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仕事の前に装備を整えよう

本日も数話投稿します。


本日はクエストパート。

 異世界に移住して三日目のことだった。


 初日に運良く知り合ったリーの助けもあって俺は本日、魔力メーターなるものをゲットした。見た目はスマホそのもので、この世界の唯一の連絡手段だそうで。


 メーターの中にはリーたちの連絡先を登録されたばかりだ。


 この世界の通貨ペレスが極度の円高で今の全財産だけで一生涯分の生活が約束された、はずではあるが俺には永住権が無い。


 ふるさと納税を寄付した異世界市の永住権。


 現地の住民と婚姻を結ぶことが最も簡単な永住権確保の手段だと言う。その永住権のために準備された人物がセイカ、と言う訳だ。


 リーに紹介されたクエスト斡旋所の帰り道、俺は首都のコンクリート造りの道路を歩きながら悩んでいた。時折、通行人とぶつかりそうになっては頭を下げて俺はとある場所を目指す。


 クエスト斡旋所から案内されたその場所は、この通りの行き止まりにあるらしい。



「武器屋かあ、急にファンタジー感が出てきたな。あそこかな?」



 コンクリート造りの景観の中で、煉瓦造りの真っ赤な店舗が見えてきた。入口は引き戸で俺が開けるとギギーっと頼りない音を立てて客を招き入れる。


 おそらく老舗なのだろう。

 それはクエスト斡旋所が紹介することからも、何となく察することができた。


 それと同時にカウンターに座る店主らしき初老の男と目が合ってしまった。

 真っ白な豊かな髪と口元を覆い隠すヒゲが特徴の、店舗の雰囲気に見事にマッチした風貌だ。


 店主が小さくまぶたを開けて俺にゆっくりと話しかけてくる。



「見ない顔じゃな、新人さんかな?」

「さっき斡旋所に登録したばかりです、名前は芝崎翔太。この街に来たのもつい最近で、とりあえず仕事が欲しくて」

「そうかそうか、この街は永住権が無い人間には生活物資を売ってくれんからなあ。仕事に就いて身分を証明する以外は住民との結婚しか永住権を確保できんしの」



 因みに身分を証明できないと魔力局と契約もままならず、まともに生活が安定しないらしい。それもリーから教えて貰ったことだ。


 クエスター登録すれば一定期間だけは身元の保証が担保させるそうで。



「クエストを達成しないと廃業になるって言われたんです」

「ま、クエストも色々種類があるが自衛の手段くらいは準備しとかんとな」

「簡単に強くなれる装備はありますか?」

「あるが高いぞい?」



 店主は重い腰を上げて年齢相応のゆっくりと動き出す。


 向かう先は店内の隅っこで、その壁から真っ黒な服と剣身のとても長い高価そうな剣をフックから台座に乗っかって下ろす。持ち出して来た剣が長すぎて、初老の店主は剣を引きずって俺に近付いてくる。


