魔王と兎
中央ホールの戦いが終わり、俺たちは崩れた瓦礫の中で一息ついていた。
戦いの疲労はマチの回復魔法によって癒されており、体は軽く、汗も引いていた。
瓦礫の隙間から冷たい風が吹き抜け、頬に当たるたびにひんやりとした感覚が広がった。
俺は掌を軽く開き、風を浴びて乾いた感触を楽しんだ。
みんなの顔を見回すと、それぞれが戦いの緊張を解こうとしていた。
パトラが瓦礫に腰を下ろし、髪を耳にかけながら軽く笑った。
「あぁー!緊張するー!」
そう言いながらもその笑顔は明るく、戦いの重さを吹き飛ばすような軽やかさがあった。
ミミは無言で拳を軽く握り、鋭い視線を遠くに投げていた。
ミミの姿勢は、次の動きを静かに待っているようだった。
マチは静かに立っており、杖を握る手が穏やかで、その落ち着いた表情が場の空気を和らげていた。
俺は立ち上がり、体を軽くひねった。
背中が伸び、関節が軽く鳴った。
マチの魔法のおかげで疲れはなく、次に進む準備が整っていた。
足を軽く踏み鳴らすと、瓦礫が小さく跳ねて転がった。
パトラが立ち上がり、俺の肩を軽く叩く。
その仕草は気軽で、彼女の元気がそのまま伝わってきた。
ミミが拳を前に突き出す。
「次は魔王じゃ。」
冷静に言い放つ、ミミの声は低く、鋭い響きが俺たちの意識を次の戦いへと引き寄せた。
俺たちはその言葉に頷き合い、決意を新たにした。
俺は顔を上げ、遠くの天井を見た。
崩れた石の隙間から薄暗い光が漏れ、次の目的地を意識させた。
戦いの疲労が消えていた分、心が軽く、次の一歩への意欲が湧いてきた。
俺たちの間に流れる空気は、新たな決意とともに静かに張り詰めていた。
俺は頬を軽く叩き、ステータスを呼び出し確認する。
ルシアンとザザを倒した経験値がポイントとして溜まっており、それを見て俺はレベルアップを実行した。
パトラがあっ、わたしも!と目を輝かせて笑った。
声は弾むように明るく、戦いの重苦しさを解すような響きがあった。
各々レベルアップを行ったが、ミミだけは行わなかった。
戦いの先に待つ魔王に備えるため、俺たちは新たに覚えたスキルを確認した。
「私たちここへきてから、どれくらい強くなったかな!」
パトラ興奮した声で呟いた。
両手を軽く振って、新しい力を試すような仕草を見せた。
俺は耳を澄まし、周囲の音が鮮明に聞こえるのを感じた。
風が瓦礫を擦る微かな音や、パトラの足音が耳に届き、新たなスキルを実感した。
マチは杖を軽く振って、静かに微笑んだ。
次の戦いへの準備が整っていることを示していた。
俺たちはそれぞれ自分の変化を感じ、次の目的地へと意識を向けた。
風が少し強くなり、俺は深呼吸し、冷たい空気を肺に満たした。
吐き出した息が微かに白く、気温の低さが感じられた。
ミミは拳を握ったまま静かに立ち、次の戦いを見据えているようだった。
俺たちの間に静かな緊張感が漂い、魔王との対峙への覚悟が固まりつつあった。
俺がレベルアップにより得られたのは常時発動型の「聴覚強化。」
遠くの音や微かな気配を捉える。
「敏捷跳」
ウサギの様に素早く跳ね回り、敵の攻撃を避けて位置を調整する。
この二つだ。
パトラの新スキルは「ぶんどる。」
アイテムや力を奪う能力だ。
私のコレクションが増えるね!とパトラが目を輝かせ、軽く手を叩いた。
マチの新スキルは「全体回復。」
仲間全員の傷を一気に癒す。
「これでみなさんをよりお守りできます。」
レベルアップが終わり、ステータスを戻す。
俺たちは次へと意識を向けた。
マチの魔法で疲れが癒され、新たな力が宿った今、魔王へと進む準備が整っていた。
レベルアップを終え、俺たちは中央ホールを出て北の回廊へと足を踏み入れた。
「魔王の玉座はこの先です。」
ルシアンの声は低く、抑揚が少なく、冷たい響きがあった。
俺たちは頷き、薄暗い通路へと進んだ。
回廊の壁は黒ずんだ石で覆われ、天井から滴る水が床に小さな水たまりを作っていた。
足音が湿った石に反響し、不規則なリズムで耳に届いた。
空気はひんやりとし、鼻に湿気がまとわりついた。
「なんか不気味だね・・・。」
パトラが言うように異様な雰囲気がただよっている。
声は小さく、少し震えていた。
ミミは拳を握り、無言で歩を進めた。
背中はまっすぐで、迷いのない動きが頼もしかった。
マチは杖を手に持ったまま、静かに俺たちの後ろをついてきた。
足音は軽く、ほとんど聞こえないほどだった。
回廊を進むにつれ、重圧が増す。
俺の「聴覚強化」が遠くから低く唸るような音を捉えた。
かすかな振動が足元から伝わり、心臓が少し速く鼓動を打った。
「スゴイ重圧だな・・・。」
そっとパトラが俺の腕を軽く掴み、不安が伝わってきた。
俺は目を細め、前方の暗闇を見つめた。
俺の耳が風切り音を拾い、背筋に緊張が走った。
息を吸うたびに胸に冷たい空気が流れ込む。
