腐食の地下
「ん……んんっ」
加那江が目を覚ますと白い何かが目に入った。 首を回しても辺り中白い何かだ。
「ん……? 液体か固体か微妙な感覚ね。 一体どういう状況なのかしら?」
液体固体もどきを押し除けて、仲間達と合流しようとするが、体が全く動かない。
「どういうこと……? そう言えば、身体中を液体に押し付けられているのにどうして呼吸できるのかしら? そもそもここってどこなの? 今までの出来事を整理すると、ドラム星に降りて、ワイリーガをやっつけたのよね。 そしたら狼、猪、そして蝶……はっ!?」
ここで恐ろしい考えに当たった。
「まさか、ここは蝶のさなぎの中!? 脱出しないとまずいわ!」
腕に力を入れてさなぎを引き裂こうとしたが、液体固体がかなり粘っこく身体中を僅かたりとも動かせない。
「そんな……ここで終われない! 動け……ッ!!」
その時、運命の力を思い出した。
「そうだ、運命消失! 頼む、消えて……!」
加那江の動きを妨げる固体が消えるイメージを持って、念を込める。 次第に黒い鎖に身体中を巻き付けられるような感覚を感じて歯を食いしばった。
「んぐぐ……ッ。 体が苦しい……けど、ここで諦めるわけにはいかないッ!!」
岳斗、シャルル、ジェシカ、レオナルド、ダニエル、アレキサンダー、ロント、スメグル……出会った仲間達を脳裏に浮かべながら、身体に力をさらに込める。 と、突然加那江を縛る鎖が弾け消えたような感覚に襲われた。 気づくと加那江は薄暗い洞窟で倒れていた。 起き上がって立つと足元に白い固体が散らばっていた。
「脱出できた……? 良かった……」
胸を撫で下ろして、周りを見渡すと洞窟の壁や天井がさなぎで隙間なく埋め尽くされていた。 どれも緑色の外見を成している。
「シャルル達もこのさなぎ達のどれかに閉じ込められているのかしら? 片っ端から探すのは時間がかかり過ぎる……とか言って、一気に撃つのも危険だわ」
そこまで言って、ふとナディーアとの会話を思い出した。
『ネックレスに触ると近くにある重力核か電磁核を内蔵する物体を探すんだ。 それで、認識し終わったら触った人にだけ見える光がネックレスからその物体を繋いで、線になる……』
「はっ、思い出した!」
目を見開いて、胸下のネックレスを見つめた。
「これに触ればいいのね……」
ネックレスの石を包むように触ると太陽が差し込んだ海のように青く光り、咄嗟に手で目を遮った。
「眩し……ッ!」
光りが落ち着いたところで、手を下げると加那江の石から5本の線が飛び出していた。 1本は加那江の腹回りよりも太い線で真下に刺さっている。 もう1本はさっきより細いがそれでもかなり太く、残りの3本は細かった。 そして細い3本の光線は3つのさなぎに刺さっていた。
「なるほど、そこがシャルル達の居場所ね。 よし、早く助けなきゃ!」
幸い3つとも手に届く位置だった。 短剣を取り出して、3つのさなぎに注意深く刺して、仲間達を救出した。
数分後 加那江達4人は状況を整理していた。
「やれやれ、俺たちサナギに閉じ込められてたのか」
「あのまま中にいたら蝶になってたのかな?」ナディーアが両手をバタつかせて、蝶を真似た。
「そりゃ、嫌だぜ! 花の蜜しか吸えない人生……蝶生って味覚的に味気ないだろ! 刺身をドーンと食いてえよ!」シャルルが肩をすくめた。
「とにかく早くここから出ましょう。 幸いネックレスもあるし、迷う心配はないわ」
「賛成! 1人残されたリンちゃんが不憫で仕方ないわ。 早く会って、キスしないとね! うふふ」
早くもキスの練習をしているスメグルをなんとかあしらって、加那江達は船の方向へと歩き出した。
その時、洞窟の蛹が一斉に振動を始めて、寝袋から抜け出すように赤く大きい目が目立つ青蝶が現れた。 加那江達を認識すると口の牙を剥いて襲いかかってきた。
「ヴヴォォォ……!!」
「まずい、人喰い蝶だ! 早く逃げろ!!」
背を向けて、洞窟を覆い尽くす蝶軍から逃走した。 蝶どもが口に付いているストロー(口吻)を一斉に伸ばしてラッパのように吹くとたちまち加那江達の足元、壁、天井から毛虫(小)が一斉に出てきた。
「うわぁーーッ!! やべえやべえ!!!」
「みんな! ネックレスに触って!」
