運命の転校生 凪空加那江
二〇XX年六月終わり、畳が敷き詰められた広い部屋で昼寝してる少年がいた。
「んがー……よく寝たぁ」
そう言って、大きなあくびをし、背中を伸ばした。縁側からは牧場の野原でたたずむ牛と夕日が見える。
「ミャア、ミャオウー(オッス、岳斗)」
「ん……?」
起き上がるとそこには赤い首輪をつけている灰色の猫がちょこんと縁側に座っていた。
「オウ、シャルル。帰ってきたか」
「ニャオ(メシくれ)」
「はいはい、よいしょっと……」
岳斗が立ち上がる。台所の冷蔵庫からささみ肉を取り出した。それを灰色のお皿に乗せて、シャルルのところに持っていった。
「ほれ、オメーの好きなささみ肉だ」
「ニャオーッ(ワーオ、いただきまーす!)」
ささみ肉を見て、緑色の瞳を輝かせ、勢いよく食べ始めた。岳斗の腹の音が鳴った。
「……メシにするか」
台所に歩いて行った。床が土となってる昭和前期風の台所だ。
サンダルを履いて、冷蔵庫に歩き出した。冷蔵庫から取り出した材料をコンロの横に置き、手際よくニンニク、ネギと豆腐を切り始める。
火を付けて、植物油をひき、ニンニクとネギを入れて、鍋をふるう。次に肉、豆板醤を入れる。肉、野菜と植物油が混じり始め、食欲を湧かす辛い匂いが漂い始めた。酒、冷蔵庫に入れた鶏ガラスープ、水、醤油、砂糖を次々と入れ、最後に豆腐をまな板から投入する。ネギを交えたひき肉が豆腐と共にスープの中で踊る。
「ほー、うめー匂いすんとおもったらマーボーかぁ~!」
後ろから声がした。
「親父」
岳斗が振り返る。髭を生やした細マッチョのオジサン……北三郎が立っている。彼の顔の左半分には熊に切り裂かれた三本の傷がある。左目と左耳を傷つけ、左目は義眼だ。
「へへっ、酒ひっかけて食いてぇもんだな」
「いいけど、さきにフロはいってこいよ」
「おいっす~、メシメシィー」
北三郎がフロの方へ歩き去っていった所で、岳斗はフライパンの方に意識を戻した。
「おっと、あと少しでできる」
炊き立ての米をどんぶりによそって、その上に湯気立った麻婆豆腐をかけた。リビングに上がって、手際よく机を拭き、麻婆豆腐丼を食卓に出した。ささみ肉を食べ終わって、居間で待っていたシャルルが丼を覗き込んで、目を輝かせた。
「ミャオン(おぉ〜! お前の料理はいつも美味しそうだ!)」
「お前の飯じゃねーよ。さっきあげたろ」
「んにゃッ!(あんだと!? このケチ野郎!)」
「だめなもんはだめ。猫様にゃ毒だぜ!」
「にゃお! にゃにゃご、なぁん!!(鬼野郎! いつもは俺の腹を顔におしつけてモフモフしようとする癖に!)」
「フハハハ、悔しかったら人間様になるんだな! まぁ、俺としては猫獣人がお好みかな? ラブホテルに連れ込んで、足腰が立たなくなるまでベッドの上でモフモフしてやるんだ!」
「ニャッ、にゃご!! シャアアアアーーッ!!(それ以上言うなッ、変態! 徹底的にぶち殺してやる、獣中毒野郎が!)」
岳斗とシャルルが喧嘩してるところに三毛猫がやってきた。
「みゃお! にゃご〜(シャルル! 兄様と喧嘩しないの、もう〜!)」
「にゃにゃお! にゃご……!(紅葉姉ちゃん! だってよぉ、こいつがけち野郎なんだぜ!)」
「にゃ、なぁーご。ニャッ! にゃい、にゃーお!!(はいはい、あたしが叱ってあげるから大丈夫。兄様! あまりシャルルに意地悪しないの!)」
「へいへい、すいやせんでした。やれやれ、紅葉には頭が上がんねーぜ」
「にゃ! なぁ〜ん!(うむ! 分かればよろしい!)」
そこに黒猫と鯖猫がやってきた。
「んにゃ……。にゃお。にゃい、にゃご!(うっせーよ……。さっきまで気持ちよく寝てたのに、てめえらの喧嘩で目覚めちゃったじゃないか!)」
黒猫のぼやきにシャルルが文句を言い返した。
「なぁーご! にゃ、にゃあん(俺がなんで文句言われなきゃいけねーんだよ! 岳斗に言えよ、向日葵姉さん)」
「みゃお〜。にゃご(めんどくせ〜よ。テメエが言えや)」
「なぁぁ〜〜ご!? シャアァァァ!(あ〜〜〜んだと!? 表出ろや、今日こそケリつけたる!)」
「にゃ! にゃおッ!(望むところだぜ! 返り討ちにしてくれる!)」
