表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/57

親孝行

「…」

 エイチはスーパーの入り口の前で立っていた、隣には彼のお父さん、メガネがいた。

「お前とはこうやって買い物に行ったことがなかったな。」

 メガネが言うとエイチは彼をにらみつけた。

「それはお前が糞親父だからだろうが」

 それを聞いてメガネはゆっくり頭を上下に振って賛成した。

「すみません」

 人が彼らの間を通ると、エイチは人の邪魔だということを気付いてスーパーの中に入っていった。

「お父さん、凪の好きな食べ物は何だと思う?」

 肉売り場の冷たいガラスケースを見つめながら、ぽつりとエイチが言った

「知らないね」

 少し沈黙が続き、店内には、商品の宣伝を読み上げる店員の声と、何の感情もないBGMが流れていた。

「お前は、名前がもらえてよかったな。」

「俺のことなんてどうでもいいくせに」

「今なんて?」

 メガネが少しだけ顔を向けた。

「何でもないよ。」

 エイチはそれ以上目を合わせず、買い物カゴに無言で肉パックを投げ入れた。

「俺はお菓子のコーナーを見てくるよ」

 メガネは言うと早々にお菓子コーナーへと向かっていった。

「ふぅ、落ち着け、俺は晩飯の材料を買いに来たんだ、問題はない、うん」

 エイチは小さな声で独り言を言って深呼吸をした。


「確か、ユアが好きなお菓子はこのチョコのやつだったっけな…」

 メガネがチョコのパッケージを右手で取って、そのまま見つめていた。

 彼はその時こんなことを考えていたのだろう。

「俺は長年息子を置いてきぼりにして、いじめをしてきた、今もお菓子コーナーでユアの好きなお菓子について考えてる、俺は凪にとっていい親になるのであれば、”エイチ”の親にならなければならない。」

 自分のこれまでの行動の過ちにはもう気が付いていた、だが、彼はそれを直そうとしなかった。

 今、それが変わるかもしれない。

 その後チョコのお菓子を3っつ掴んでエイチに合流し、カートの中にチョコを入れた。

 エイチはチョコを見つめて3っつしかないということに気が付き、おやじは変わらないことを悟った。

 だけど、メガネは自分の三人の子供のためにチョコをかいたいだけだった。

「もう終わり? あと何か買うものは?」

 メガネはエイチに言うと、エイチの返事が遅れた。

「あ、ああ、終わった、レジ行こう。」

 考えている途中に不意を突かれエイチは少し返事に戸惑ってしまったが大丈夫だった。

 二人で、お互いの横を歩きながらレジへと向かった。

 お会計をしているとカートの中にプリンが入っていることをメガネが気づいた。

 メガネはエイチを見て、何か言おうと思ったがエイチは全く自分の父親に振り向こうとしなかった。

 そのまま、静かに、会計を済ませ車に乗り凪とユアのもとに帰っていった。


「なぁ、今の俺ってドーナッツに似てるか?」

 帰ると布団を血だらけに染みさせた凪が隣で寝ていたユアに話しかけていた。

 エイチが部屋に入るとわざわざ返事をしてあげた。

「こんなまずそうなドーナッツは初めて見たよ」

 キッチンではメガネが今日買った食材を冷蔵庫に入れていた。

 チョコを手に握ると、皿と一緒にしまった。

 凪とユアが寝ている部屋ではエイチが二人の看病をしていた。

「ギャグ聞くか?」

 凪はボロボロになってもしゃべるのをやめない。

「黙れ」

 エイチは言った。

「ドーナッツは黙れないんだよ、残念ながら。」

 凪が笑うとエイチがさっき変えた新品の布団に血がまた染みた。

「俺がいい遊びを教えてやるよ、静かにっていう遊びだ、黙れ。」

 そういって布団は後で変えることにしてユアの顔の包帯を変えて、リビングで一休みをした。

 リビングにはメガネがいた。

「お前はあの二人が何でああなったと思う?」

 ソファーに座ってビールを飲んでいるメガネはエイチに話しかけた。

「変なことしようとしたからだろ。」

「でも二人のせいじゃない」

 メガネの言葉にエイチは振り返った。

「それはどういう意味?」

 エイチが聞くとメガネはビールを一口飲んでから答えた。

「車の中でユアが独り言を言っているのが聞こえた、やったやつは背の高い、濡れた髪をした男らしい。これだけでは普通はよくわからないが、俺は何となく誰がふたりをあんな状態にしたのか、わかる気がする。」

 メガネはまた一口、ビールを飲んだ。

「昔におぼれて死んだ友達がいるんだ」

 彼は地面を見てそう言った。

「死んだのであれば違うんじゃないのか。」

 エイチはテレビのリモコンを片手に、自分のお父さんに言った。

「一郎ってやつが引き取ったガキでな、今の凪みたいにここでちょっとだけ暮らしていたんだ。」

 そういって、立ち上がり、キッチンへ向かった。

「晩飯を作る。」

 そうとだけ言って。


 飯の匂いに目を覚ました凪と、食べるためだけに無理やり起こしたユアに飯を食べさせ、エイチはいつもみたいにソファーで寝る気だったがトイレに行くことにした。

 トイレにつくと、壁に落書きがあることにいまさらながら気が付いた。

 勇気 181 エリナ 160

 と、背の高さと名前が書かれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