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異世界の結婚感覚

「おにいちゃん、おようふくありがとうございます」

「アイリスちゃん早速着てくれたんだ」



 屋敷の外に出るとアイリスが走り寄ってきてくれた。

 トテトテと子供らしく元気な足取りで彼女は満面の笑みを浮かべてお礼を口にする、素直で純粋な駆け引きゼロのお礼に思わず涙がこぼれ落ちそうだった。


 ここ最近で久しぶりに耳にした感謝の言葉が五歳児のものとは、大人は何をやっているのだと言いたくなってしまう。



「芝崎お兄ちゃん! 遂に結婚ですよ!」

「年上にお兄ちゃんって呼ばれると死にたくなるしトラウマの上書きが……」

「義理の妹ですから! もう一人の婚約者はあっちでタバコ休憩中です、先に私とリハーサルしましょう!!」

「……俺って何処でセイカさんの好感度を上げちゃったんだろう」



 そもそも新婦が喫煙中とは何とも夢の無い話で。



「芝崎君、結婚おめでとう」

「あ、トメさん。来てくれたんだ」



 瓦解する夢の中にトメさんが姿を現した。

 今日の結婚式に魔王が勝手に俺の知り合いを招待したらしい。トメさんはニコニコと、とても嬉しそうな顔で俺に声をかけてくる。この人は俺の本意など知らないから素直に祝福してくれているのだろう。


 実の孫の結婚式にでも参加するかの如く涙を滲ませるトメさんの笑顔に俺の荒んだ心が洗い落とされていく。


 唯一気掛かりがあるとすれば、

「どうしてトメさんがオキナの爺さんが持ち込んだウェディングドレスを着てるの?」

「さっきズンダちゃんに貰ったんだよ。これを着て参加してくれって」

「……あんの野郎」



 寄りにもよってトメさんの手に渡った伝説のウェディングドレス。


 トメさんにはむしろ死装束だろ、と失礼極まりない本音が生まれたことは伏せるしかない。ズンダに殺されるのは確実な上に、トメさんの偽りの無い笑顔の前には本音を言えば自分の吐いた毒にすら罪悪感で死んでしまう。


 七十五歳はウェディングドレスを着込んで五歳児はタキシード姿、あまりにも現実味のない光景に俺は怒りの向け先が分からなくなる。


 その全てを手配したズンダはセッセと汗だくになって結婚式の準備を進めている。


 置いてけぼりを喰らった気持ちになって俺はボケーッと佇むしかなかった。ここまで新郎の気持ちが無視される結婚式が有るのだと、ゴリラみたいにガックリと肩を落として隅の住民になるだけだった。



「だ・ん・な・さ・ま」

「ヤニ臭っ」



 そんな孤独に塗れた俺に後ろから声がかかる。

 フーッと耳に息を吹きかけて俺を旦那様と呼ぶ声の主はティアラだった。タバコ休憩から戻ったのだろう、彼女は俺の毒など無効化する様な毒々しい空気を振り撒いて登場した。


 遂にこの時が来てしまった。


 セイカの方がまだマシと感じさせる彼女の存在感は恐ろしい。七色のロングヘアーを靡かせて以前にも増して絡み方が面倒くさく感じてしまう。


 彼女は俺の肩にタバコを持った手を回して、

「敷地内に喫煙スペース作ってよお〜」

と新婦らしからぬ要望を口にする。


 コーヒーの缶を灰皿の代わりに姿はオッサンのそれだ。



「合コンの時はタバコ吸ってなかったよね?」

「私い〜分煙派なのよねえ〜。それから〜、いい加減に私と連絡先を交換してくれな〜い? もう一人の奥さんとは交換したんでしょ〜?」

「検討しときます」



 元気いっぱいに空回りする一回り半年上のセイカとネットリと脂っぽく絡み付くティアラ。合コンでゲットした結婚相手の極端すぎる接し方は悩みどころだ。


 セイカとの差を主張するティアラ。

 彼女の接し方はとても新郎に対するものではない。その彼女に限界ギリギリのところで、そう返すのが精一杯だった。


 ティアラは言うだけ言うと、

「よろしく〜」

とだけ残して再びタバコを口に咥えて去っていった。


 こんな新婚生活は嫌だ。

 

