いざクエストへ
「薬草採取の準備に一億六千万ペレスも使うんじゃんねえよ」
隣を歩くリーに出会い頭でツッコまれた。
「万が一ってあるでしょ?」
「ねえよ」
「無いでゲスね」
「だっぺ」
否定の言葉が嵐となって吹き荒れる。
初心者の俺に親切心で付いてきてくれたリーにズンダとメボタの三人。
彼らは俺を取り囲む様に歩いて全方向から人の装備にダメ出しをする。空は澄んだ青で息を吸い込むと、なんと気持ちの良いことか。合コンから家に帰って涙で枕を濡らしたことが嘘の様だ。
セイカのおかげで合コンは失敗、反省会のお店では散々な目に会って。
俺は人生で初めて女の子を引っ叩きたくなった。
相手はアラフォーだからオバサンと呼んでも良いのだけど、とにかく地獄に叩き落とされた想いで俺は夜を過ごしたのだ。
「だったら少しくらいハメを外したって良いじゃないか」
と敢えて反論を口にした。
だけど僅かな反論は火種となって周囲の反感と言う炎を炎上させてしまった様で。
「ハメってレベルじゃねえんだよ、おめえのやったことは」
「一億六千万ペレスも有ったら首都の一等地に豪邸が建つでゲスよ」
「そもそも薬草っつう基本の回復薬の原料集めが目的のクエストに、どうして伝説クラスの回復薬がいるんだっぺ? 少し考えたら分かるっぺよ?」
「俺のために皆んなが怪我したら嫌でしょ?」
リーたち三人はそれぞれにデザインは異なるけど動き易さを優先した服装だった。ジーパンとTシャツの上からマントを羽織ったいつものスタイルだ。
対する俺はジャージの上から見た目だけ防弾チョッキを着込んだ際どいセンス。
俺たちは大草原の中で涙を流して男同士の友情を語り出す。期待していた合コンに失敗した俺たちは、それしか心の傷を癒す術が思い付かないのだ。
「うおーーーーーーーー! 翔太、おめえって奴は俺たちのために伝説の薬草を準備してくれたってんかあ!?」
「俺は皆んなと出逢って友情はお金で買えるって教えて貰ったんだから、これくらいは当たり前だよ!!」
「言ってることはゲスの極みだけんど、涙が止まらねえっぺよお!」
「俺たちマブダチの友情はプライスレスでゲス!」
見渡す限り草原のど真ん中で、男たちはむせび泣く。
肩を組んで四人横一列のまま本日の目的地の前までやってきた。ここは甲子園ではないかと空想に浸りそうな勢いだ。
目的地は勿論木々が生い茂る森、首都・異世界市から歩いて二時間の距離だ。この森を境に辺り一面は山脈へと様相が変貌するのだ。
俺たちは横一列のまま山に向かって意味も無く敬礼をしてみる。
「薬草、頂戴いたします」
「んでだ。そろそろ真面目にやろうや」
初のクエストだからカッコ付けたいと頑張ってコメントを残した俺をリーは不真面目と断言して持って来た地図を地面に開く。別にふざけていた訳ではないのだけど、空気を察して俺は反論を飲み込む。
「自然に対する敬意って大事だよ?」
リーを中心にして俺たちは腰を落として地面に広げた地図を覗き込んだ。
「この森はとにかく広大で初心者は迷子になりやすいかんな。もしもの時のために打ち合わせとくぞ」
「ハグれちゃうの?」
「意外とありがちなんだよ。初心者は変なことろで気を使うかんな。付いていけないくせに妙に気を遣って声をかけねえから気が付くと迷子になってんだよなあ」
「うい、すんません」
「なんか有ったら直ぐに言えよ? それでもハグれちまったら世界樹を目指せ、この木の下には迷子になったクエスターのために宿泊用の小屋が準備されてっから最悪の事態は回避できる。バラけた時の合流地点として使う」
「この森って、そんなに迷子が多発するの?」
「この森は素材が豊富で出入りするクエスターが多いんでゲスよ」
「昔は警察が捜索隊を編成して探してたらしいんだげっちょ、あまりにも遭難が多発するから目印兼避難小屋を作ったんだっぺ」
リーは地図の中心に描かれたバッテンをトントンと人差し指で叩く。
ここに件の避難小屋が有ると初心者の俺に念を押して教えてくれた。その指は次第に浮かび上がって、目の前の森から空に向かって聳え立つ巨木を指し示していた。
その巨木こそ世界樹だ。
それくらいは俺にも一目で分かった。
雄大な生命力が遥か遠くの森の外にいる俺にも肌で感じることができたからだ。地図の上からだと世界樹は森の丁度中心に生えていることが確認できる。おそらく現在地から十キロくらいの距離だろう。
「全容が全くイメージできません」
と素直に感じた感想が自然と漏れる。確か富士の樹海が三十六キロ平方メートルだったはずだ、それと比べると目の前の森の広大さが理解できる。
「んじゃ行くか。あ、翔太」
「何?」
「この森は基本的に食料は現地調達だかんな?」
とリーは思い出したかの様に忠告の言葉を付け足した。
三人とも背中に背負ったバカでかいにパンパンになるまで食料を買い込んでたはずなのに、ひどく慎重だった。
これがベテランクエスターなのだろうか?
