不思議な人
勇気さん、さん呼びでいいのかな、がどこかに行こうとしている
道を教えて、と言われたがどこまで?
説明がいちいち曖昧な人だ、というか何だか不思議な人。
これから学校だというのにどこに行こうとしているのだろうか…でも確かに勇気さんは学校に行かないほうがベストかもしれない、家に残って休憩して…
だけど、家にいたからこの状態なのだろうか?
正直本当に不思議な人。
「エリナ」
私は呼ばれて「うん?」と答えた。
「助けてくれたから、エリナのことも助けたい。」
歩く足を止めて彼は背を向けたまましゃべる。
「でも、ちょっと体がまだ弱いんだ」
彼は自分の状況を理解しているみたいだ、ていうか、さっき転んで理解したのだろう。
「君を助ける前に、もちょっとだけ僕の世話をしてくれるかな。」
彼は私にお願いをした。
学校に遅れれば初日遅刻の女子として思われる、というかもう遅れてるからそう思われてる。
学校に行かなければみんなドンドン友達を作っていって私だけ独りで残される可能性がある。
でも、彼を助けなければと、心から思ってしまった。
「今日だけですよ、勇気さんの家に行って私がなんか料理でも―」
「うちに食べ物はない」
彼は私の話を遮った、失礼な人。
でも確かに、ここまで飢えていたのなら家に食べ物があるわけないよね。
「私の両親は今日家にいないから、今日だけ、今日だけうちに来ればいい」
私は”今日だけ”という言葉を自分に言い聞かせた。
私の家に着くと彼は玄関で足を止めた。
「入らないの?」
私は聞いた。
彼はただ玄関の廊下を眺めて入るか入らないかを考えているようだ、でもわからない。
ゆっくりと靴を脱いで中に入っていく。
「お風呂には入ってないの?」
私は直球に聞いてみた、実はさっきから彼の腐敗臭に耐えられなくなっていた。
「家の水は止められた、ガスも電気もない。」
彼は答える、でも正直かどうかはわからない。
よく見てみると私の家は彼とは正反対にピンクじみていて女子っぽい、彼はなんだか暗く、全体的に白くて魂の抜けた感じがする。
「風呂に入ってよ、シャンプーは…青いのを使って」
私は彼がどのシャンプーを使えばいいのかわからなくて母のシャンプーを差し出してしまった。
お母さんのにおいがする男子なんてあんまりいいとは思えないが少なくとも腐敗のにおいよりはいい。
それにパーマもきれいになると思う。
「その間ごはん作るから」
彼に風呂場を見せて私は足早に台所に向かった。
彼が風呂場にふらふらしながら入っていくのが聞こえる、着替えて服を床に置いているのが聞こえてくる。
壁が薄くて、シャワーの水が落ちる音でさえも聞こえる。
私は彼に何を作ればいいのか戸惑っていた、勇気はなにが好きなのか…でもよく思えば好きなものなんて作らなくてもいいよね。
私が作れるご飯でいいんだから。
そう考えていると風呂場から男子にしてはみっともない泣き声が聞こえてくる。
なんだか静かで、かすかながらも聞こえてくる。
声を抑えているのがよくわかる。
なんだか気分が悪いや、さっさと作ろう。
服がない。
風呂から出ると元の服がなくて、その代わりに違うものが据え置かれている。
別に頼んでないのに、僕の服を洗っているのか? ありがとうぐらいは伝えたほうがいいかもしれない。
彼女が貸してくれたパジャマのような服に着替えてキッチンに向かった。
食卓には肉とレタスを炒めた料理があった。
「これしかなかった」
窓側の席に座ったエリナが言った。
「ありがとう」
僕は一言だけ言って座った。
僕は箸を右手にまずレタスを食べた。
「やっぱり弁当だけじゃ足りなかったよね、私小食だからさ」
僕が食べている間に彼女は話しかけてきた。
