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追いかけられて待ち受けられて辱められて

 森の中を延々と歩いて、ふと思い付いたことがある。

 思い付きは自然と声に変わって仲間たちとの会話となった。



「そう言えばさ」

「あん?」

「セイカ……えっと、合コンに紛れ込んでたアラフォーがさ国家公務員だって言ってたんだけど、あの人って首都、つまり異世界市の職員じゃないの? それって地方公務員ってことだよね?」



 リーたちには俺が日本からの移住者だと説明済みだ。

 納税額は伏せている、三人も合コンの一件で何となく察してくれているから特に何かを追求することはない。移住してから、リーたちには色々と世話になってしまっているなと、感謝の念が止まらない。


 セイカとの関係も三人は知っている。


 彼らは、

「アラフォーが結婚相手とか地獄だろ」

と俺に同情をしてくれている。


 何とも素晴らしい仲間と出会えて俺は大助かりだ。



「翔太の世界がどうだったかは知らないでゲスが、首都が国を運営してるから国家公務員で間違いないでゲスよ」



 至って普通だとメボタは言う。


 返す言葉も見つからず、周囲も俺の考えを察した様で補足など一切無い。俺の吐く静かな深いため息は場に静寂を誘う。動物たちの気配が全く無く、ただでさえ静かな森の中は無音と表現しても差し支えない状況になった。


 聞こえてくるのは俺たち四人の足音だけ。

 早く誰か喋ってくれと、重苦しい沈黙に我慢の限界が訪れた。


 だからこそ一瞬で気付いたことがある。



「……許すまじ……」



 背後から聞いたことのない声が耳に入った。


 全員が驚きのあまり一斉に振り返って身構える。

 低くドスが効いた声は俺たちに不安を与えてきた。俺たちは互いの顔を突き合わせて、

「何事だ?」

と声を掛け合い、状況を理解できず互いに首を横の振った。



「我を捨てるなど言語道断である。我は、かの魔王が愛用したナイフ……呪い殺してくれるーーーーーーーーーーーーーー!」

「ぎゃーーーーーーーーーーーー!」



 俺だけが瞬時に意味を悟って走り出した。


 無我夢中で全速力で走る、他の三人は俺の様子に驚きつつも必死で追いかけてくるのだ。まさか、あのナイフがこんな恐ろしいアイテムだと思いもしなかった。



「逃げろーーーーーーーーーーー!」

「ちょっ、待てよ!」

「待ってくれでゲスよーーーーー! まさか本当に、この森の中に魔王のナイフがあったでゲスか!?」

「この霧の中で逃げるだっぺか!? 何処に向かえばいいか分からないべさ!!」

「皆んな! とにかく走って!」

「我を置き去りにするなど万死に値するうううーーーーーー!」



 振り返る余裕など無く、ただひたすらに走った。


 仲間の声とナイフの声だけはハッキリと聞こえるから、それだけを頼りに逃げ続けた。そもそもナイフが喋ったり意志を持ったりと、想定外だ。


 異世界でアイテムに恨みを買うなんて聞いたことがない。


 気配で分かる、ナイフは俺たちを追いかけて来てるぞ!



 そんな風に考えていると俺の隣を走るリーが、

「おい! おめえら、アレって避難小屋じゃねえのか!?」

と言ってホラー漫画の表情で前方を指差して俺たちに声をかける。つまり、あそこに避難しようと言う訳だ。


 確かに、この状況を凌ぐ方法はそれしか無い。


 全員が目標を同じくしてナイフの声がする方から逃げる。霧のせいもあって、まだ姿すら見えていないナイフの声から全速力で逃げた。


 肥満体質のメボタが若干遅れてはいるが、彼もまた必死になって逃げる。


 俺たちは命からがら、何とか避難小屋に入ることができた。急ぎつつ焦らず、気配を消すために細心の注意を払って小屋のドアを開けてソッと閉じた。



 全員が安堵の息を漏らした瞬間だった。

 助かったと、危機はなんとか回避したと言う想いから力が抜けていく感覚に襲われて俺たちは床に倒れ込む。



「芝崎様、お待ちしました♡」

「え? ふぐあうぐぐぐぐぐっ!」



 まさかの不意打ちとは、この状況を言うのだろう。


 小屋に入って女性の声が聞こえたから顔を上げたら、そこにはセイカがいたのだ。しかもわざとらしくリクルートスールのジャケットを脱いで、ワイシャツのボタンを緩めにしたスタイルのままベッドに上にいた。


 アラフォーがペロリと舌舐めずりの仕草を見せて、露骨に俺を狙って待ち伏せしていたとアピールするのだ。


 その恐ろしさに思わず大声を張り上げそうになってしまう。


 そこはリーたちがフォローしてくれて、大声を出す前に俺の口を塞いでくれる。



「小僧どもーーーーーーーーーー! 隠れていないで姿を現さんかーーーーーーー!」



 おかげでナイフに居場所がバレずに済んだ。


 だけど目の前には、またしても想定外のピンチ。背後は命の危険、前方は貞操のピンチ。究極のピンチに挟まれて、俺は狼に狙われた小ヤギの如くガタガタと震えるしかなかった。



