合コン失敗の反省会は行きつけで
隣を歩くリーの顔はだらけきっていた。
どれほどかと言うと通りすがりの人々がドン引きして反射的に距離を置くほどだ、隠しきれない欲望はリーの顔の筋肉を全て弛緩させているらしい。
リーを含めたズンダとメボタの三人は、
「ぐへへ」
と不気味な声を漏らしていた。その様子に一緒に歩く俺ですら距離を取りたくなってしまう。
合コンの失敗も理由の一つなのだろう。
リーたちは、これから向かう先で鬱憤を晴らす気なのだ。その話を聞かされた時は俺も断る理由は無かったし、実際に魅力を感じたから良いのだけど。
それでも周囲の目線には気を付けて欲しい。
街の大通りを歩く中で、完全に不審者扱いされてることには気付いて欲しいものだ。
「まだ歩くの?」
「もう少しでゲス、ゲヘヘ」
「さっきの居酒屋を出る時に予約の連絡を入れといたっぺ。翔太は大船に乗ったつもりでいるだべよ、ゲヘヘだっぺ」
「お! 見えてきたぜ、あの店だ!」
そう言ってリーが指差す店の佇まいは何とも怪しげだった。
煉瓦造りの雑居ビルの様な外観で、埋め込み式の窓からは不気味に点滅する数色の光が漏れる。まるで日本の繁華街に溶け込んでいそうな、そんな雰囲気だった。
目的地に到着するとリーたちは嬉々と笑顔を零す、零すと言うよりも更にダラけた顔になったと言うべきか? 三人は一切の迷いなくお店のドアを開く。
ドアが開かれるとリーたちは歩き出す。
俺は若干だけ気後れするも、皆んなが堂々と入店するからつられて歩く。
この店、間違いなく入店に年齢制限がある。
それくらいは俺にも分かる。
斯く言う俺も店に入ってしまえばリーたちと同じく、ヨダレを垂らして表情が緩んでしまう。もう周囲を気にして顔のダラケを我慢する気は失せていた。
店に入ったら受付の黒服に軽く挨拶を済ませて、俺たちはそれぞれに席へ案内された。この店は細かいパーテーションでスペースを隔てて、そこへ客を一人ずつ案内するシステムなのだろう。
案内された店内は灯りが薄く、怪しさが先行する印象だ。
俺たちは別れ際に暗闇の中でサムズアップで検討を祈った。まるで野球みたいにグータッチ寸前まで立てた親指を近付けてから四人は互いの向かうべき席に足を進めた。
「お客さまは当店は初めてのご利用で?」
「移住前に仕事の付き合いでキャバクラは行ったことある」
「キャバクラ、初めて耳にする言葉ですが、とても甘美な響きですねえ」
怪しさを纏った黒服はニヤリと笑顔で返すと、
「さ様でございますか」
と言葉を添えて一枚の紙を差し出してきた。
勿論それは女の子の写真がズラリと載ったリストだ。この店は可愛い女の子と一緒にお酒が楽しめるお店と言う訳だ。
ここまでは日本のキャバクラと同じだが、店に到着するまでの間にリーから俺は教えて貰った事がある。それは、この店が特殊な女の子を準備すると言うものだった。
「この店ってネクロマンサーが経営してるんだよね?」
「よくご存知でいらっしゃる。お客様の仰る通り当店はお客さまのご趣向を全てお応えいたします」
そう言って黒服は写真リストにアンケート用紙を添えてきた。
「ふほほほ、つまり写真を参考にして希望の女の子の見た目をアンケート用紙に記入していくんですね?」
「ふっふっふ、お客様は聡明でいらっしゃる。はい、アンケートを元に当店のオーナーが女の子型のホムンクルスと人造の魂を作成いたします。魂を植え付けられたホムンクルスが指定された時間にご希望の場所に伺って、お客様のご要望に全てお応えする次第です」
童貞にはパラダイスすぎるシステムだ。
特に先ほどの地獄の様な合コンを味わってしまえば、このギャップはエデンと言っても言い過ぎではないだろう。
アンケート用紙に自分の欲望を書き進めていく。
自分が望むことが実現するなんて、それだけで心が躍ると言うものだ。移住してファンタジー感をカケラも感じなかったけど、ここに来てネクロマンサーにホムンクルスの存在を知る。