向日葵とシャルルが戦いを繰り広げている横で、鯖猫が岳斗の足元にまとわりついて、甘え声を出した。
「みゃお〜〜〜ん♡ なぁご?(岳兄〜〜♡! ごはぁん)」
床に腰をおろして、桜を撫でながら言った。
「はいはい、桜。分かってるぜ、今日の飯はささみ肉だからな」
「にゃっ!? にゃ〜〜お!!(わーい、やった! 岳兄、だいしゅき!)」
「へへへ……」
桜の甘い鳴き声に思わずニヤついて、抱き上げた。そして、桜の額にキスをした。
「んにゃ、にゃお……(全く親バカならぬ猫バカだな。全く、兄貴は……)」
向日葵が呆れて一言物申した所に、ポケットがいくつもついている黒いツナギを着た女性二人が家の裏から上がってきた。
背中の真ん中まで伸びている長い髪を黒ゴムで後ろに束ねたおばさんは邦子、岳斗の母親である。もう一人、髪を肩まで下ろしたショートヘアの髪型をしている若い女性は如月るり子だ。
出来上がって、湯気が漂っている麻婆豆腐を見て、邦子は顔を綻びかせた。
「わぁ! 美味しそうな麻婆豆腐!! 着替えてくるから待っててね」
「おう」
数分後、着替えを終えた邦子とるり子が居間に来た。
「そんじゃあ、いただきまーす」
ドアが開いて、北三郎がスッキリした顔で髪をタオルで拭きながら風呂から出てきた。皆で手を合わせて、夜メシを食べ始めた。
次の日。天原高校に登校して、二年三組の教室にいる岳斗。始業前、太陽光を反射させながら輝く桜木の葉っぱを横目に見ながら頬杖をついてぼーっとしてる。そこに縁の厚い丸メガネをかけた丸顔男子がやってきた。
「よお岳斗」
「おっす、山田太郎」
「おいおい〜! 俺、上川賢治だぜ。んなことより、今日転校生来るぞッ! ウヘ~、美人だとええなアー」
上川は六月という異例のタイミングでくる転校生に期待を含ませながらニヤけた。よだれを垂らしそうになっているのは彼のために言わないでおこ……言ってるな。
話を戻して、岳斗は興味なさそうに返事して、また窓の方を見始めた。
「ほーん」
「おめー、そっけなえなー」
二人がたわいもない話をしていると始業チャイムが鳴り、同時に立派な顎鬚を蓄えたミニ肥満おっさん、マサさん(プロレスラーのマサ斉藤に似ている)が赤ジャージ姿で入ってきた。
「みんなハッスルしてっかー? 今日は転校生紹介すっぞー」
マサさんの呼びかけと共にドアを引いて現れたのは白髪のボニーテールを腰まで長く下ろした女の子だった。
(ズッキューーーーンッ……!)
野郎どもの心臓が高ぶる。顔が真っ赤だ。
「やれやれ、単純なヤローどもだぜ……」
「よし、じゃあ自己紹介しよか」
「はいっ」
女の子がちょっびり緊張した返事をした。
「んん……えっと、初めまして。あたし凪空加那江ですっ! よろしくね〜」
手を振りながら笑顔で言った。瞬間、男子の数人が鼻血を出して、白目で気絶した。マサさんはそれに気を留めず、加那江に言った。
「席はあそこでほおずえついている野郎のとなりだ。あいつは澤宮岳斗だ」
マサさんも気のせいか岳斗を羨ましそうな目で見ている。席に着いた加那江は体ごと横に振り向いて、岳斗に挨拶した。
「OK~。よろしくね、岳斗くん」
「おっす」
一応、顔を振り向いたもののそっけない態度だった。
こうしてその日は美人の転校生の話題で持ちきりになった他、何も変わったことはなかった。
放課後、友人たちとたわいもない話をしたあと、一人見なれた風景をぼんやり眺めながら、帰路につく岳斗。今日の予定を頭に思い浮かべている。
「今日は剣道の練習もないし……オンラインFPSゲームでもするかね。あの金ピカヘリをどう撃ちおとしたもんか……」
ふと山を神妙に見上げている加那江の姿を目に留めた。
「確か……?」
横にあった木の陰に隠れて観察を始めた。
「ここか……裏世界に通じる白いゲートは。どうやらここをまっすぐね」
そう言うと迷いなく山の中に入っていった。
「あれ……? そこって普通に鹿とか猪が出てくるよな? 危険だ、止めてくるか」
山に入ると、目の前に白いゲートが空中に浮かんでいた。驚き、周りを見渡すが、加那江はいなかった。
「なんだこれ……? まさか中に……?」
どうする? いや、加那江を放って置けない。唾を飲んで、覚悟を決めた。
「……入ってみるか」