加那江以外の3人がネックレスに触ると足元の毛虫(小)が重力に押しつぶされて体液を地面にぶちまけた。 走るたびに足元の毛虫が重力核の餌食になっていく……。 と、4足歩行のシャルルが毛虫の残骸を避けて、スメグルの尻尾に飛び移った。
「きゃ、シャルルちゃん♡ どうしたの?」
「俺、綺麗好きだからな。 肉球が毛虫の残骸で汚れるの耐えられねー!」
言い終わるや否やスメグルの背中を素早く登って、肩に到達した。
「それにしても船から遠ざかるぜ! あの蝶達と戦った方がいいんじゃないか!?」シャルルが肩から半ば喚くように言った。
「あたしもそうしたいんだけど、ここは奴らのホームよ。 今戦うのは不利だわ」
「それにさっきのボス、毛虫達を次々と呼んでいたよな。 つまり、そいつらを産んでいる女王的な存在がいるのかもしれねえ。 だとするとそいつを倒さねえ限り倒してもまた次のお仲間どもが出てくる」
「あり得るわね。 女王を倒すのはあたしも賛成よ。 でも、どこにいるのかしら? やっぱり星の中心?」
「ああ、俺もそう思う。 しかし、洞窟の構造がわからないんじゃどうにもならねえだろ? ネックレスだって3時間しか効き目ないし」
「OK、こんな時こそアタシの出番よ〜! ヤヴレーニ・クトゥーリ!」
瞬間、加那江達の脳裏に星の構造が浮かんだ。 同時に毛虫や蝶の分布を体で感じた。
「ウォッ! テレパシーか!?」
「正確には五覚を星と共有した……って感じね」
「確かに毛虫と蝶の動きが大まかにわかるような気がする。 ……左だ」ナディーアが速度を上げて、先導した。
「便利だけど、慣れるまでは気持ち悪さもあるわね。 ところで、シャルル。 似たような魔法持ってなかったっけ」
「あるにはあるが、毛虫がわんさか頭の中で沸いてるみてえな状況で唱えられねえよ……。 魔法は精神が安定しないと十分な効果を発揮しねえんだ」
見るからに顔を青くしたシャルルは震えた声で説明した。 と、毛虫(大)が横から壁を食って向かってくるのを感じた。
「まさか、挟み撃ち!? もっと速く走らないとダメだ!」
ナディーアの警告で走る速度を上げる一行だったが、手前に毛虫(小)が大量に群れ出て、通路を塞ごうとしてくる。
「まずい、このままじゃ食われる未来しかねえ」
シャルルが閻魔から地獄行きを決定された囚人の表情を浮かべた。 と、ここで突然彼の瞳に光が宿った。
「……こうなったら覚悟を決めてやる! 時の神クロノスの影共よ 今一度過ぎた時と化した我らを再現せよ。 そして、自由を夢見る地の民よ、全てを白く染める翼を貰い受けよ!」
精神をなんとか落ち着けて、呪文を早口で唱えると加那江たちの後ろに自分たちの影が現れ、同時に体が浮かぶ感覚を感じた。
「OK、こいつらは囮だ。 みんな! 念じるんだ、向こうに速く飛べとな!」
「分かった!」シャルルと3人は瞬時に遥か向こうの一点を見つめて念じた。 瞬間、体が金色のオーラに包まれて、音を裂くほど高速で飛行し始めた。
「わあ! シャルルちゃん、こんな魔法も持ってたのね」
「よっしゃ、助かった!」
5層ほど作られかけている毛虫壁の穴を潜り抜けて、毛虫(大)と会い見えることなく通路を通り抜けた。 T字路の交差点で着地し、加那江が後ろを振り返ると加那江達の影が毛虫(小)に全身覆われているところだった。
「うわっ……! 危なかったわね、ありがとう」
「ああ、どういたしまして。 俺もああなるのはごめんだからな。 はぁ、やれやれ……」
「さて、急ごう。 とっとと女王様とやらをぶっ殺すぞ」
その後も毛虫大群の罠を潜り抜けたり、行く手に塞がる蝶どもを蹴散らしていった。 そして、今までよりも広い空間に出た。
「天井は10メノヴァをくだらねえか。 こんだけ広い空間は今まで無かったよな?」
「ええ、女王がいるかもしれないわ。 みんな、気をつけて」
しばらく歩くと洞窟の中でも存在感を大きく放つ卵が目に入った。 その中に金色の毛虫が広い卵を持て余すように小さく佇んでいた。
「あれが女王か? 思ったよりも小せえな」
「でも、卵はかなりでかいわ。 あれだけの毛虫や霧を産むのを考えれば当然かもしれないけど……」
「よし、とっとと壊してリンダのところに戻ろうぜ」
