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釣り船の住民

 部屋の中は湿っぽく、今にでもカビが出てきそうだ。

 扉を開けると目の前にベッドが一つ、大量のしみがついていて、エリナの言う通り眠ることはできないのかもしれない。

 ベッドの隣にはランタンが一つあって、自由に持ち運べるもののようだ、幸い俺は喫煙者なのでマッチを持っている、いつでも部屋を照らせる。

 部屋は完全な密室で窓はないが、小さな換気扇はある。

 ぐるぐるゆっくり回る換気扇の下にはもう一つ扉があって扉の向こうはトイレになっているみたいだ、トイレの中もなかなか満足に使えそうなものではない、シャワーもあるがバスタブの中にたまっている水は黒く、水を抜くために手を突っ込むしかないが少なくとも俺にはそんな勇気はない。

 すごく心地のいい部屋だとは言えないが、少なくとも部屋だ。

「ベッド一つ?」

 アマンダは驚くようにつぶやく。

「俺が床で寝れば問題ないだろ、それかあのガイドにまた話しかければ部屋を一つ増やしてくれるさ。」

 アマンダを安心させるように言ったが、彼女はまだ愚痴を続ける。

「それで私を独りにするわけ? ないわね、絶対無理、こんなところで女子一人は殺してくださいって言ってるようなものよ」

 俺はやっぱり床で寝ることになった。

 

 同じ日の夜、全く眠れなかった。

 外から音がする、扉の向こうに何かがいる。

 起き上がってベッドで寝ているアマンダを見ると彼女は布団にくるまって見て見ぬふりをしているようだ、相当怖いのだろうか。

 俺は扉を開けて外を見ることにした、少なくとも誰がこんな床を何かで叩きつける音を立てているのかがわかるかもしれない。

 鉄の重い扉を開けて外をのぞく、その時床で何かが引きずられた。

 食べ物だ、多分上田が作ったものだろう、だれが配っているのかはもう忘れた。

 右を見てみると人が食料を扉の前に、一つずつ落としている。

 おいているのではない、乱暴にかがみもせず床に落としている。

 彼にそれをやめるように言ったが、男はまるで返事をしない。

 多分こいつは1号、いや2号だったっけな。

 忘れた。

 階段を上って船長と一言交わすことにした、リビングを通り、食堂の前で上田に挨拶し、さらにこの汚らしい船の中を歩き回ってまたもや階段を上る。

 操縦室に行きついた、エリナのガイドが役に立ってくれた。

「海陽船長」

 俺は階段を上り終えると両手を使って船を操縦する海陽に話しかけた。

「おお!君か、どうだ居心地は」

 海陽船長は俺たちがこの船にいることをうれしそうにしている。

「実は食料を配布している人が――」

「明日は嵐があってな、今日出発して嵐の横を通っていくんだ」

 俺の話を遮って船長は話始める。

「明日の出発となるとどうしても通らなければならない海域に嵐がちょうどきちゃうからね」

 彼は笑って、俺の話を無視し続ける。

 俺の話を聞いていないのか? それともわざとなのだろうか。

「それにしても、ボリス君、俺があげた葉巻きタバコを吸ってないね。」

 船長は一切振り返らず、海を見続けて話す。

「なぜそれを?」

 俺は聞き返す

「この船の中はいつも同じ塩と、魚のにおいがする。ボリス君があのたばこを吸っていたら唯一においが変わる。」

 海をまだ眺める。

 船長は、俺のにおいで俺のいる場所を把握できるといっているのか?

