命
研究所
完全な暗闇で一歩も進めない。
「ねえ、シャルル。 見えないわ」
「む、そうか。 闇に迷う狩人よ、夜を駆け抜けし狼の眼を喰らえ!」
シャルルが暗視魔法を唱えたが、数秒間視界が点滅して、また暗闇に戻ってしまったので一行は戸惑っている。
「……んん? 見えるようにならんぞ? すぐに消えてしまった」
「ええっ、嘘だろ?」
「魔力がまだ回復してないの?」
「いや、昨日数時間寝て、魔力はだいぶ回復したのだがな……」
「しょうがない。 俺の炎で照らそう」
レオナルドが指を鳴らして、空中に浮かぶ炎玉を出した。
「これでよし! 行こうか」
テンの道案内で歩いていると前から犬のようで犬に見えない獣たちが襲いかかってきた。
「なんだこりゃ!? 足が6本あるし、頭や眼とか口があり得ないところにあるぜ!」
「まるで目隠しして合体させたような姿ですね……」
薙刀を手に取ったジェシカは毎度お馴染みな気合声で言った。
「亡霊どもよ! 成敗してやろう、かかって来い!!」
「!? 人格が変わった……! どーゆー事だよ?」
「薙刀を持つとそうなる。 いつもこんなもんだ。 初めて見るやつは例外なく驚いたさ」
「聖柱輝星!!」
ジェシカが薙刀を縦に構えて叫ぶと獣たちが聖なる光に包まれて苦しげにうめいた。
さらに薙刀の石突(底にある部位)を地面に勢いよく置くと獣どもより太い光の柱が獣を貫いて、断末魔を発しながら消えていった。
「やはりアンデッドか……」
「ジェシカさん、すごく強いですね……」
「なんの、他の皆もそうだ。 頼りにするがいい」
「そうだぜ。 なんせ天才魔導士もここにいるんだからな! ワハハハ」
と、後ろからもホヴォビ型アンデッドが襲いかかった。 こちらはムカデのようにガニ股足が長い身から横に生えており、ガサガサ音で早めに歩いてきている。 そして、前に1つの大きな頭が付けられている。
「これって……改造してない? 芸術センスないね!」
「ええ、気持ち悪いの上限を超えてるわ。 美術の成績だったら確実に最低の『1』でしょうね」
「転ばしてやるよ! リバースヘルヘブン!!」
アレキサンダーが見えない泡を地面に敷いて、向かってくる魔物を転ばした。
「サンドバックにしてやる! シャークトルネード!」
「ぎゃああああっ!!」
加那江が魔物の長い身に巻きつく蛇の弾を放った。 魔物の体を抉りながら足を次々と噛み落としていく。
しかし、魔物はあちこちから血を出しながらも大きい顔から一回り小さい同じような顔を大量に吐き出し、事切れた。 おまけにそいつらの顎に同じガニ股が2本ずつ付いている。
「きゃあ!! なんなの!?」
「おいおい、かなり狂ってるぜ!! こんなやつを作ろうと思ったやつは!」
ミニ魔物たちが火を吹いて襲いかかってくる。
「ここは俺に任せろ! やあーーっ!!」
ロントがジャンプして、ミニ魔物たちが集まっているあたりに着地キックをお見舞いした。
その反動で魔物たちは空中に深く飛び上がった。
「雷風の舞踏会に招待してやるぜ! 乱鳴廻輪!!」
尻尾で勢いをつけて、回転し始めたロント。 段々回転が速まると彼の周りに竜巻が育ち始め、魔物どもを風の刃で斬り裂いた。 最後には風同士の摩擦で雷が鳴り、魔物どもに天罰を与えた。
黒ごけになって、地面に激突した魔物たちの残骸の中心に片腕を天に掲げながらフィニッシュボースを決めたロントがいた。
「アアアアアっ!!!」
「決まったっ!! 我ながら最高だぜ、ふふふ」
「ウヒョォ〜!! 痺れるのお!! やっぱりわしの目に狂いはなかった!」
「ちょいとナルシストなのが玉に傷なんだけどね……」
テンの案内で建物を下って行くと一際目立つ扉の前に着いた。
テンが少し怯えたように後退りした。
「あ……ここは私が見つかったところです。 魔導士たちが連れていった人たちを手品のように消したんです」
「ここがそうなんだね。 入ってみよう」
部屋の中は木で作られた机と椅子一式、資料などをまとめた古い本が置かれている棚が周りに置かれていて、床に魔法陣が、天井から吊り下げられたミラーボールと4つの星の壁画がある。
「なんでしょうか……?」
「これは! なるほど、ミラーボールは太陽を4つの星の絵は滅ぶ星を表すと言うことか」