ナディーアがトンファーを構えて女王卵の元に歩こうとした所、全員鳥肌が立った。 蠢く毛虫たちに潜む殺気……気づいた時にはすでに一際大きい鋼鉄の毛虫に何重も包囲されていた。
「くっ……よりによってこいつらかよ。 リンダがいねえ時に!」
「鋼鉄だろうと撃ってやるわ! ダブルクリティカルハーツ!」
二つの弾を重ねて貫通に特化させた『とっておき』を鋼鉄毛虫の一匹に放ったが、鋼鉄ボティに傷一つつけずに木っ端微塵に飛び散った。
「くっ……! ここまで固いなんて!」
加那江が地団駄を踏んでいると鋼鉄毛虫が一斉に口を開いて、砲を出した。 そして、砲の出口にエネルギー弾が作られ始めた。 砲の太さほどになった時、加那江達目掛けて一斉に発射された。
「ああっ!? まずい、避けろォォォーーーッ!!」
シャルルの呼びかけで全員咄嗟に避けた。 加那江たちを通り過ぎた弾は洞窟を焼き溶かすように勢いよく掘り進んで行った。 天井の岩が落ちて轟音が鳴り響く空間でナディーアが負けずに大声で言った。
「加那江、まともに相手しようと思うな! 目当ては女王卵の破壊だ!」ナディーアがトンファーで卵を指差した。
「毛虫ちゃんがゴツくなってもアタシの出番よ! ここからスター・プチューヤの真骨頂ってわけね。 というわけでまたアタシが惹きつけるわよん!」
「よっしゃ 霧を祓う光を宿いし神槍よ、道を塞ぎし罪人を天まで貫き飛ばせ!!」
シャルルの呪文で空間を埋め尽くすほどの数を誇る神槍が光りと共に現れ、女王の卵を突き貫かんと襲いかかった。 しかし、壁や天井から白い糸が大量に発射され、神槍を全て絡めた。 勢いを失って消え去る神槍を見ながら悔し声を上げた。
「くっ……! 守りは万全ってわけか」
「一瞬の間にこのような量の糸を吐くなんて、どれだけいるというの?」
「しかも、洞窟の壁に埋もれながら吐いた。 壁を掘ってやっつけないと俺たちも糸に絡まることになるぜ」
3人が足止めを喰らって、攻略に悩んでいるとスメグルが不敵な微笑みを浮かべた。
「いい考えが思い浮かんだわ。 グラヴィオ・スリャーニウス!」
そう言って、両手と片膝を地面につけた。 瞬間、豪鉄の毛虫群が見えない力で地面に押さえ込まれたように見えた。 豪鉄毛虫が地面に同化するように潰れていった。
「ふふん、アタシと星の力を舐めると火傷するわよ〜。 ついでに他の毛虫ちゃんたちも洞窟ごと押し潰されたわ」
「おおっ、頼りになるぜ! ナディーア、とっとと卵潰してここからおさらばだ!」
「おうよ!」
加那江達が卵へと一歩を踏み出そうとした瞬間、卵が青く光り始めた。 同時に地面にべちゃんこ化していた豪鉄毛虫が奇跡の復活を遂げた。 再び包囲戦が始まった。 同時に洞窟の壁から糸が加那江達目掛けて勢いよく飛び出した。
「ええっ!? 一体どういうこと!?」
奇襲の糸を避けた加那江が信じられない表情で振り返るとスメグルも同じ表情を浮かべていた。
「嘘でしょ……ママちゃん、星の重力エネルギーを吸収しちゃったみたいよ。 それで星が弱まる……つまり、アタシの星導術も弱まった。 そのエネルギーを与えて、復活させたような感じね」
「そんなバカなことって……もしかしなくても青龍の力だろうな」
「まずいぜ! 長引くとスメグルでも抑えきれなくなる。 とか言って、焦れば毛虫の糸に捕まる」
「それに倒しても復活するんじゃ、どうしようもないわ。 シャルル、いっそ重力エネルギーを吸って、ブラックホールにできないの? そうすれば、奴らを無力化して消滅させられるんじゃない」
「そりゃ、いかんぜ! 重力核を無くした星は大気や地面をつなぎ置けねえ。 木っ端微塵に分裂して、星が『死』を迎える」
「そんな……」
「ジーンの依頼って、ワイリーガを退治して星を元に戻すことだよな。 とすると、死を迎えたらどっちみちクエスト失敗ってことになるだろうな」
「でも……じゃあ、他に手はあるの?」
「それは……」
この状況を打破する一手を探そうとするが、じっくりは探させてくれない。 鋼鉄の毛虫が体にトゲを生やして、加那江達に突進してくる。
「まずい、来るわよ!」
「ええい、戦いながら考えるぜ! 気合い入れていけよ!」
「おう!」
こうして4人は毛虫たちを相手にしながらチャンスを伺うことにするのだった……