「でも、においがしない。煙草をどこにやった」

 尋問するような口調でしゃべり始める。

 ただの葉巻に、こんな意味があるなんて思いもしなかった。

 俺は今、息をしているだけでこの男に監視されている。

「タバコは部屋に置いてきた」

 船長は大きくため息をつく。

 彼が選んだ”言葉”は沈黙、黙ることであった。

「フランスには何日くらいでつくんだ。」

 俺は聞いた、できるなら早くこの船から出たいと思いながら。

「2ヶ月から3ヶ月」

 船長は一切俺の顔を見ない。


 食堂に行って上田と話すことにした、上田はあの三人とよく会っていると思うし、話が分かる人だと思う。

 食堂の前に突っ立っている俺に手を振る。

「上田さん、こんにちは」

 上田はまだ手を振り続ける、笑顔だが、作られたものな気がして仕方がない。

「実は食料を運んでいる人が、結構食べ物を粗末に扱っていて.....」

 食堂の中に入って彼と話すも、彼と話すために椅子に座ると即座に食べ物を作り始めた。

 その間笑顔を怠らない。

「音が響いてうるさいので、何とかできないでしょうかね」

 礼儀正しく言うも上田は片手にナイフを持って何かを切り、もう片手で俺に向かって手を振る。

 少しすると上田は俺に食べ物を運んできてくれた。

 それは良くも悪くも見えないような出来で、なんというか変な魚のスープだった。

「ありがとう…」

 それでもお礼をすると上田は笑顔で何も言わずに「食べろ!」というしぐさをしてくる。

 スプーンを片手に口まで運ぶと生々しい魚のにおいが口の中で広がる感覚がした。

 気持ち悪い。

 上田を向くと前よりもずっと笑顔で、食べてくれたことを感謝しているように見えた。

 何かを言おうにも帰ってくるのはしぐさだけだった。

「しゃべれないのか?」

 上田に聞くとまたキッチンに戻るというしぐさをして何かを作り始めた。

 しばらくするとまた戻ってきた、ケーキを特別に温めてきてくれたようだ。

 少なくともこのケーキはうまそうだ、キウイがのっかっている。

「本当にしゃべれないのか?」

 また聞いてみることにした。

 両手で顔をふさいでからテーブルに手を置いた。

 彼の手を見ると切傷だらけで相当ナイフと戦ったのがわかる。

 俺は椅子から立ち上がって上田についてくるようにしぐさをしたが、食堂の出口に近づくと彼のついてくる足は止まった。

 右手で上をさし、その後両手でバツを作った。

「出れないのか」

 俺が聞くと彼は右手で〇の字を作る。

 だけどすぐにバツを作る。

「出ちゃダメなのか?」

 即座に両手で〇を作る。

 上田の指が、わずかに震えていたのを見逃さなかった。

 俺が食堂を一歩出ると上田の気味悪い笑顔が少し悲しく見えた。

 俺は食堂に残ることにした。

 椅子にまた座って、上田と会話を続ける。


 ボリスは私を見捨てた。

 この汚い布団にくるまって震える私に話しかけもせずあの扉から出て行った。

 いいや、私はそこまで弱くないはず。

 いろいろと乗り越えてきたんだし、一人で部屋に残ることくらいへっちゃら。

 でも、ボリスはどこに行ってしまったんだろう、1号とか言うやつに食べられてないのかしら。

 私は布団から出て改めて空気の冷たさに気が付いた、ボリスはこんなにさむがっていたのか、しかも床で寝かせてしまっていた。

 ベッドから立ち上がり、覗き穴から外をのぞく。

 そこには口を半開きにして地面を見つめる女性のガイドが突っ立っていた、あまりに驚いて後ろに転んでしまった。

「大丈夫ですかー!」

 外からその人の声がする、転んでしまったときの音が外から聞こえたのかもしれない。

 どう答えればいいのだろうか、私は立ち上がって扉に近づく。

「大丈夫です」

 一言返事した。

 覗き穴からまた見てみると視線は動かず、瞬きもしない。ただ地面を、じっと見つめていながらも返事をしてきている。

「よかったら話しませんか? バーでいいお酒がそろっているんです」

 明るい声とは裏腹に、表情は全くなかった。

