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家族

 メガネが語った家の歴史とは俺の予想を上回るように壮大で、現実とは離れたものであった。メガネは俺にこの家の秘密をすべて教えてくれた、木製の板が持つ過去にすべてが記されていた。

 家の中は暗く、全てが木製で、部屋の床でさえも冷たい木の板が俺たちを支えてくれていた。

 一歩歩けば音はなり、家中に響く。

 一歩も動かなければ夜では、この家の中は完全に沈黙に包まれる。

 俺のお父さんはここに住んでいた、メガネと一緒に。

 そして二人のカップルと一緒に。その時メガネの妻は病院に入院していたから、床には四人以外妊娠した女性の足跡はなかった。

 エイチとユア、そして俺でさえもが、まだ生まれていなかった頃の話だ。

 メガネと一緒に住んでいた男——成宮一郎。俺の父さんは、この家で”あること”をした

 でも、まだ話せない。

 まだその時じゃない。


 ボリスが船で出かける1ヶ月前、凪が狂う前。


 俺はあの家から少し離れた公園で考えていた。

 これから何をすればいいと、やっぱり自分の兄弟を探すべきなのだろうか。それとも黒魔術師を追ってこれから犠牲になりうる人々を救えばいいのだろうか。

 家族か、世界か。

 へッ、大げさか…

 公園の中ではボールが禁止されているのにもかかわらず子供がボールを蹴りあって遊んでいた、もうすぐ夜で、カラスも俺に向かってアホと言ってきた。

 あほだよな、何も自分で決めることができないなんて。

 足を少し前に動かして公園の砂をいじる。

 メガネからもらった拳銃を見た、そういえば持ってきてたんだ、こんな危ないもの。

 入っている銃弾の数を確認するために銃を見てみるとそこには何もなかった、弾のない拳銃は使えない拳銃だ。

 拳銃の先を、自分の頭に向けた。息を止める。ゆっくりと、引き金に指をかけた。

 気づけば銃はカチッと音を鳴らした、引き金を押してしまったのだ。

 俺の着ている青黒いブレザーの中に銃を入れて立ち直る、やっぱりカラスの言う通りあほなのかもしれない。

「まずは家族だ、兄弟を見つけ出してなんで俺が精神科病院に閉じ込められていたのかを聞き出してやる」

 静かに自分に誓った。

 だけど、どこに向かえばいいのだろうか

「困った顔をしてるな」

 不審者みたいに刀を背負ったエイチが出てきた。

「黒魔術師退治はしない、俺は俺の家族を探す」

「いいのか? お前を受け入れたのは俺たちだぞ」

 俺は黙り込んでしまった。

「家族にさんざんやられて、あんなところに行きついて俺たちがお前を助ける羽目になったんだ、力の使い方を少し理解しただけなのに調子に乗るなよ」

 エイチは説教をしてくる、いつもと違って強気なようだ。

「短い間でもお前を家族だと思って接してた。」

 エイチは続ける。

「そんなに家族を失いたいのであれば俺の死体の踏んでからにしろ、下手にユアの気持ちとおやじの気持ちを踏みにじらせやしない」

 刀を抜くと、それを見て子供たちが公園から出ていく。

 いつも口論どころか俺には立ち向かうこともできなかったエイチがまるで違う。

 かつてあんな風に怒ったエイチを、俺は見たことがなかった。

 俺はブレザーの中から銃を抜いた。

「いつもみたいに煽らないのか」

 エイチは聞いてくる。

「兄弟に悪口は言わないさ」

 俺は答えた。

 指を引き金に置く。

「凪、家族を探すのはいいんだ、ただ、それは黒魔術師を倒した後にしてくれよ。な?」

 声を震わせる、まるで俺と戦いたくないかのように。

「俺とやりあいたくないのか、やりあいたいのか、しっかり決めてから刀抜け」

 彼にカラの拳銃を向けると、少し震えた。

「お前とは戦いたくない」

 エイチは弱くなった。

「刀ぬいたなら戦えよ、本気で来いよ。お前の死体を踏みにじってやる。」

 そういって、真剣な顔を彼に向ける。

 沈黙が続く。

 最初に手を出したのは誰でもなかった、なぜならメガネが俺の銃を握ったからだ。

「その銃は、家族に向けるためにお前にあげたんじゃねぇ」

 彼も相当真剣だ、拳銃を握って俺の手から奪うと乱暴にデカいポケットに入れた。

「刀をしまえ」

 一言いうとエイチはメガネにきちんと従った。

「お前たちは敵と仲間の見わけもつかないのか、喧嘩で勝つべきは凪じゃない、黒魔術師だ。だからボリスを追う、それで黒魔術師のしもべどもも追う。」

 メガネは確かに間違っていなかった。でも――俺には今決めたやりたいことがある。