「あ、ごめん、食べてる途中は迷惑だよね」
謝られた
僕は黙ることにした、余計な口数は余計な期待を作るだけだ。
彼女は僕が食べているところをひたすら見ている。
「勇気さんの家は今どうなってるの? ここから近いの?」
また話しかけられた。
「大体何分か歩けば、だから近い」
僕は返事をした。
失礼なのはいけない。
彼女は僕の顔をじろじろと見つめてくる。
「クマがすごいね」
頭を両手で支えながらまた話しかけてきた。
きっと何日も寝れていないことに気が付いたのだろう。
何も言わず、食べ続けた。
「フーン、わざわざご飯作ったのに無視するんだ。」
からかってきた。
僕は彼女の目を見た、なぜか彼女はワクワクしてそうで僕にはわからなかった。
「何日も寝てない」
僕は言った。
「なんで?」
彼女は僕に質問をする。
「わかりにくい理由だから」
僕は話から逃げた。
「素直じゃないなぁ」
そういってテーブルから立つとキッチンで洗い物をし始めた。
「汚いお皿が残ったらお母さんにバレる、食べ終わったらお皿洗っといて」
丁寧に言ってくれた。
「僕は自分のお父さんを殺した」
なぜか打ち明けたくなった。
そういうと皿が割れる大きい音がした、エリナのほうを向くと彼女は驚いて割れた皿を見ている。
「え?」
やっと声が出たみたいだ。
「それから家に帰ったらお母さんが自殺してた。」
僕は続けた。
彼女は完全に手を止めた。
「お父さんに犬を殺された。」
さらに続ける。
「大丈夫なの?」
まだ驚きながらもきちんと聞いてくる。
「うん、大丈夫」
洗い物を置いて手を黄色いタオルで乾かして僕に近づいてきた。
僕の隣につくと膝まづいて、座ってる僕の高さに合わせようとしたが彼女は小さすぎた。
僕の胸らへんに彼女の頭があった。
「本当に?」
右手を握ってきた。
彼女の手は冷たかった、さっき洗い物をしていたからだろう。
しばらく何も言わずに彼女はそのままだった、相当僕をかわいそうだと思っているのか。
「ホームレスみたいな恰好してたのに何でこんなに良くしてくれるんだ」
僕は聞く。
彼女はもう一つの手で僕の右手をなでる、はじめての感覚がした。
「人はすべてを持って生まれるけど、全部永遠に続くわけじゃない」
何かを言い始めた。
「失い始めてから、学ぶんだよ」
そういうと彼女は立ち上がった。
「どういうこと」
僕はまた聞く。
「一気に大事なものをどんどん失っていく気持ち、わかるよ」
僕は彼女の桃色の頬に左手を当てる。
彼女は僕を何か求めるような目で見つめてくる、僕も立ち上がった。
「ありがとう。」
僕はもう一度お礼をした。
笑ってから、エリナはこういった。
「私なんだか、はじめての気分かも」
彼女の微笑む顔には僕も微笑むしかなかった。
「おかしくなったのかもしれない」
彼女は僕の腰に手を添える。
そういうと彼女の優しい唇が僕の傷ついた唇に触れた。
「今日会ったばっかりなのに。」
僕を少しだけ突き放してそういった。
「でも、エリナのおかげで救われた。」
僕は、この人になら心を開けるかもしれないと思った。
しばらくは、こうやって抱き着いたままでいたかった。
僕も彼女の腰に手を優しく添えて、背中を手でなぞった。
するとくすぐったいかのようにちょっとだけ微笑んでくれた。
「また明日。」
もう一度キスをして、今度は強く僕を突き放す。
「かえって」
お互いに惚れあった目で、お互いを見つめながら僕は彼女の家から出て行った。
家に帰って、掃除をすることにした。
あれ、僕のジャケットと制服は…まぁ、いいや。
彼に、キスをしてしまった。
気持ちの整理が追い付かなくて、でも結局また会いたい。
明日は道端に倒れてなければいいな。