思いがけない偶然
リンダはスピードを落として、上空に羽ばたいた。 しばらくすると別の大樹が見えてきた。
ナディーア「おい、見ろ。 あれが俺たちの拠点だ」
ナディーアが指さした方向を加那江が見ると枝を切り取って、軽い藁を積んで床に加工した空間が見えた。 リンダが着陸すると体を伏せて、頭を地面に下ろした。 横から滑り落ちた加那江たちは藁を積んだだけのベッドにシャルルを寝かせて、藁椅子の上に座った。
加那江「はぁ……本当に助かったわ、ありがとう。 あたしは加那江よ。 で、ベッドに寝かせた猫はシャルル」
ナディーア「どういたしまして、加那江。 俺はナディーアだ」
リンダ「で、オイラはリンダ。 ナディーアとは15年の付き合いだぞッ」
ナディーア「出会った時から最高の相棒さ! それにこの赤さ、燃えるように美しいだろ? それに彼が吐くどこまでも光り輝く炎は俺が今まで出会った宝よりも……」
リンダ「おいおいおい……べしゃりはそこまでにしとけよ」
プレアデス星雲を目に丸ごと入れたかのように光り輝かせながら軽快に話すナディーアにリンダが低い声で会話に割り込んだ。
リンダ「すまねーな。 こいつ、一旦自分の世界に入ると周りが見えなくなんだっ」
加那江「あ……いいえ、大丈夫よ」
加那江たちが話に弾んでいるその時、シャルルが目を覚まして、全身を伸ばしながら大欠伸した。
シャルル「ふぁ〜ぁ……」
リンダ「目が覚めたか?」
シャルル「ん?」
声がした方向に振り向くとリンダが自分の大きい顔を近づけて覗きこんている。 突拍子もないドラゴンとの至近距離初対面に思わず鳴き声を上げた。
シャルル「ニャアアアアアッ!?」
瞳孔が急激に細くなり、一瞬で後ろに大きくジャンプした。 四つ足になったシャルルは身体中の毛を逆立てて、警戒している。
シャルル「フシャーーッ!!」
加那江「シャルル! 大丈夫、ここは安全よ!」
シャルル「加那江!? 何でお前がここに」
加那江「助けてもらったのよ。 あっ、このドラゴンはリンダよ。 それで、あたしの隣に座っているのはナディーア」
シャルルが二本足で立って、何とかお礼を言うが、毛はまだ少し逆立っている。
シャルル「そ、そうか……二人ともありがとな」
リンダ「どーもっ! それにしてもなかなか可愛い坊やだっ」
リンダが触れるほど顔を近づけたので、緊張して、また毛が逆立った。
シャルル「にゃっ!? ちょ……」
リンダ「クヒヒヒ、面白いリアクションだな」
シャルルのビビりをリンダがからかうように笑った。 ナディーアが振り向いて軽口を叩いた。
ナディーア「リンダ、シャルルの坊やが怖がってるぞ。 そろそろやめとけ」
リンダ「むう……しょうがないなぁ。 変身するか」
ちょっと拗ねたリンダが目を閉じて呪文を唱えた。 すると、みるみるリンダの体が縮まって、最終的にはシャルルより少し大きいちびドラゴンになった。 小さな翼を羽ばたせながら浮いて、幾らか高音の声を軽快に発した。
リンダ「おっす! オイラ、リンダだ!」
自己紹介して、手を差し出した。 シャルルも恐る恐る手を差し出して、握手した。
シャルル「お、おう……小さくなれるなら初めから小さくなれって」
ナディーア「可愛いだろ? よく抱きしめて寝てるんだ」
加那江「ふっくらしたボティね。 ……岳斗がいたら大変だったわ」
加那江が肩をすくめて、両手を広げた。
ナディーア「岳斗って?」
加那江「私たちの仲間の一人よ。 今全員で九人いるんだけど、バラバラになっちゃったの」
シャルル「時空に飲み込まれて、俺と加那江はここに来たんだ。 本当に幸運だった……他のみんなはどこにいるんだろうな」
加那江と出会えたことを喜びつつも残る仲間の行方を案ずる複雑な気持ち。 不安を瞳に浮かべたシャルルの気持ちを紛らわすようにナディーアが話題を変えて、明るく言った。
ナディーア「でも驚いたぜ! 空から人が降ってくるんだからな」
加那江「そうね、本当に助かったわ。 でも、あなたたちはどうしてこの星にいるの?」
