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仮面(ペルソナ)  作者: あじろけい
第4章 乱舞
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4-6

「2hillの自宅。さてと。ルームツアーといきますか」

 目のあたりの包帯がガサゴソ動いたかと思うと、眩しい光が差し込んで来、明神は思わず目を閉じた。瞼の裏に強い光を感じる。明神はゆっくりと目を開けた。すぐ目の前に2hillの人間ばなれした美しい顔があった。

「目は見えるから、自力で歩いてもらう。ついてきて」

 そう言うなり、2hillはすたすたと歩き始めた。

 まるで目が明いたばかりの赤ん坊のように明神はあたりの様子をながめまわした。

 殺風景な部屋だ。広さは六畳ほど、四方は白い壁で窓はない。家具も明神が寝かされているベッドがあるばかりだ。そのベッドの脇には点滴のつるされたスタンドがあった。明神の腕からはカテーテルが飛び出している。

 壁の隅、天井近くに黒く小さな物体があった。明神の方を凝視するかのような恰好のそれは監視カメラだろう。監視カメラの存在に気づき、明神はとっさに身構えた。

「大丈夫。言ったろ? カメラは録画映像に切り替えてあるって。南雲センセーが見ているのはスヤスヤ寝ている時のあんたの映像だよ。さ、行こう」

「行くってどこへ?」

「ジムにさ。まずは体を鍛えてもらわないと」

 2hillがそう言ったそばから、明神は床に崩れ落ちてしまった。立ち上がろうとするも体に力が入らない。ベッドの縁に手をかけ、ようやくと立ち上がったものの、一歩を踏み出すのさえ一苦労だった。

「寝たきりだったからね。筋力が衰えているんだ。まずは歩けるようになってもらわないと、逃げるどころじゃないね」

 2hillは部屋のドアを塞ぐようにして立っているばかりで、明神を助けてくれるような様子はない。明神は震える足を引きずるようにしてドアへと歩いていった。

 歩き始めた明神を置き、2hillがさっさと先に行ってしまった。2hillの足音が行った先でドアの開閉の音がたった。

 廊下の壁に手をつきながら2hillの待つその場所へむかう。

「歩くのだけで一苦労だ」

 あらい息を吐くタイミングで愚痴をこぼす。

「どれくらい眠らされていたんだ?」

「三か月」

「三か月もか!」

 思わず大声が出てしまい、明神は口を覆った。「大丈夫、聞かれやしない」と2hillが笑った。

「怪我の方は順調に回復していったけど、逃げられると困るんで寝たきりにさせておいたのさ」

「効果覿面だな。こんな調子じゃ、逃げられやしない」

「ここがジム」

 入口を塞ぐようにして立っていた2hillが体を斜めにしてみせた。

 十二畳ほどのスペースに、トレーニングマシーンがいくつも置かれてあった。

「南雲がいない昼間のうちにここで体を鍛えるんだ。今、あんたを逃がしてやってもいいけど、その体力じゃすぐに捕まってしまう。だからまずは体力づくりからだ」

 マシーンの間を歩きまわりながら、2hillがマシーンについて説明し始めた。立っていることすら辛い明神は、マシーンに腰を下ろした。

「懐かしいね。三年前、手術の後、ボクもここのマシーンで体を鍛えたんだ」

「三年前というと、2hillに整形した時だな。メスをいれたのは顔だけだったはずだ。体を鍛える必要はなかったのでは?」

「いじったのは顔だけじゃなかったんだ。2hillはボクより身長が高かったから、身長をのばす手術もした。この手術のダウンタイムが一番つらかったっけ」

 あまり思い出したくないことらしく、2hillが表情を曇らせた。

「そうまでして2hillになりたかったのか」

 返事はない。

 2hillは直立不動の姿勢で鏡に見入っていた。壁の一面全面をしめる大きさの鏡には部屋全体とマシーンとが映り込み、鏡のむこうにもうひとつのジムが存在しているようにみえた。そのなかに2hillと、包帯を巻いた明神とがうつりこんでいる。

「ねえ、おもしろいと思わない?」

 鏡の中の2hillが小首を傾げ、鏡の中の明神にむかって話しかけた。

「手だとか足だとか、体の他の部分は自分の目で見て形をはっきりとらえられるのに、顔だけは自分の目では確かめることができない。他人に見てもらうしかないけど、その他人が嘘をついたら終わりだよ。自分の顔について嘘をつかれても、それが嘘だと判るすべもない。なにしろ自分では見えないから確認しようがない」

「鏡がある」

 明神は鏡ごしに2hillを凝視した。

「そう鏡」

 2hillが鏡にむかって歩いていった。鏡像と自身とが同じ大きさになるほどまで近寄っていき、鏡のむこうの自分をみて小首を傾げた。鏡にうつる2hillもまた同じ動作で同じ角度で首を傾げる。

「残酷な真実を告げる神の目。こんなものがあるから――」

 あっという間だった。2hillが握りしめた拳を鏡にむかって突いた。

 鏡は音をたてていとも簡単に割れてしまった。

「おい、大丈夫か!」

 明神は慌てて2hillのもとにかけよった。握りしめた2hillの拳からは血が流れている。

「ボクが2hillだ。ずっと、ボクが2hillだった。ボクは2hillだ」

 ひび割れた鏡にうつる2hillの顔が歪んでいた。鏡の外の2hillの顔は美しかったが、その微笑みはどこか薄暗かった。

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