
大きさはモグラ(キツネーゼ)に比べるとそれ程大きくはないが、全身が茶褐色の甲羅で覆われており、両手にはハサミがあり、挟まれたら大怪我では済まなそうだ。
ザリガニじゃねぇか。
用意はいい?と大きな荷物の口を少し開き俺に中身を見せる。
この強烈な生臭さは。
「カメザードはこのスルメが大好物なの!スルメを食べている間は一切動かなくなるの。」
スルメはスルメなんかい。
「今からこれを投石機で群れの中へ落とすわ。スルメに気を取られているうちに討伐しちゃいましょう。」
どこから出て来た。その投石機は。
「いっけーー!」
スルメは勢いよく放出され、辺り一面に散りばめられた。
匂いを感じ取ったザリガニ達がスルメの方に惹きつけられていく。
「よしっ!いまよ!」
おりゃーとナイフを片手に声を上げながら向かって行くパトラに追走するがあることに気がついた。
「なぁ、パトラ。」
「何?」
「俺、武器とか持ってないんだけど。」
急停止したパトラと共に俺も足を止める。
こっちを物凄い剣幕で睨みつけ怒鳴りつけてきた。
「私も武器はこれ一つしか持ってないわよ!どうするのよ!これ全部私一人で倒さないといけないの!?無理よそんなの。全部討伐し終わる前にスルメが無くなっちゃうわ!」
いや、この量。俺が武器を持っていたとしても二人でどうにかなる量なのだろうか。
どうするのよ!とヒステリックなパトラを横目に投石機に目を向けて閃いた。
「パトラ!あの投石機使わせてもらうぞ。」
「そんな物何につかうのよ?」
「そんなの投石に決まってるだろ。」
近くにあった大きめの岩をセットしようとしたが持ち上がらない。
「ぐっ、パトラ。手伝ってくれ。重すぎて一人じゃ無理だ。」
俺の考えが伝わった訳ではないが何か思惑があるのだろうと渋々岩を掴むと軽々と持ち上げる。
「なんだ。そんなに重くないじゃない。」
俺のステータスがあまりに低すぎるせいだろうか。
「岩でカメザード達を倒すつもり?でもどれだけ岩が必要になると思うのよ。」
まあみてな。
「発射!」
着弾し轟音が鳴り響く。
投石は群れに命中し数体を減らすのがやっとだった。
「ほら。こんなのどれだけ時間がかかると思ってるの。」
「パトラ!あの木の上に登れ!早く!」
「!?」
俺より早く登ったパトラに引き上げてもらい二人で畑の方を見つめる。
「くるぞ。」
「?」
畑の地面が盛り上がりザリガニ達を吹き飛ばしなが奴らが現れた。
「キツネーゼ!?」
モグラな。
モグラ達はまるで赤い海を泳ぐように動き回り、硬そうな甲羅など気にもとめずにザリガニたちを捕食していく。
みるみるうちにザリガニ達の数は減り、大満足したモグラ達は穴の中へと帰っていった。
「これだけ減らせばあとはパトラ一人でも大丈夫だろ。」
残ったのはほんの数匹。
「後始末は頼んだぜ。」
パトラは呆気に取られながらも残りを討伐した。
「クエスト完了ー!」
二人で両手を高々と掲げたのちにハイタッチを交わした。
「まさかあんな方法を考えだすなんて思っても見なかった
よ。キミってもしかして凄い人なのかも。」
俺がドヤ顔を決めている間にパトラは上空に向かって煙弾を打ち上げた。
どうやらクエスト達成の合図のようだ。
三十分程経った頃、クエストの依頼者である畑の持ち主が現れた。
「おぉ!全て討伐してくださったのですね。本当になんとお礼をいっていいか。」
初めてのクエスト。初めての報酬。しかもそれが超高額の報酬だ。考えるだけで自然と顔がニヤついてしまう。
「しかし・・・これは。」
依頼者が畑の方に目を向ける。
畑はモグラ達が掘った穴ボコだらけで見る影も無く、もちろん収穫出来そうな作物は見当たらない。
「あはははは。」
パトラと二人で顔を見合わせながら笑って誤魔化すことしか出来なかった。
クエストが終わりギルドに戻った俺達は手にした報酬を見て二人で大きなため息をつく。
結局のところ土地の修復料が報酬から差し引かれ、俺たちが手に出来たのはGランクの報酬と変わらない程の少額だった。
「俺たちが着いた時には元から畑なんて見る影も無かったじゃないか。あの時点で作物なんて殆ど壊滅状態だったのに。
くそぉー。」
「まったく、キミは本当に運がいいのか分かったものじゃないよ。」
悪かったな。
「しかしどうしてあんな場所にあいつらは現れたんだ。」
「知っらなーい。」
「兎さん。」
そう言えばギルドに登録する時に名前を自由に出来るって聞いて「兎」で登録したんだった。
声をかけられた方に顔を向けると受付の女性が立っていて、どうやらこの人に声をかけられたらしい。
「カメザード達の事なんですが。」
ザリガニ達ね。
「実はあの畑である作物を栽培した事が原因だったみたいです。」
作物を?一体なにを作ったらあんな量を呼び寄せるんだ?
「こちらがその作物です。」
「こっこれは!?」
花の先にタコの様な形の赤い実がなっている。
「スルメです。どうやらスルメの栽培を本格敵に始めたところ匂いに惹きつけられた事が原因みたいですね」
ははははは。
「兎さん?どうなさいました!?」
「スルメはイカだろうがーーー!!」
こうして俺の初クエストは終わった。
ちなみこのタコを加工して出来るのがスルメらしい。
俺は認めない。