加那江の質問に少し口を閉ざした。 俯いて、鉛のように重い口を開いた。
ナディーア「…………砂漠を再生するため」
シャルル「砂漠だって?」
リンダ「オイラたちの星……ナラノーヴォ星はほとんど砂漠しかないんだ。 各地にあるオアシスもじわじわと枯れていって、このままじゃ全員生きられねえ」
加那江(……? なんか引っかかるわね)
忘れちゃいけない記憶を忘れているような気持ち悪さが喉に引っかかる気分だ。 と、加那江が声を上げた。
加那江「あっ! 思い出した!」
シャルル「加那江、どうした? 何を思い出したんだ」
加那江「ナラノーヴォ星……そうよ! 数年前にあたしたちが赤い蜘蛛に捕まった星だわ」
シャルル「……ああ! あの時か! 確かジュラに助けてもらったよな!」
ナディーア「ジュラ!?」
ナディーアとリンダが『ジュラ』という名前に反応して目を見開いた。
ナディーア「シャルル、伯父さんを知ってるの?」
シャルル「知ってるも何も命の恩人だぜ。 爆竹を投げて赤蜘蛛を退治してくれたんだ……って伯父さん!?」
今度は加那江とシャルルが驚く番だった。
加那江「そうだったの? あの時、すぐに別れたからあなたには会ってなかったわ」
リンダ「へえ……父ちゃん、そんな話はしてなかったんだけどな。 忘れてたのかな?」
シャルル「へっ、父ちゃんだと? ……ええと、もしかしていとこ?」
リンダ「そーゆーことになるのかな?」
シャルル「おいおいおい……こんな偶然ってあるんだな」
加那江「あたしも驚いたわ。 ……ああ、脱線しちゃったわね。 続きを話してくれないかしら?」
リンダ「ああ、この星に来た理由だったな。 この星にはどんなに枯れ果てた星でも一つ植えれば、星中が植物で覆われて、恵みの水をもたらしてくれる魔法の種があるって聞いたんだ」
シャルル「へえ、そうなのか。 で、手に入れられたか?」
ナディーア「10日かけて、隅々まで調べたがダメだった。 はぁ〜、情報屋にガゼネタでも摑まされたかな」
ため息をついて、椅子の上で横になった。 目を閉じて……自分の顔を両手で平手打ちした。
ナディーア「よしっ! グタグタしてもしゃーない、次だ。 今日はここで寝て、故郷に帰るぞ」
リンダ「了解だっ!」
加那江「その故郷、あたしたちも連れていってくれないかしら?」
リンダ「いいよっ! それより、飯にしようぜ!」
迷いなく返事して、ナディーアに夜飯を勧めた。
ナディーア「腹減ったと思ったら、もうそんな時間だったのか。 この星は一日中昼みたいなもんだからわからなくなるぜ」
ナディーアが茶色のリュックを手に取って、見る角度によって違う色で輝く果物の実と蜂蜜のような液体が入っている透明瓶を出した。
ナディーア「大樹の上の方には実が結構生えているんだ。 でも、ほとんどは鳥とかに食われるから、こんなに取れたのはラッキーだった」
加那江「この蜂蜜はなんなの?」
ナディーア「ああ、これは大樹に穴を開けるとそこから出てくるんだ。 で、これがも〜う! とんでもなく甘えんだッ!」
リンダ「本当はもっと甘いのを食べたかったんだけど、狙ってくる蔓ドラゴンも多いんだっ! だから、こいつは最高級じゃねえ……けど、十分うめえと思うぞッ!」
シャルル「へえ〜! 楽しみだ、俺のグルメ魂が燃えるぜッ!」
大きい葉を皿代わりにして、盛った実の上から蜂蜜をかけた。 流れる蜂蜜の屈折で色が自在に変わる幻想的な風景もさながら、噛んで口の中で砕けた実が蜂蜜と混ざり合って、お互いの甘みをデュエットさせた輝甘協調曲が加那江たちの味覚を天国に招待した。
天国の食事を堪能した加那江たちはしばらく目を閉じてうっとりしていた。
加那江「ああ……美味しかった!」
シャルル「素晴らしいぜ、この俺の舌が唸りやがった! こいつあ、5つ星だ」
ナディーア「ははは、気に入ったようだな。 俺も初めて食った時は天国の感覚だった……」
加那江「ふふふ、このまま寝たら天国に行けそうね」
リンダ「へっ、ちげえねえや」
満足した一行はベットに直行して、そのまま眠りに落ちた……