「ふほほほほほほ、私から逃げられると本気で思ってるんですか♡」

「語尾にハートマーク付けるのやめてくれない?」

「全財産を失って怖いものは無いんですよ〜? ひっひっひ、既成事実を作っちゃえばこっちのものですからね♡」

「あのさあ、呪いのナイフが俺たちの命を狙ってるんだけど。死んだら元も子もないでしょ?」

「芝崎様の下半身のナイフでセイカをブスッとやっちゃってください♡ 子供は三人! くらい欲しいです〜」



 セイカの例えが恐ろしすぎて全員が硬直してしまった。


 三の倍数を言うからセイカがアホ顔に変貌して大声を張り上げていた。状況的に言えば、そんなことをすれば俺たちの居場所は見つかってしまう訳で。



「その小屋の中に隠れているなーーーーーーーーーーー!? 姿を現さんかーーーーーーー!」



 バレてしまったら逃げるしかない。


 俺たち四人はセイカを置き去りにして我れ先にと脱兎の如く入ってきた入り口の真逆から飛び出した。この小屋には裏口があった。


 ドアを破壊して小屋の外へ飛び出すと目の前に巨木が立ちはだかる。

 これはリーの言っていた世界樹と言う奴か?


 俺たちは急ブレーキをかけて世界樹への衝突を回避できた。

 それにしてもデカすぎでしょう? 名前から、何となく察してはいたけど目算でも木の幹が百メートルはある。


 見上げても世界樹の一端しか感じ取れない雄大さがあった。


 これを回り込むには時間がかかりすぎるだろう。



「逃げ道がない!?」

「ぎゃーーーーーーーーーーー! 凶々しいオーラを纏ったナイフが襲ってくるーーーーーーーーーーー!?」



 後ろからはセイカの叫び声が聞こえて来た。


 内容から察するに呪いのナイフに襲われたのだろう。ご愁傷様としか言いようが無いけど、俺からすれば不幸中の幸いと言う状況だ。


 壁の向こう側に小さく合掌しておく。


 しかし最悪の状況は脱していない、合掌の手を解いて再び世界樹を下から見上げてみる。


 この世界樹のせいで足が止まってしまいセイカを始末したナイフが、その足で俺小屋から飛び出してくる。背後から俺たちに襲いかかって来た。


 ついに俺たちはナイフの目の前に姿を晒してしまった。



「はっはっはっはっは! あの年増を囮にして逃げようとは人間のくせに中々見所のあるガキどもだ!」

「セイカさんのことかな? 小屋の中にいた年増はどうなったの?」

「聞きたいか? 他人に見られたら確実に結婚などできん状況にしてやったわい!」



 ナイフだから何を考えているか見た目では判断できないけど、最悪だ。


 呪いのナイフは人を貶める手段を心得ているらしい。セイカと同様に俺たちも年貢の納め時と言うことなのだろうか?



「皆んな、ごめん。俺のせいで巻き込んじゃって……」

「大丈夫だ、おめえのせいじゃねえよ」

「そうでゲス。それに悪いことばかりじゃないでゲス」

「だって……もう逃げられないんだよ? バカでかい世界樹のせいで逃げるところなんて……」

「大丈夫だっぺ。この世界樹があったことが俺たちにとって幸運だったんだべよ」

「え? それって、どう言う……」

「ぐおおおおおおおおおおおお! せ、世界樹だとお!? 聖なる力が我をおおおおおおおおおお! ぎゃーーーーーーーーーーー!」



 頭が追い付かない。


 ナイフは突然苦しみ出しては悲鳴を上げた。世界樹の存在がナイフに都合が悪いと言うのは、そのセリフから想像は付く。


 世界樹は俺の前で何かに反応するかの如く眩い光を放つ。


 目を開くことさえままならない輝きに俺たちは目を瞑るしか無かった、当然俺たちの足も止まる。逃げねばと言う想いが俺の心に芽生えるも、それに反してナイフの悲鳴は深刻さを増していくのだ。


 そして俺を除く三人に芽生えた穏やかさはかけられる声で伝わってきた。



「もう安心だぜ。世界樹は悪を滅する聖なる力を秘めてんだよ」

「聖なる力?」

「逃げた先に小屋があって助かったぜ。完全に忘れてた」

「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!」



 今度は小屋の中からセイカの叫び声が聞こえてくる。

 ナイフと同じ様に苦しんでる感じの声だ。



「あのアラフォーも聖なる光でダメージを受けてるでゲス」

「はい?」

「世界樹の光って巨大な悪の心にしか効き目がないはずだっぺよ」



 セイカの結婚願望は呪われたナイフの悪意と同等らしい。


 魔王愛用のナイフと同じ扱いとはアラフォーの結婚願望は油断ならない様で。まだまだ続く世界樹の輝きの中で俺の肩に三人分の手が添えられた感覚だけはハッキリと分かった。


 薬草を採取しに来ただけのはずの俺のクエスターとしての初クエスト。


 その中で俺は悪の消滅を目の当たりにして、

「アラフォーになったら一度世界樹にお清めして貰わないとダメなのかな?」

「あんな邪悪なアラフォーは珍しいと思うぜ?」

「リーに同意でゲス」

「んだんだ、アレが普通だったら世界中のアラフォーに申し訳ないっぺさ」

と不毛な懸念を仲間たちに相談して心配無いと言われてしまった。



 セイカは異世界基準でも特殊なアラフォーだった。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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