 私が扉を開くとそこには思いっきりの笑顔に手を合わせる彼女の姿があった。

「行きましょう」

 私は彼女の誘いに乗った、なぜかというとボリスが見つかるかもしれないし、それにこの船についていろいろわかるかもしれない。

 少し歩いているとガイドは話しかけてきた。

「わたしのなまえおぼえてますか? エリナです、田中エリナ」

 彼女はまたもや自己紹介をする、確かに私は彼女の名前を忘れていた。

「よろしくね」

 私は手を差し出した、彼女は私がしゃべっても何も言わずに同じく手を差し出し握手をしてくれた。

 その間も笑顔だった。

 手を放し、話始める。

「船長さんはエリナさんにはすごい過去があるって聞きましたが、何があったんです?」

 聞くことにした、”彼氏”とやらのことを。

 階段について、上がり始める。

 私は彼女についていくと、階段の先すぐにリビングがあった。

「すわって、それから話すから」

 そういって座らせてくれた、彼女はバーへ向かいウィスキーを入れ始めた。

 グラスにウィスキーを入れ終わると一気に私の分も飲み干してからまた入れ始めた。

「そんなに飲む理由は?」

 聞いてみることにした。

「難しい話は酒を入れて話すものですよ」

 優しく微笑みかけながら腕で顎に垂れたウィスキーを乾かす。

 それから私の前のソファーに座ってテーブルにお酒を置いた、私のグラスにはかすかに彼女のピンク色のリップが残っていた。

「私のお母さんはよく私を殴っていたの、それを助けてくれたのが元彼氏の勇気だった」

 語り始めると、すぐにまたお酒を飲み干す。

「勇気の親もろくな人じゃなかった、だから勇気は抵抗してたの、でも一人だけじゃ耐えられなくて、結局道端で倒れてたところを私が助けた。」

 立ち上がってボトル丸ごと握ってソファーに座り込む。

「私が彼を見つけた時はもう手遅れかと思った、彼は自分のお父さんを殺して、母は自殺していたの。」

 ボトルの口の部分を指でなぞる。

「彼は私の両親を殺して、私たちは二人で東京に逃げた。ただ逃げるのも簡単なものじゃなかった、いろんな人に会って、いろんなことを学んで、あの時の私は16で彼は18だったの」

 急に年齢を出してきた。

「それから親切な人たちに拾われて、でもいろいろ起きて。彼、死んじゃったの」

 私は彼女のリップが付いていないグラスの部分に口をつけて飲んだ。

「それは、災難だったね」

 こういうことしかできなかった。

 彼女は笑顔になって私にこう聞いた。

「アマンダさんは?」

 私に興味があるみたいだ。

「私は昔死んだの、あなたみたいに」

 そういって反応をうかがった、この女がだれなのか、わかった。

 不思議な顔をして私を見つめる、私はグラスについていたリップに指でなぞって指を見てみるとなにもついていなかった。

 彼女にグラスを投げつけるとグラスが透けたからだを通り過ぎて行った。

 後ろの壁に当たり、グラスは割れた。

 不思議な顔をしてもなお笑い続けていた彼女だが、今回だけはまじめな顔をした。

「私は本物」

 と、言って地面に落ちたグラスの破片をつかんで私に一気に近づき、首にとがった破片を向ける。

「私は本物ッ!!!」

 そういって破片を振り回すと私の服がとがった破片のせいで少しだけ破れる。

 スーツは高いってことを知らないのかしら。

 彼女の顔に触れて、霊体を消そうとしたが彼女の体には実体はない。

 破片を投げ捨てて。

 ――あ、と感じた時には左手で私の腹を殴った。

 私は触れないが、彼女は私に触れることができるみたいだ。

 やばいかもしれない、除霊なんてしたことがない。

 私を押してエリナはしゃべり始めた。

「勇気が、勇気が私の――」

 声が震え、憎悪と哀しみが混じっていた。

 首を締め付け始めた。

 息ができない、力が出ない。

 どうすればいい! ボリス!



 

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