俺の心は筆記のリズムと同様に踊っていた。
「……希望の女の子は知り合いとかを参考にしていいんですか? 個人情報の扱いとか……ねえ?」
「問題ございません。お客様のお知り合いにソックリなだけのホムンクルスですから」
「LGBTとかダイバーシティみたいな倫理団体の対応は大丈夫ですか? あ、別に俺にその趣味がある訳じゃないんですけどね、昨今は何かと煩いので」
「問題ございません。ホムンクルスですから性別なんて元からございませんので」
ドンドンとゲスな発想が俺の頭を満たしていく。
ブラック企業勤めで溜まった鬱憤をここぞとばかりに晴らしてやろうと、最低な確認ばかり口にするけど黒服の人はドン引きなんて1ミリもすることなく対応してくれるのだ。
俺の質問に心配は無いと言葉を返してくれる。
「当店はストレスが溜まりやすい都会暮らしのオアシスを目指しております」
「最高」
「お客様は泣いていらっしゃる? どうやらお客様の歩んで来られた人生は私などが思い付きもしない様な苦難の連続だった様ですね」
「せっかくだし俺の好みを全て叶えちゃおうっかな」
「小柄な女性がお好みですか、茶髪ロングヘアーで髪は無造作にまとめる、つまり地味っ子系美少女ですね? お客様のストライクゾーンは一般より狭いご様子で」
「オフィスラブとか夢だったしコスチュームはリクルートスーツでお願いします」
黒服は俺のアンケート内容に視線を落として呟いていた。
自分の趣味に改めて客観的に感想を言われると、どうも照れ臭い。しかし俺はブラック企業勤めが長かったせいか、仕事に疲れ切った女性が好みになってしまったのだ。
三日連続で職場に泊まり込んだくらいの女性が放つ仕事臭が堪りません!
正気を失って淡々とデスクで仕事を熟す姿にそそられてしまう。
女の子が長時間座って汗臭くなったビニールのパイプ椅子とか臭いを想像しただけで興奮します!
職場では口が裂けても言えない、幾らブラック企業でもセクハラは大問題になる。せっかく知り合いのいない異世界に移住したのだから、これまでできなかったことをしたい。
男のロマンは異世界でこそ叶う。
世界の見てくれはコンクリートジャングルでファンタジー感は薄めだったけど、それでもまだ諦めるタイミングでは無いのだ。
そもそもネクロマンサーとかホムンクルスなんてファンタジーの第一歩ではないか。
気が付けば俺は力強く拳を握りしめていた。
「……お客様?」
「はい?」
「お客様のご趣向、既に叶っていませんか?」
黒服の言葉にピタッと俺の手が止まる。
今度はグイッと距離を詰めて、目の前の男は俺の目を覗き込んでくるのだ。元々サービスも店内も怪しくて、黒服の雰囲気は怪しさが増していく。
その中で初対面の男は言うのだ、俺の欲望は既に叶っていると。
それでも叶っていたら、この手のサービスを提供する店とは言え、恥を掻いてまで望まないだろうと俺は不満の色を見せる。
「何を根拠にそんなことを?」
「当店のオーナーは元クエスターなのです。そのオーナーが初めてパーティーを組んで長期で泊まり込みのクエストを取り組んだ時のことなのですが、その際に下半身に色々と溜まってしまった様で」
「はあ」
「我慢できず下半身の息子が爆発したオーナーは同伴した女性クエスターにちょっかいをかけてまして、それでボッコボコにされたと伺いました。下半身を剣でちょん切られそうになったとも」
ここのオーナーは最低だな。
「それが何か?」
「ですので当店のアンケート用紙には本音を書いて頂きたい、オーナーは実体験から色々と溜まった若いクエスターの苦しみを理解されているのです。真剣にお客様の本音を知り、叶えて差し上げたと言う想いで用紙に独自の技術を細工をしております。お客様が嘘を書いたり、既に心が満たされている方が何かを書くと紙が変色するのです」