 こいつらの都合なんかで後回しにはしない。

 ユアは公園の入り口で俺たちをじっと見つめていた、口をはさみたくないのだろう。

「凪」

 メガネはまるで俺の同意を求めてくるような視線を送る、でも、同意なんかできない。

「ごめん、俺を”あそこ”にぶち込んだ兄弟を探す、話はそのあとになる」

 そういって二人を残して公園から出て行こうとするが、ユアに腕をつかまれる。

「ねぇ、特訓は? 学校は? もう少し私たちといてよ、最初来た時ものすごく――」

 俺が彼女を少し見つめるだけでも、彼女はもう何もしゃべれはしなかった。

 黙り込んだユアと、俺を唖然と見つめる二人を見捨てることにした。

 俺はこれからいろんな知らない道を通ることになる、あいつらの助けがあればもっとよかったが。

 今の俺には自分が付いている、独学でもなんでも学べるさ。


「凪…」

 家族だけで残されたエイチはつぶやく。

 メガネはさっき凪からとった拳銃を握って、ただ見つめる。

 凪を息子のように思っていたのに、息子に見捨てられてしまった父親は言葉も出なかった。

「やりたいことを手伝ってやればよかったのに」

 ユアが二人に近づく

「あんたらが糞みたいに頑固だし人のこと聞かないからああなるのッ!」

 明らかに二人に腹を立て、怒鳴りつけていた。

 エイチは地面をみて、メガネはユアから目を離さなかった。

「凪を取り返して」

 ユアは二人にお願いをするが、二人は聞きやしなかった。

「凪をッ! 連れ戻してッ!」

 ユアが必死にお願いをするも、二人は彼女をさみしい瞳で見つめるだけだった。

「短い間の家族ごっこだったんだよ、お父さんは息子を育てるのが明らかに下手だ」

 エイチが突然声を震わせながら言う」

「俺の世話もできないくせに凪を助けるからだ、俺は気が弱いけどあいつは違う。何かあれば反抗する」

 メガネに向けて、今度はエイチが怒鳴りつける。

 メガネは何か言いたげにエイチを見つめる。

「俺の好きな色も、好きな食べ物も、好きな場所も何も知らないのに父親気分でガキを拾うからそうなるんだ、お前は知らないんじゃない、知ろうとしない、寄り添おうとしない。」

 エイチが人差し指をメガネの胸に指す、メガネは指されるたび、触られるたびにちょっと後ろに引いた。

「エイチ…」

 ユアは声を出すがエイチは見逃すほど容赦深くはない。

「エイチ? その名前誰がくれたと思う? 16年生きてきて俺に名前をくれたのは凪だけだ、親父であるはずのお前じゃない、ユアもそれを知ってて何もしなかったのに今になって悲劇のヒロイン気取りか。笑える。」

 エイチの顔は一ミリも笑っていなかった。

 メガネの申し訳なさそうな顔を見てエイチはさらに腹が立った。

 ユアの後悔した顔を見てさらに悲しくなった。

「俺を今まで家族じゃないと思ってたのに、突然今になって…」

 その言葉にメガネは反抗した。

「お前のことはずっと家族だと思ってる、ただ、お前の名前も何をつければいいのかずっと迷って、迷ってて…」

「俺のお母さんがもともと俺に名前を付けることになっていたんだろ? それで出産のときに死んで、名前を聞き出せなくて今まで迷ってたんだろ? お母さんの息子にどう接すればいいのかを迷ってたんだろ、頭おかしいよ、立ち直れよじじい」

 メガネはまだ、申し訳なさそうな顔をつづけた。

「すまん、エイチ、ごめんな。」

 メガネの目は今ままで涙をこらえていたが、今はもう抑えることができなかった。

 涙は鼻の近くを通り、頬を下りて、濃い髭に吸い込まれるように見えなくなった。

 メガネはこれまで自分の子供に名前を与えるほど、自分に価値がないと思っていた。

 過去に大罪を犯し、自分には子供を育てる権利はないと思っていた。でもエイチとユアの母親が亡くなってから自分で育てるほかなかった。

 これまで、メガネは自分の本名を誰にも教えたことがない。

 でも、二人は初めて彼の名を聞くことになる。

 その名は、フェリックス。

 幸運という意味を持つ名であった、しかしそんなことは二人は知らない。

「お父さん」

 ユアはまるで同情するような口調で言う。

 メガネはまだ腹が立っていた、今頃涙の一つや二つで彼を許したりなんかしない。

「フェリックス」

 ユアは何かを思い出したかのような口調で突然メガネの本名を言った。

「それって、黒魔術師の兄弟の名前なんじゃ?」


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