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仮面(ペルソナ)  作者: あじろけい
第2章 疑惑
21/75

2-1

 生きていられたはずはない。

 転落事故の現場となったビルを見上げながら明神智則は確信した。

 見上げる8階建てのビルの高さは圧巻だ。屋上がはるか頭上にあり、初冬の空に鋭角に突き刺さっている。

 都内にあるそのビルを訪れるのは三年ぶりだ。

 事故直後、ビルの入口近くにはファンが捧げた花束が山積みになっていた。墓石の様相を呈していたビルは今はただのビルの佇まいを取り戻している。

 2hillは死んだ。

 よみがえったとかたる2hillは偽物だ。

 しかし、よみがえったという2hillは転落事故前の2hillと同一人物であると証明された。何の細工も仕掛けも出来ないであろう生放送のテレビ番組でだ。

 生きていられたはずはない。

 見上げている空にひょいと動くものがあった。人の顔のように見えた。誰かが屋上から地上を見下ろしているのだろうか。人の顔のようにみえたそれはすうっとかき消えてしまった。

 ビルはビルそのものが撮影場所として貸し出されている。誰かが屋上にいるとしても不思議はない。おそらく撮影をしているのだろう。

 そう思ったが、何かが引っかかった。人の顔のようにみえたそれと目があったような気がしていた。その目は上がってこいと言っていた。

 そんなはずはないと頭を振り、妄想を振り払う。立ち去ろうとするが、足が動かない。

 ビルの入口が開いていたら屋上へむかおう。開いていなければ立ち去る。

 そう決心し、明神は入口へむかった。関係者以外は立ち入り禁止のため、扉には鍵がかかっているはず、撮影中で中に人がいるとしても戸締りはされているはずだ。

 ガラス張りの両開きの扉、細長い取っ手に手をかける。取っ手を握る手に力をこめ、手前に引き込む。扉はゆっくりと開いていった。

 開いた隙間にすかさず体を滑りこませる。

 何かに憑かれたかのように明神は階段を屋上目指して昇っていった。

 日頃の運動不足がたたり、二階にあがっただけで息が切れてしまった。息を切らし、重い膝をどうにか持ち上げ、一段ずつ確実に昇っていく。目は常に屋上のある方を見据えていた。そこに2hillがいるかのように。

 屋上への扉は開いていた。白く切り抜かれた空間が広がっている。

 未知の世界へ誘われるかのようにして明神はふらりと足を一歩踏み出した。昼の光の眩しさに目が眩む。再び開けた目に一人の男の姿が飛び込んできた。

 男はフェンスを背に明神の方を向いている。他に人は見当たらないから、顔をのぞかせていた当人だと思われた。

「すいません、今、出ますから」

 男は、明神を次のロケ班の人間と勘違いしているらしい。

「あ、いや、違います。撮影の人間ではないです。入口が開いていたのでつい入ってきてしまっただけで」

 明神は男に奇妙な親近感を覚えた。男がカメラを持っていたせいかもしれない。年代も同じぐらいだ。

「もしかして取材ですか?」

「取材? え? ああ」

 明神の視線を追って男が手にしたカメラに目をむけた。

「取材という単語が出てくるということは、もしかしてマスコミ関係者ですか?」

 男は探るような目つきをしている。

 明神は肯定してみせた。

「2hillの転落事故があった場所ですから、気になりましてね。特に例のテレビ番組の後では」

「生きていられたはずがない。そう思ってビルの高さを自分の目で確かめに来たというところですか?」

「そうです」

 明神の考えを言い当てられたのは男もまた同じ考えでいたからだろう。ますます親近感がわいた。

「さっき、地上をのぞいていませんでしたか?」

「どれくらいの高さがあるかと思いましてね」

 男は笑ってみせた。堀が深く、大振りな目鼻立ちのせいで威圧的に感じられる顔立ちだが、笑顔は子供のように無邪気だった。

「どれどれ」

 明神はフェンス越しに地上をのぞきこんだ。地上を歩く人間が掌に乗るぐらいの大きさに見えた。ぐらりと足下が揺らぐ。底知れぬ深い淵に引きずり込まれていくようで全身が粟立った。

 はっと我にかえり、フェンスから身を引いた。

「落ちたら助からない」

 男の言葉に明神は肯いた。

「私、こういう者です」

 明神は名刺を差し出した。

 名刺を受け取った男はしげしげと眺めまわしていたが、

「毎朝新聞の明神さん……というと、2hillの記事を書かれた?」

「はい」

「三年前にも2hillに関する特集記事を書かれていましたね」

「よくご存じで」

「三年前、私も2hillを追っていましてね。転落事故のせいで追跡は中止したんだが、一連の復活騒ぎでまた2hillの取材を始めたんです。申し遅れました、私はこういう者です」

 男も名刺を差し出した。名刺には「フリージャーナリスト 古館佳彦」とあり、連絡先が印刷されてあった。

「フリーの記者ですか。自由の身とはうらやましい」

「いやあ、その日暮らしの浮き草ですよ。毎朝新聞といったら全国紙だ。その毎朝新聞の記者ならどっしり構えた大船に乗っているようなものじゃないですか。どんな嵐がきたってびくともしない」

「その分、自由に身動きできませんよ。それに船長は私ではないですから、行きたい場所に行けるはずもない」

「お互い、ない物ねだりというとこですかね」

 明神と古館とは互いに顔を見合わせて笑った。

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