回廊の壁が広がり、視界が開けてきた。
天井から滴る水が俺の肩に落ち、ひんやりとした感触が首筋を伝った。
視界の端がぼやけるような感覚があった。
俺の耳に届く音が鮮明になり、遠くの水滴が落ちる音や、みんなの微かな息遣いが混ざり合った。
パトラが俺の腕を離し、両手で髪を押さえた。
彼女の動きが落ち着きを取り戻しつつあるように見えた。
ミミが足を止め、一瞬周囲を見回す。
視線が鋭く、次の戦いへの準備を感じさせる。
赤い光が遠くで揺れ、回廊の空気が張り詰める。
足を進めるたびに微かな圧迫感があった。
魔王の元へと近づいている実感が強まる。
パトラが一歩前に出て、俺と並び、彼女の目には不安と決意が混ざっていた。
その時だった。
「やっほー!ミカエルちゃんだよー!」
緊張感ぶち壊しだ。
「次はいよいよ魔王だよねー。」
こいつ・・・。
ここも全部見てたのか・・・。
「良くそこまで辿りつけたわね!ルシアンのところで全員やられちゃうかと思ってたのに。」
気をつけてね、と口調が普段とは変わる。
「・・・なんだよ。急に。」
「本当に魔王の強さも当時のまま再現されているらしいから絶対に油断しないでね。」
「しねぇよ。油断なんて。」
「ならいいんだけど!もし死んだら、また転生させてあげるから安心してねー!」
縁起でもない・・・。
「死なないように頑張るよ。」
「あなた・・・。なんか雰囲気変わって来たわね。少しだけど頼もしくなった?」
自分でも俺自身の変化には気づいていた。
この世界に来る前と今の俺は別人に見えるだろうな。
体格もそうだが、内面も変わったと思う。
昔の俺ならこの場から立ち去っていた。
いや、まず挑もうとさえしなかった。
そんな俺がシミュレーションの様な場所とはいえ、魔王と対峙しようとしているんだ。
・・・おかしな話だ。
じゃあね頑張ってね、とミカエルは俺を鼓舞して消えた。
「皆様、この扉です。」
回廊を抜けた先で大きな扉が現れる。
「この先に魔王がいらっしゃいます。」
扉の前に立つだけで魔王の異様な重圧を感じる。
ピリピリとした空気、背筋に悪寒が走り、自然と汗が流れ落ちる。
マチの方に目を向けると杖を持つ手は震えている。
扉は軋む音を立て、俺たちを招き入れるように自然と開いていく。
中は闇が広がっている。
「お主ら、準備はできておるな!!」
ミミの声に俺は拳を握り、パトラがナイフを構えて、マチが杖を強く握りしめる。
「行こう!」
俺たちは覚悟を決め、扉の中に足を踏み入れた。
扉をくぐった瞬間、冷たい空気が俺たちを包み込んだ。
足元の石の床が靴底に響き、湿った重さが肺にまとわりつく。
「聴覚強化」で遠くの滴り音や風の擦れる音がかすかに聞こえてくるが、それ以外は不気味な静寂が広がっていた。
靴音が反響し、俺たちの存在を闇に刻みつける。
「暗いなぁ・・・。これじゃあ何も見えないよ。」
パトラが小さく震える声で呟き、ナイフを握り直す金属音が静寂を切り裂いた。
彼女の息遣いが少し速く、緊張が伝わってくる。
昔ならこんな場面で膝が震えていただろうに、今は仲間と共にいる安心感が力を与える。
背後でミミの拳が握られる気配がして、鋭い視線が闇の奥を見つめているのが分かった。
マチが杖を掲げると、柔らかな光が一気に広がり、部屋全体を照らし出した。
闇が後退し、巨大な柱が天井を支え、壁には不気味な彫刻が刻まれた広大な空間が姿を現す。
中央には黒く輝く大きな王座がどっしりと構えているが、誰も座っていない。
それでも空気が異様に重い。
肌にまとわりつくような圧迫感と、背筋を這う気配が強烈に感じられた。
「魔王どころか誰もいないよ?」
「敏捷跳」を意識して体を軽くし、周囲に目を配った。
みんなの動きが自然に重なり合う中、ミミだけは動かない。
拳を握ったまま、正面の王座をじっと見つめ佇んでいる。
「貴様ら、どこを見ている。余はここにおるぞ。」
突然、低く響く声が空間を切り裂いた。
深く、地の底から這い上がるような音色が耳に突き刺さり、心臓が締め付けられる。
俺たちは一斉に声のした方向、王座へ目を向けた。
パトラが息を呑み、マチが杖を握り直す音が響く。
だが、その大きな王座には、依然として誰も座っていないように見える。
ただの黒い石と、冷たい静寂だけがそこにある。
「ここじゃ!ここ!」
声が響き、王座の上で小さな何かが手を振っているのが見えた。
俺は目を凝らし、思わず動きを止めた。
王座の中央、巨大な椅子の座面に、掌ほどの大きさしかない小さな影が立っている。
「久しいのぉ。魔王よ。」
ミミが笑みを浮かべ、拳を握る音が響いた。
俺は思わず声を上げた。
「え!?ち、ちっさ!?コイツが魔王!?」
驚きが抑えきれず、言葉がそのまま飛び出した。
その小さな魔王は、不敵な笑みを浮かべた。
小さな体から放たれる威圧感が部屋全体を支配する。
小さいのに、この威圧感・・・!?
