過去の誰か。
濡れた道路で青年が二人、横たわっていた。
「金をとるためにこんだけやったのに、マジかよ…」
俺はユアの弟にいった。
「ふん、あいつが俺から金を借りたのも結構前だぜ? この喧嘩は最近のものじゃねぇ。慣れろよ」
笑いながら彼は俺にそういった。
「はは!」
俺も笑ってられたのもつかの間、目の前には巨大な影があった。
「ちょっと、日向ぼっこの邪魔しないでくれるかな?」
俺が言うと。
「セクシーな俺たちに見ほれちゃったか?」
と弟も乗ってきた。
「てめぇら二人ともよぉ…」
影が言うと弟は続けた
「ああ、父さんか。」
「ああ! 父さんだよ! 何てことしてくれてやがるこのクソガキが!! 俺がこの糞みてぇなてめぇらが引き起こした災害の後片付けをしなきゃなんねぇのをわかってんのか?」
メガネは怒鳴りつくした。
「まぁまぁ、落ち着いてさ。」
俺が言うとメガネは俺をにらみつけた。
「神様気どりしてんじゃねぇぞ、回し蹴りくらわすぞ糞が。」
とメガネは言ってきた。
「あ、ああ。」
「とにかくたてや。」
俺はユアの弟と同時に”はい”と言って、また同時に立ち上がると
「うお! 息ぴったりだな!」
と二人ともまた同時に言った。
「おい、ガキ。あと片付けはてめぇに任せる、凪、あんたはこっちこい。」
俺は弟を煽ってからメガネについていった。
少し歩くと彼は路地裏に入っていき、そこで足を止めた。
「凪、俺はこんな話をしたことはなかった…でも、お前はもう家族だと思ってる。ちょっとばかし早いかもしれない…」
「いや、俺だって帰るところはないんだ」
「そうだよな、だから、俺の息子としてこれからもうちで暮らしていかないか?」
「もちろん」
俺は答えると彼は笑ってからこういった。
「髪が伸びたらいい感じに切らないとな、やっぱり坊主のままはいけないもんな。それと、お願いだからもう変な厄介ごとに巻き込まれないでくれ、あのガキでもう十分なんだ。」
「何とかしてみる、ちなみに前から疑問に思ってたんだけど、なんであいつ、名前がないんだ?」
彼は下を向いてからポケットに手を入れて、それから写真を出してきた。
写真には変わらないメガネと、妊娠した女性がうつっていた。
「あいつが生まれる前に、母親が名前を決めることになっていたんだ、名前は決まっていたらしいんだが、俺に伝える前に出産のときに死んだんだ。俺はそれから息子に名前を与える勇気がなかった。
でも、お前は家族だ、だからこの話をしている、よかったらあいつに名前をやってくれないか?」
彼は写真をポケットに戻した。
「なんで俺をそんなに信じるんだ?」
素直に聞いた。
「お前が嘘をつけない性格なのは顔を見てわかるからだ、俺たちを裏切ったりはしない。」
彼は言った。
「じゃあ、てめぇも掃除手伝ってこい。」
彼はそれだけ言うと俺の背中をたたいた。
変態だからあいつの名前はエイチにしよう、変態のHを取ればエイチだろ。
あはは!!