 剣の切れ味が良すぎて引きずるだけで床が綺麗に切れていく。



「鞘とか無いんですか? 床が切れてますよ?」

「切れ味が良すぎて鞘がことごとく切れるんだよ。あ」



 店主は手を滑らしてしまったらしく、剣が床に落ちる。

 すると切れ味が良すぎる剣は、そのまま垂直に地面を切って重力のままに一瞬で地球の中心に向かって姿を消してしまった。


 ストンと言う効果音が幻聴で聞こえた。


 これには流石の俺も言葉を失ってしまった。


 そもそも、その切れ味でどうやってフックに乗っていたのだろう? 七不思議すぎて絶句ものだ。



「おっと、一億ペレスもする伝説の聖剣だったのに」

「サラッと、とんでもないこと言ってません?」

「じゃあ、こっちの伝説の魔剣でいいかい? 欠点は封印された魔王の怨念で一般人を呪い殺してしまうところかの」



 聖剣の切れ味を目の前で見てしまったから、完全に否定できないところが怖いな。



「それって持ち主も死んじゃうのでは? と言うかお爺さんはなんで死なないんですか?」

「オキナだ、そう呼んでおくれ。せっかくだしステータスを見てやろうかのう」

「初心者だからレベル1だって言われてますよ」



 やはり店主はゆっくりと手を動かして、手のひらを俺に向けて、

「ステータス」

と呪文みたいに呟く。


 何処ぞのラノベ小説で聞いたことのあるやり取りだ。すると宙に黒い枠が現れて、店主は蓄えたヒゲをイジりながらマジマジと覗き込む。


 彼のゆっくりとした動きは、まるで目的地に到着したエレベーターの如く、次第に速度を落として停止する。


 

「初期値は個人差があるしのう。どれ、……お前さんレベル1の初心者でクラスが勇者なのかい?」



 クエスターになって斡旋所に身分を登録する際にクラスを選択した。初心者は通常基本クラスを選ぶのだそうだが、俺の場合はお金で上位クラスを買えると教わって、最上位のそれを選んだのだ。


 斡旋所は俺が移住者で所持金に余裕があると知っていた様で。


 クラスによってステータスの初期設定値が違うと教えて貰った。


 

「買いました。お金で解決できるって言われたんで」

「お前さん最低な勇者だのう」



 この爺さんにはだけは言われたく無い一言だった。


 聖剣を世界の中心に向かって落としてしまった人にだけは言われたく無い、この世界が以前いた世界みたいな球状だったら地球の反対側まで飛んでいくのではなかろうか。


 手を滑らせてアパートの窓から花瓶を落とす様な、そんな感覚で聖剣を使った事故が発生したら、この爺さんはどうやって責任を取るのだろうか?



「まずは安全ですよ。お金で命が買えるなら安いもんですから」

「勇者と言うのはのお、パーティーを組んで始めて真価を発揮するんだぞい? レベル1の勇者とパーティーを組んでくれるもんを探すのは骨が折れるだろうし、芝崎君のレベルに合ったクエスターでは勇者の強みが薄まってしまう」

「それだけは友情で解決しました」



 勇者は最上位のクラスの割にはステータスは基本と上位の丁度中間くらいなのだ。つまりは上級者向けのクラスと言える。店主の爺さんの心配は至極ごもっともと言う訳で。


 オキナは天井に視線を向けて一瞬だけ考え込んだ様子を見せると、一回だけ頷いてまたしても、ゆっくりと動き出す。


 この人の動きは予測できる様でいて、意外と難しい。

 俺もついついじっくりと見入ってしまう。



 キョロキョロと何かを探す素振りを見せて店主は、

「金は持っとる様だし防具はコイツで良いだろう」

と適当そうな独り言を吐く。爺さんの言うコイツとは、聖剣と一緒に選んでくれた真っ黒な服だ。防弾チョッキみたいな軽装だけど、妙な迫力を感じ取れる。


 背中の部分にもポケットが付いた何処ぞの軍隊で正式採用されていそうな見た目だ。



「その黒い服は良いものなんですか?」

「オートであらゆる攻撃の完全耐性が付与される伝説の一品じゃよ」

「値段は?」

「年で忘れてしまったわい。確か勇者クラスを買うのと同じくらいの価値だったかのう」

「じゃあ五千万ペレスか。即決」

「お前さん、いつか後ろからブスッと刺されるぞい?」

「その服があれば刺されても何とも無いんでしょ?」

「そう言うことじゃ無くてじゃな、……まあ良いか。武器はコイツでどうじゃ」



 爺さんは何かを言いたげな表情を浮かばせるも、俺の言葉を聞いて喉まで出かかった言葉を飲み込んだらしい。コイツには何を言っても無駄、そんな風に見えた。


 言わんとしたことは理解できるけど、それは爺さんも一緒なのだが。

 五千ペレスの価値がある商品の値段を忘れるなよ。


 この店は斡旋所の案内だけに品揃えが良いことは分かった。


 不安なのは店主の爺さんの記憶だけだ、痴呆を理由に自然な対応のままぼったくられそうだ。そんなイマイチ信用ならない人物だけど、お客の要望はシッカリと応えてくれる様で。