「なんで? 街で食料は買ったでしょ?」
「節約だ。クエスターはいつだって金欠だかんな」
「ネクロマンサーのお店高かったもんねえ」
「それでもまた行きたくなるんだっぺよ、あの店には。むしろ、お店に行きたいから仕事をしてると言ってもいいだべよ」
ズンダは感慨深く東北訛り全開で、あのお店の魅力を語る。
頬を真っ赤に染めて煩悩を爆発させたまま歩き出す、それに釣られる様にメボタもまたヨダレを垂らしたままズンダに付いていく。リーなんてスキップしながら自慢のリーゼントを揺らして危険な森の中に入っていく始末だ。
その様子を見ては俺も油断しないはずがない。初心者はベテランに右に倣えだ。
しかし初心者だからと俺に散々忠告したベテランクエスターのリーたち。
森に入って僅か五分で俺たちは遭難してしまった訳だ。
「遭難するの早くない?」
自分たちの置かれた状況にリーたちベテランは膝を地面に突いてガックリと項垂れてしまった。信じられないと言った表情を浮かべて絶句していた。
森に入って五分ならまだ森の外が視覚で分かる距離だろうに、この森は霧が深くて視界が定まらないのだ。
「こんな深い霧は初めての経験だぜ」
「この霧の中じゃ世界樹だって探せないだっぺよ?」
「この霧って普段は出てないの?」
「初めての経験でゲス」
「進むたびに霧が深くなっていった感じだったよね? 途中で引き返すか微妙に判断に悩むって言うか」
「いつもとは違うパターンで遭難しちまったぜ」
リーは然りげ無く自分たちが遭難の常習だと暴露した。
だから買い込んだ食料は節約しようと言ったんだな、この三人は、この状況を恐れて食糧を現地調達しようと言ったんだろう。それでも森に入って五分で遭難したら現地調達もクソも無いじゃないか。
「最短記録の遭難でゲス」
「今年に入ってから順調に最長記録を更新してたから、これは堪えるべさ」
「皆んなって、この森の探索は慣れてるんだよね?」
「おう、クエスター始めてから三年間で百回以上は来てんじゃねえかな」
おっと?
散策百回以上を数えるベテランが、この体たらくですか?
初心者だから口を挟まないけど、
「何が悪かったんだ?」
とか、
「食料が呪われてたんだっぺか?」
などと、およそベテランとは思えない発言が飛び出す。
街で買った食料が関係ある訳ないだろう? とツッコんでみたいけど、それは心の中にしまうことにした。
視界の悪い深い霧の中で辺りをキョロキョロと見渡すベテランの姿には不安しか覚えない訳だけど。
「本当に呪われた気分でゲス。誰かが伝説の呪われた魔王のナイフとか持ってたりして」
「魔王のナイフってアレか? 刀剣が真っ黒で凶々しい刻印が掘られた鞘の奴か?」
「あんなの書物でしか見たことないべさ」
「え?」
「あん? 翔太、どうした?」
「な、なんでもない」
刀剣が真っ黒で鞘には凶々しい刻印?