現場に戻るとボードで遊んでいるエイチがいた。
「びゅーん! びゅうーん! 風が気持ちいぜ!」
彼はボードに乗りながら言った、ちなみに風は吹いていない。
それにしてもエイチか、もう少し考えたほうがいいかもな…
諭吉? 有吉? 義孝? うーん、全部”よし”が付いてるな、全部やめとこう、うーん…
「やっぱりよく言うよな、ゲイは想像力豊かだって…」
「朝の会話を引きずるなって!」
彼は恥ずかしそうに言った。
「名前を決めるなら何がいい?」
俺は聞いた。
「俺の?それなら五月雨豪かな」
「だーかーらー、刀の名前はダメなんだって。」
俺は言った。
「うーん、じゃぁ知らないな。」
二人で少し悩み続けた。
「一周回って普通の名前にするのはどう? 太郎とか」
「いいかも。」
「エイチは?」
「いいかも。」
「ちゃんとした感想をいえよ、いいかもじゃなくてさ。」
「じゃぁ、エイチでいいや。」
彼が言うと俺は驚いた、こいつはその名前の由来すらわかっていない。 うふふ。
おれは必死に笑いをこらえながらこう言った。
「決まり!」
「何笑ってんだ?」
エイチ…は俺に聞いた。
そういえばユアはどこにいるんだ、家か? メガネがひとりで出かけるのところを見たことがなかったからユアもきっとここにいるんじゃないのかな。
「なぁ、凪。後片付けってどうやってやるんだ?」
ボードを片手にエイチは話しかけてきた。
「知らねぇよ、道路にもっぷでもかけてろ。」
「了解」
彼は返事をしてから適当なお店に入ってモップを借りようとしていた。
その間俺はユアを探すことにした、彼女には聞きたいことがあるからだ。
被害の大きかった通りを歩いていると、建物のガラスの破片が足に突き刺さった人や、水の被害を受けたレストラン、多くの人が海水の衝撃で壁に突撃し、意識を失っている。
ただじっと倒れた人を見つめるユアの姿が、歩道に沈んでいた。
俺は彼女に近づいた。
「このひとの倒れ方、すごく似てるの。」
倒れこんだ女性を見ながらユアは言った。
「誰に?」
おれは思わず聞いた。
「誰でもない」
ユアは振り向いて俺のほうを見た。
「私も掃除手伝う。」
そういって彼女はエイチのほうへと行こうとしたが俺はユアを止めた。
「聞きたいことがある、俺まだいろいろわからないんだ」
彼女は不思議そうな顔をした。
「私だってわかってない、生まれた時からずっとこうなの、でも私は凪君みたいに誰かに説明を欲しがってくよくよして生きてきたわけじゃないの。」
「なんで…」
「知らないことはいずれわかる、パパはいつもそういってる。」
思えば俺は彼女に話しかけるとき、いつも説明を求めていた気がする。
「行ってくる。」
「ちょっとまってって。」
俺は彼女の腕をつかんでしまった。
いやそうな顔をしながら俺のほうを向いた。
「ユアも術具を持っているのか? それとも特殊能力を持ってる?」
俺は彼女の腕を離した。
「私は術具を使わない、黒魔術使いだから」
下を向きながら彼女はそう言った。
「過去に、行くことはできるのか?」
「”行く”? ”もどる”じゃなくて?」
彼女は俺の顔を見て言った。
「俺は自分の過去を体験していない、だから過去に行って、じぶんに何があったのかを見てみたい。」
おれは真剣なまなざしで彼女を見つめた。
メガネは窓の割れたくるまのうえで煙草を吸っており、エイチはずぶ濡れの道路にモップをかけていた、その他の人たちは何が起きたと疑問抱いている。
「過去にはもどれない、そんな能力はないと思う。でも、見ることならできる、自分に何があったのか知りたいんでしょ? 最初っから言ってくれればよかったのに。」
彼女はポケットから小さな箱を出すと箱の中から針を出した。
針を思いっきり俺の手のひらに刺すと先っぽが手の甲から出てきた。
「ああ!いってぇえぇ!」
俺は思わず叫んでしまった。
「これで凪君の過去が見れるよ、行こうか。」
そういうと俺の手に刺さった針を握りながら突然歩き始めた。
「いた!いたたたたた!!」
痛みが少し引いて、目を開けると俺たちは違う場所にいた。
「勇気は、まだお父さんのことが好きだよな?」
俺たちは暗い小屋の中にいた、そこには血だらけのハンマーを持った男と、泣いている青年がいた。
凪は、ある人の存在を知る。