暗闇で分かりづらいが、良く見ると用紙は薄く青味が帯びていた。
俺の要望に嘘はない。
徹夜仕事のしすぎで少し汗臭くなった女性が大好きなのだ、ストレス発散にと居酒屋でクダをまくくらいが丁度いい。グデングデンに酔っ払って千鳥足で歩いてくれれば尚よし。
酒乱が嫌いだけど、相手が小柄なら俺の性癖が許すはずだ。
タクシーを呼んで居酒屋から家まで送ってあげるとか最高のシチュエーションだ、やっぱり俺の願望は叶ってはいない。
嘘を吐くな、俺は黒幕を僅かに睨み付ける。
「心当たりがありません。エラーが発生したとか無いんですか?」
「オーナーも重度のロリコンですから、お客様の様な同じ性癖持ちで間違えが発生するはずが無いんですが」
黒服は俺の問いかけに、
「はて?」
と訝しげに首を傾げる。
この店の店員は対応は丁寧だけど、自然な流れでお客を貶めてくる。このスペースがパテーションで区切られているとは言え、店員の声は周囲に聞かれてしまう音量だ。
異世界移住から初日で悪評が立つとか最悪だ。
お店に俺たち以外の客がいなかったことは救いとしか言いようがない。
「でも俺って女の子と付き合った経験ありませんよ?」
「童貞ですか……、そうなるとお客様の言い分はごもっとも」
この黒服は失礼なことを平然と言い放つ。
顎に手を当てて考え込んだ仕草のまま、何かを思い付いた様子で言葉を続けてきた。
「ロリっ子の幼馴染とかいませんか? 若しくはお客様ご自身が無自覚のハーレム体質とか」
「いませんよ。今日初めて参加した合コンで失敗してるんですよ?」
「では、その合コンにロリっ子がいたとか」
……一人だけ該当する人物がいた。
指摘されて一人のアラフォーが脳裏に浮かび上がってきた。
言われてみたら確かに見た目だけは俺の理想とピッタリ合致する。頭の中で酒を煽ってグデングデンに酔っ払うセイカの真っ赤な顔がこびり付いて離れない。
同時に俺の顔が絶望で真っ青に染まっていく。
俺の顔色でそれを察したのか黒服は、
「ご愁傷様です」
と直角に頭を下げる。丁寧な姿勢が逆に俺の絶望を黒く染め上げていった。
そして、何処からともなくリーたちの歓喜の声が俺の耳に届く。
アッチはアッチで楽しくやってるのだろう、ウヒョーとかウッキャーなど彼らの喜ぶ顔が容易に想像が付きそうな歓喜の奇声だ。
すると黒服は頭の位置を固定したまま、
「当店のサービスはお席でもお楽しみ頂けますので」
と言い放つ。
嘘だろ?
俺だけが、この素晴らしいシステムを楽しめないのか?
パラダイスで地獄の業火を一身に受け止めた気分だ。セイカとの出会いが、こんなところでも足を引っ張るとは誰も思わないだろう。
「お客様、別室でお連れの方をお待ちになられますか?」
「ロリっ子を殺したら無効になりますか?」
「落ち着きましょう。奥の部屋で美味しいお茶をお出ししますので」
黒服はエレガントな仕草で奥の部屋へと案内してくれた。俺は疲れ切ったゴリラの如く、大きく両肩を落としてトボトボと歩き出した。
セイカのせいで合コンは散々で、反省会代わりのこの店でまともにサービスを受けることさえままならない。
絶望と殺意がブレンドされると呼吸さえ忘れてしまうのだと初めて知った。
憐れんでくれたのか黒服の人が俺に酸素スプレーを手渡してくれたことが救いだった。
この後、この店のサービスを堪能したリーたちが幸せそうな顔で俺の待つ部屋に入ってくるのだが、真っ白な灰になって椅子に座り続ける俺を見て、
「そんなに激しいプレイだったのか?」
と下からソーッと俺を覗き込んでくるのだった。
本気でセイカをどうにかしないとダメだ。
魔力メーターを契約したら、アイツの対処を考えよう。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
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