 爺さんはマラソンを完走したかの如く、息切れ切れに元の定位置に戻ってきた。


 定位置のカウンターに座って俺に何かを差し出してくれた。この形状は俺も見たことがあった、実物は無いけどアクション映画とかでは見たことがあった。


「これって拳銃?」

と俺は爺さんのオススメが予想外だったから目を見開いて確認してしまった。



「ケンジューと言う伝説の武器じゃ」

「この店って伝説ばっかじゃない。デフレで伝説そのものの有り難みが薄れちゃうよ」

「芝崎君は若いくせに細かいのう」

「強いのは分かるけど弾切れ起こさない? 装弾数は?」

「よう知っとるのう。じゃがソイツはちと違うとも言える、コイツは金が弾丸だ」

「どうやって精算するの?」

「魔力局と契約すると簡易精算用のクレジットカードが貰えるじゃろ。それを備え付けのカートリッジに挿すだけじゃ」



 プルプルと震える手で爺さんはカウンターに置いた拳銃を指差す。指し示すその場所には、クレジットカード払い専用のカートリッジが設置されている。ご丁寧に矢印でカードを挿す方向もシッカリと分かる様にできていた。


 爺さんは、

「これなら弾切れの心配はあるまい?」

と自慢げだった。


 確かに拳銃の弱点が完璧に補われた恐ろしい武器だ、これなら元いた世界でも伝説と呼ばれそうな逸品である。


 形状はイタリア製のベレッタだと思われる。


 あまり拳銃には詳しくは無いけどM9拳銃とか言ったかな? ご丁寧に消音装置まで装備されている様子だ。



「因みに発砲のコストは?」

「本体は五千万ペレスで一発発射につき一万ペレスじゃ。どうじゃ、ビビったか?」

「装備一式と発砲一万九千発で一円か、即決。小銭削り支払いとクレジット支払いのどっちがいい?」

「嫌味な奴じゃのう、クレジット支払いで頼む。毎度あり」

「それと何か回復アイテムとか置いてませんか?」

「伝説の薬草は要らんかね? 瀕死の状態でも体力と傷を全回復できる上に、あらゆる状態異常に効果がある逸品じゃ。そこいらの店舗では、先ずお目にかかれんじゃろう」

「予備と予備の予備に観賞用と、ご近所さんに配る用とか色々と考えると十個は欲しいかも」

「毎度あり。十個で一千万ペレスと言いたいが、お得意さんにはサービスじゃ。半額でいいよ。ついでにナイフくらいはタダでやらんとなあ」



 店主の爺さんは

「これだけの装備なら伝説の魔王だって確実に倒せるぞい」

と購入した装備を着込んでいく俺にロマンを語り出す。まるでワシも若かったら、とでも言いたげに伝説を全身に身に付けた俺を目を細めて嬉しそうに微笑むのだ。


 ジッパー式の黒い服は思った通り、とても軽量で通気性は抜群だった。


 ポケットに拳銃とサービスで貰ったナイフをセットした俺は側からは、どう見られているのだろうか? 移住前はただのブラック企業勤めのSEのすぎなかったのだけど。


 そんな俺が異世界で全身伝説だらけのまま、店舗に入って来た入り口を潜って再び外へと向かう。


 クエスト斡旋所から薦められた最初のクエストをこなす為、リーたちと合流するのだ。爺さんの視線を背中で感じながら俺は颯爽と店を出て行った。



「よし、薬草採取の準備は万全だ」



 俺が目標を口にすると後ろから爺さんのガッカリと言わんばかりの盛大なため息が聞こえて来た。人生初のクエストの旅路は老人のロマンを粉々に砕くところから始まるのだった。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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