昨日武器屋のオキナからサービスで貰ったナイフに自然と手が伸びていた。三人に見えない様にコッソリとナイフを見てみると、鞘には奇妙な刻印が彫られており、刀剣部は真っ黒に染まっている。
三人は責任を感じて帰り道を懸命に模索する最中。
俺は貰ったナイフの正体を必死に考えてみる。
あの武器屋は確かに伝説の武器や防具が多く揃っていた、だけど呪われているのだったらオキナが無事な訳がない。若干、店舗の中で迷子になっていた印象はあったけど偶然だろう。
偶然だ、偶然と言うことにしよう。
狭い店内に飾った武器を見つけるのに店主のオキナが苦労していた気がしなくもないが、きっと偶然だ。
このナイフは証拠隠滅しよう。
俺はナイフをコソッと地面に刺して捨てた。
「ま、まあ迷っちゃったものは仕方ないよねえ。皆んなで頑張って出口を探そうよ」
「翔太、オメエは本当にいい奴だな……」
リーの流した真剣な涙を見るだけで心が痛む。
他の二人も感極まったと言った感じでウルウルと感動の涙を目尻に滲ませていた。
「仲間なんだから当然でしょ」
すいません、迷子になったのは俺のせいなんです、とは口が裂けても言えない。本当のことを言ったら森の中で生き埋めにされそうだ。
ここなら人気も無いし完全犯罪が成立してしまう。
「くっそお、こうなったら遭難小屋に避難するっきゃねえか」
「視界が悪いんだから自殺行為になるでゲス、逆に森の外を目指した方がいいでゲスよ」
「ドンドンと霧が濃くなってるべさ、霧が消えるまで待機して体力の消費を抑えた方がいいっぺ」
リーたちは不慮の事態に喧々と意見を交わす。
ベテランクエスターを自称していたくせに、この状況下で方針がバラバラだった。シャキッとしろと言いたいところだけど、この事態を招いた原因は俺な訳で。
静寂の森の中で騒々しいリーたちの声は、そんな心情を抱く俺を無自覚に責めている様に感じてしまう。
マッチポンプとは、こう言う状況を指す言葉だろう。
「あのさあ、魔力メーターの地図機能を使うとかは?」
「おめえは天才か?」
「三年間遭難のスペシャリストやって、思い付きもしなかったでゲス」
「と言うより、これまでの歴史の中で誰も考え付かなかったっぺ」
俺の笑顔はリーたちの感動で氷河期の如く凍り付く。
三人は当たり前の意見に感動の色を見せて、歴史的大発明とでも言いたげに賞賛をする。その程度のことで褒められても逆に恥ずかしい。
マッチポンプでリーたちを遭難に巻き込んでしまい申し訳ない気持ちはあるけど、バカにされている様にも思える。
思わずイラッとしてしまった。
しかし思いもよらず心の中に発生した苛々は俺の罪悪感を自然と消し飛ばしてしまうのだ。苛立ちと言う風が罪悪感と言うチリを攫っていく。
ベテラン三人は、
「なるほど」
とか、
「商売になるんじゃないでゲスか?」
などと思わず頭を抱え込んでしまいそうな発言を平然と言い放つのだ。
そのあまりのバカさ加減に、つい本音が口から漏れてしまう。
「……リスクマネジメントって言葉知ってる?」
「あ? なんか言ったか?」
「何でもない、ただの独り言」
聞こえてなくて良かった。
他の二人の耳にも届かなかった様で、
「それで、どうするでゲスか?」
と現状への対策に関心を寄せる。
とりあえずはリーダーであるリーの、
「霧が晴れる保証もないから、まずは歩くぞ」
の決断で迷子にならない様にと男四人が手を繋いで歩き出した。誰かに見られたら確実に誤解を受けそうなスタイルで俺たちは何処に向かっているかも分からないまま、その場を後にした。
俺がコッソリと捨てたナイフが微かな動きを見せているなど考えもせず、俺たちはスキップで森の奥へと突き進んでいた。
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