「ここで人が消えたんじゃな。 もしや魔導陣が関係するのか?」
テンが驚いたように魔導陣に見入った。
「これは……!? ラケン語で書かれている!!」
「何、ラケン語だと!?」
「ええ、ポマリゼァン様にまつわる聖書はラケン語で書かれていて、聖職に就きたい人は勉強するのです」
「それにしてもどうした、ロント? まるでラケン語を知っている人が驚いているみたいだったぞ」
「えっ!?」
「……俺たち海の民は幼い頃から眠れない時は子守唄を歌ってもらったもんだ。 それを聞くとどんな不安も不思議に消えて無くなるんだ……」
「それがラケン語だったと?」
「ああ、そうだ。 昔、星中の生き物たちが仲良く暮らしている頃からよく使われていた言語……。俺たちは今でもよくラケン語で会話することもある」
テンが床に座り込んで、頭を抱えながら呟いた。
「どうして、どうして海の民がラケン語を……どうして??? 尊いポマリゼァン様が御造りになられた言語と教わってきたのに……!!」
「だ……大丈夫?」
「ほっといて!!」
「……っ!!」
テンの悲痛な叫びに全員の体が硬直した。
「違うわ、私は違う! ラケン語が海の民に使われている言語なんて……信じないわ!! いいえ、私は海の民なんかじゃない!!」
「なっ……!?」
「海の民なんか……!!」
テンが呪いに近い言葉を吐き出そうとした瞬間、ジェシカが急に固く抱きしめた。
「……っ!? 何を……??」
「そうですか……あなたは苦しんできたのですね。 海の民の血が入っているだけで言われもない差別を同じ世界にいる人たちから浴びられてきた……居場所を理不尽に奪われるほど辛いことはありません。 それでも、あなたが今までお母様とお父様からもらった命を大切にしたから今私たちに出会えている。 あなたは立派ですよ」
「あ……」
「しかし、あなたはあなたです。 たとえ海の民の血が入っていようが入ってなかろうがそれは変わることのない事実です」
ジェシカは体を離して、テンの肩に手を置いた。
「だから、あなた自身をこの世に送り出してくれたお母様と星をどうか否定しないでください……。 あなたがあなたであることを誇るためにも……」
「あ、ああ……うっ、うう……ごめんな……さい……」
ジェシカの心まで沁みる言葉に涙を流した。
しばらくして、腕で涙を拭って、ロントの正面に立ちながら謝った。
「すみません……ひどいことを言ってしまって」
「気にしないでくれ。 嫌われるのはいつものことだからな」
ロントは気にする素振りも見せなかったが、声のトーンが一段低くなった。
「解決してよかった。 ところで、此処で人が消えたんだったな?」
「はい、そうです。 あの時は怖かったわ……」
「ふむ、空間転送魔法陣か? 書かれた時の状況を見せてもらうか。 時の神クロノスよ 忘れ去られた風景を時の大河に映し出せ!」
シャルルが呪文を唱えて、過去の風景が一行の周りに現れた。 黒いフードをかぶっている魔導士が描きかけの魔導陣をインクで描いているところ……と、突如視界に砂嵐ノイズが混ざり、過去の風景が消えてしまった。
「消えてしまった……?」
「くそ……時空撹乱魔法を設置しやがったか。 この魔導士はよっぽと人に見られたくない事をやっていたようだな。 しかし、それこそビンゴだと言ってるようなもんだぜ!」
「確かに説得力はありますね。 テン、この魔導陣にはラケン語でなんと書かれていますか?」
「ええと、『我らはいずれ来たる厄災の日のために生贄の魂を宇宙の支配者に捧げるだろう。 その暁には正しい刻を迎え次第、海に包まれた4つの星に滅びの流星群をお撃ちなさってくださいませ』と書かれています」
ロントが思い当たるように呟いた。
「正しい刻……滅星か! しかも星が正しい位置に到達することは滅んだ星の遺跡にも書かれていた。 ……もしかしたら連れてきた人たちを虎へのワープゲートに転送したのだろうか?」
「あり得るな。 とすると奴らはワープゲートになる次元の歪みの座標を知っている必要がある。 資料を調べてみよう」
「わかったよ。 しかしすごい数だね。 気合い入れてくよ!」
「おう!」