間違いなく、こいつが魔王だ!!
ミミが一歩前に出て、構える。
俺は深呼吸し、俺たちならやれると自分に言い聞かせた。
緊張が空気を張り詰めさせる。
「やるぞっ!!」
俺の声が部屋中に響きわたった。
魔王との戦闘が始まる。
俺たちが構えようとした瞬間だった。
正面に捉えていたはずの魔王の姿が突然消えた。
気づいた時には遅かった。
俺たちの背後に回り込まれていて、攻撃を繰り出されていた。
「なっ!?」
背後から強烈な熱風が吹き荒れる。
黒い炎が迫り、その炎の熱さが体を切り裂くように感じ、激しい衝撃が全身を駆け抜ける。
命を奪われるその感覚を、はっきりと自分の身体で感じていた。
油断していたつもりはないが、ミミですら全く反応出来ていない。
これは・・・!?
間に合わない・・・!?
「ヤバッ・・・。これ、死・・・。」
直撃する瞬間、咄嗟に目を閉じてしまった。
・・・ん?
なんだ?
攻撃が来ない?
閉じた目をゆっくりと開く。
俺たちへの攻撃は寸前で止まっている。
そして消滅した。
魔王の方をみると、空中で止まり動かない。
「ガ・・・ガガ・・・。」
体にはノイズが入り、周りの空間が歪んでみえる。
「システムにエラー発生!エラー発生!」
「なっ、なんじゃこれは!?」
警告音が耳を突き刺すように鳴り響く。
空間が歪み、魔王の姿が呑み込まれる。
次の瞬間、魔王城全体にノイズが入り、歪んでいく。
何もかもが不安定で、どうしていいのか分からない。
「なにが起きてるの!?」
パトラが驚くのも無理はない。
俺たちは今の状況を誰も理解出来ていない。
目を見開いて周囲を見回してみるが、城全体が歪んでいる。
俺自身もその答えが分からないまま、ただ空間の変化を見つめていた。
「な、何が起きているのでしょうか・・・?」
マチが不安そうに呟く。
答えを出す暇もなく、次々と新たな異常が訪れる。空間そのものが揺れ、崩れ、何もかもが不安定な状態に陥っていく。
ルシアンがパトラに駆け寄り、しっかりと抱きしめるように守る態勢を取った。
冷静さを保ちながらも、その顔には若干の緊張が見て取れる。
「ルシアン!?」
パトラが驚きの声を上げるが、ルシアンは冷静に答える。
「私がお守り致します。」
その言葉には、いつもの冷静さと優雅さに加え、少しの決意が込められているようだった。
パトラはその安心感からか、少しだけ力が抜けた様子で、ルシアンに身を預けるようにしながらも、その目は依然として不安そうに揺れている。
「なんだこの状況!?まるでゲームがバグったみたちだ・・・!?」
ふと奥の方から床が消失していることに気付いた。奥から暗闇が押し寄せ、こちらに向かってくる。徐々に、そして確実に、足元が消えていき、俺たちの方へと向かってくる。
「このままじゃマズイ!ひとまずここを出るぞ!」
俺が声を上げると、すぐにみんなも反応して走り出す。
ミミがマチを抱え、そしてルシアンもパトラを抱えたまま、俺たちは来た道を引き返す。
床の消失は加速していた。
回廊の燭台、飾られた鎧、全てが暗闇に呑み込まれていく。
暗闇がどんどん迫ってくる。
その速さに焦りながら、必死に走り続ける。
「ガガ・・・ガ・・・。」
ルシアンが突然足を止めた。
魔王と同じく体にノイズが入っている。
「ルシアン!?どうした!?」
しかし、ルシアンは何も答えず、そのまま停止していた。
俺たちがルシアンに気を取られ、一瞬足を止めてしまったせいで、床の消滅に追いつかれてしまった。
「うわーーー!!」
俺たちは暗闇の中に落ちていった。