 本人も知り得ないところで地獄は一丁目から二丁目へと区画整理されていたのだ。



「グハハハハハ! 芝崎翔太あ、貴様もティアラの面倒くささがクセになって来たであろう!?」

「あ、魔王」

「魔王は貴様であろう、我のことは大御所と呼べと言ったはずだ! グハハハハハハハ!!」



 そしてサラリと登場する魔王ばか


 彼はリハーサルに向かったセイカに付き添っていたはずが、いつの間にか俺の後ろに立っていた。口を開けば高笑いする彼は、それだけで存在に気付けてしまう。


 お決まりの魔王ポーズを携えてティアラが去った微妙な空気の中で俺に話しかけてきた。



「大御所さ、やっぱり重婚は誠意に欠けるよ」

「ならば貴様はどっちが良いのだ!? ハッキリとせい、ノベナアーツとティアラの何方かを選んでしまえ!! 今のこの場で!」

「……うーーーーーー……ん? ……消去法でも答えが出せない」

「グハハハハハハ! そうであろうそうであろう、結局は貴様も何方も捨て難いのであろう!?」



 ご機嫌な様子で大御所のーてんきは高々と笑いを込み上げる。

 もはや俺も気付いてはいる、この大御所のーてんきの説得は不可能だと流石に気付かされた。今、階段を一歩上がった感覚を覚えた。


 ギロチン台に登った感覚だ。


 俺はもう逃げられない、自身にとっては地獄どころの騒ぎでは無かったのだと自身を取り巻く状況に改めて気付かされてしまった。結婚と言う名の谷底へ落下していく気がした。


 急に吐き気を覚えて、

「離婚、……そうだよ。結婚前に離婚届を準備しておけばいいんだ」

と追い詰められ過ぎて突然解決策が浮上する。


 大御所の前で漏らしてしまったことだけが失敗だったと咄嗟に手で口を塞ぐ。


 実の姪っ子が計画的に離婚されたとあっては、この大御所なら大暴れしかねない。誰もが納得する理由を突き付けて自然と別れないといけないはずだ。


 今回ばかりは完璧すぎる失態に俺は表情を大きく歪めてしまった。



「リコン? リコントドケとはなんだ?」

「へ?」

「初めて聞いた言葉だな、貴様の故郷特有の訛りか!? グハハハハハハ!」



 この世界には離婚の概念そのものが無いらしい。


 大御所の反応で、それが感じ取れてしまった。名案が思い浮かんだと一瞬だけ救われたと感じた気分は台無しになってしまった。


 それでも藁にもすがる思いで、

「あのさ、質問なんだけど仮にだよ? もし仮に夫婦仲が悪くなったら一般的には

どうなるの?」

と饒舌で大御所へ質問をぶつけていた。



「グハハハハハハ! ……聞きたいか?」

「……どうしてそこで溜めるの?」

「人間社会では夫婦諸共激しい拷問にかけられて八つ裂きの刑に処されるそうだ、グハハハ! 首都では特に取締りが厳しいと言うぞ。ほれ」



 簡単にそう言って大御所は一枚のチラシを俺に差し出す。


 そこには敬礼のポーズを取ったリクルートスーツ姿のセイカが居て、大きく真っ赤な文字が印刷されているのだ。日本でよく見る選挙ポスターによく似ている。


 プルプルと腕を振るわせながら、

「……冷め切った夫婦仲、成敗いたします?」

と俺が鼻水を垂らして大御所に話を振ると、

「人間の世界ではノベナアーツは首都知事と言う肩書きだ! グハハハハ!」

と冗談にも程がある事実を大御所は暴露するのだ。



 誰か前もって教えてくれよ。



 首都知事と言うことはセイカはこの国の総理大臣の様な立場と言うことになる。これには諦めるしかない、全身から力と言う力が全て溢れ出して俺は背中から倒れ込んでしまった。



 目に入る陽射しが眩い。


 太陽すらも俺を責めるのだ、もっと考えて行動しろと陽の光に声をかけられた気がする。



「……つまりセイカさんは首都知事になって公約を果たしたと?」

「グハハハハハハハ、その方が色々と動き易かろう!? 貴様らが兄妹となる際、戸籍をイジるだけの権限をノベナアーツが持ち得た根拠はそれよ!!」



 こうして俺は魔王として異世界に君臨するだけに留まらず、人間社会のファーストレディーならぬファーストジェントルメンとなってしまった。魔王のコネクションで二代種族のセイレーン、サキュバスとも関係を築いて自分でも知らない間に絶対的な存在となっていた。


 遠くでセイカが元気いっぱいに手を振る姿が見える。


 法律的にも立場的にも雁字搦めとなった俺は、そのまま血反吐を吐いて気を失っていくのだった。早く結婚式のリハーサルがしたいと急くセイカは信じ難い身体能力で距離を一瞬で詰めたかと思えばズルズルと引き摺って俺を結婚会場へと運び出す。



「あ、それ。リハーサルリハーサル」

「……セイカさん、スキップしながら引き摺らないで」



 姪っ子の漏らす鼻歌混じりの光景に気分を良くした大御所の笑い声が周囲に響き渡っていた。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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