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血は嘘をつかない。

 俺は小屋の端っこの暗闇でユアと一緒にあの憂鬱な光景を眺めた。

 男が青年に近づくと青年は男の首を思いっきり掴んで離さなかった、男はハンマーで青年の頭を殴りつけながら必死の抵抗をして死んだ。

 青年は一度も涙を流さず、一度も叫ばず、小屋の中は静かだった。

 やがて青年は小屋から出ていき、俺はやっと大きく息をすることができた。

「息を止めてたの?」

 ユアは話しかけてきた。

「見つかれば殺されると思った。頭じゃわかってても、心臓が喉までせり上がって、動けなかった。」

 俺は返事をするとユアはこう答えた。

「この人は過去の人なの、だから彼にはあなたは見えないし聞こえない。安心して。」

 その言葉を聞いて俺はちっとも安心しなかった、あの青年がだれなのかもわからないのに、なぜおれはああ人殺しの現場をじっと見つめてしまったのだろう。

「なぁ、俺の過去に行くんじゃなかったのか。」

 俺はユアに聞いた。

「それは私もそう思ってた、凪君の血を使ったから凪君の過去が出てくるはずなんだけど、わからない」

 少し沈黙が続いた。

「あなたの親戚かもしれないよ。」

 ユアは静けさを遮った。

「そう…かもな」

 俺は答えた。

「過去に行くためには血を使わなければならないの、血は嘘をつかない、口と違ってね。

……だから、あなたの過去にたどり着くはずなんだけど、家族の誰かの過去に行きつく可能性もあるの」

 彼女は続けた。

「怖かったよね、でも、大丈夫だから。」

 彼女はそっと俺の肩に手を置いた。体温が、少しだけ安心をくれた。

 小屋の中から外を見ると青年は倒れこんだ犬と一緒に寝ていた。

 いや、死んでいた。

「自分の過去を見たい? また、刺すことになるけど。」

 彼女は左手に針を握っていた。

 自分の手を見るとさっきまであんなに出血していた手がもう元通りになっていた。

「治しておいたの」

「ありがとう、続けよう、刺して」

 俺は覚悟を決めた、今自分がだれなのかを知らなければ、いつ知れるのか俺にはわからなかった。

 彼女が針を高く掲げた瞬間、その金属がかすかに光を反射した。俺は目を逸らさず、それを受け入れる覚悟を固めた——その時だった、何者かが彼女の腕をつかんだ。

「見ているな」

 濡れた髪が顔に張りついたまま、異様に背の高い男が静かにユアの背後に立っていた。皮膚が白く、濁った光がその瞳の奥で揺れている。

 ユアの体は、何かに魂ごと握られたように凍りつき、震えながら男を見た。

 俺も何が起こっているのかわからなかった。

「見るんじゃない、僕を、見るんじゃない」

 男の言葉が終わると同時に、空気がねじれた。重力が裏返り、俺たちは天井へと引きずられるように落ちた——いや、吸い込まれた。

「ああ!」

「凪!」

 背中に鈍い衝撃が走り、腹が熱い。いや、焼けるようだ——

 俺は天井に倒れこんでいるとユアが殴られるのを見た。

「やめろ!」

 俺は声に出したが男はやめない、腹を見た瞬間、吐き気がした。錆びた鉄の塊が、俺の体を貫通していた。

 俺は声を上げ、ユアを助けようと必死で立ち上がろうとした、だが、痛みはそうはさせてくれなかった。

 苦しみで声を上げ、絶叫し、あの拷問を止めてほしいとばかり願った。

 男は突然手を止めてユアを離し、俺にしゃべりかけた。

「拷問? お前みたいな青いガキは拷問の意味すら分かっていない。」

 俺は痛みで目を閉じたが、彼の話を聞いていた。

「拷問っていうのはな、愛していた人を目の前で失い、故郷を壊され、それでも希望を捨てずに生き続けることだ。」

 俺の手には血が付いていた。

「拷問っていうのは、希望そのものだ、だから、そんなもの……もう、とっくに捨てた。」

 俺は、希望を捨てなかった。だから男の顔につばをかけてやった。

「俺の希望はてめぇがそのくっせぇ髪の毛を洗うことだ、それと、俺のつばはうめぇか? この野郎。」

「フンッ!よくそんな口が叩けるな、昔の僕を思い出すよ。」

「俺があんたみたいな野郎になったらまた精神科に連れて行ってくれ。何か月も”風呂に入っていない”とな」

 ユアは倒れていたが、かすかに声を上げているのが聞こえた、見てみるとこっちに手を広げている。

 俺は彼女の手をつかんで、瞬きをすると濡れた地面に横たわっていた。

「なにしてんだ、てめ…おい、凪?」

 車の上で煙草を吸っていたメガネは急いで降りて俺の近くに来た。

「ユアも?! な、何が起こったんだ?」

「楽園への大冒険をさせてもらったよ。」

 俺は答えたが、腹に穴が開いているという事実を忘れていた、明日も多分痛むんだろうな。

「ふざけんなよ……心臓止まるかと思ったじゃねぇか……よく見たらこんなのユアがいれば―――」

 メガネは顔を背けながら俺の肩をガシッと掴んだ、彼が俺の隣にいたユアを見てみると彼女が何回も殴られたことに気が付く。

「いや、無理だな。」

 彼は相当心配そうだった。

 そこへエイチが駆けつけてくる。

「掃除終わったよ、って……え?」

 血の気が引いた顔で固まるエイチに、メガネが低く命じた。

「とりあえず、凪とユアを車に入れろ。家に帰るぞ。……そろそろ警察も来る。どっかの糞一般人が呼びやがったらしいからな。」

「うん……。お父さんは、凪をお願い。」

「ああ。」

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