懲りない
「芝崎様にお目通りしてえって輩が来てんぞ?」
リーゼントを揺らしたリーが俺に話しかけてくる。
「誰?」
「オキナっつうしょぼくれた武器屋の爺さんだ、どうすんだよ」
「うーん、あの爺さんは俺が相手しないと他の人に迷惑がかかるんだよなあ」
「んじゃ謁見すんだな」
そう言い残すと彼は部屋からで姿を消す。
ここは俺の屋敷。
今や俺は世間で魔王と認知されて、その屋敷は名実共に魔王城と呼ばれている。時折、オキナの様に俺へ挨拶したいと言う人間がやって来ては謁見を繰り返す日々だ。
リーは何故か俺の側近に落ち着いて、毎日雑務を取り仕切ってくれている。
先代魔王から正式に魔王を継承してから随分と時が経過した。
俺の日常もガラリと変化して合コンへの参加すらままならないのだ。魔王から強引に仕事を引き継がされてから今日まで、俺は激務のせいで自由に屋敷の外へ出かけることも叶わない。
一介のクエスターだった頃が懐かしい。
ブラック企業のSEだった頃よりも多忙を極める現状は間違いなく三六協定違反だ。
「翔太……じゃなくて芝崎様、この書類にサインが欲しいっぺよ」
「翔太で良いよ。今日は書類が一段と高いなあ」
「んだ、高さにして五メートルだべ。新記録だっぺよ」
「ズンダも良く持ち運べるね?」
書類の量を高さで表現するのは如何なものかと考えるも、運んでくれたズンダに悪いと思ってツッコミを思い留まった。
ズンダもまたリーと同じく何故か魔王の秘書に落ち着いて今に至る。因みにメボタは未だ世界樹の幹に頭から突き刺さったままだ、事件後に彼を引き抜こうと大人数人がかりで引っ張ったが微動だにしなかった。
メボタは世界樹の一部となってスクスクと成長を遂げている。
「……て言う結末ならどれほど平和だったか」
「翔太園長! おはようでゲス!」
噂をすれば影。
耳障りな音を立てて部屋の外側からノックの一つも無いまま扉が開いた。
そこにあるものは仁王立ちのメボタの姿。俺を園長と呼ぶ彼はエプロン姿で俺たちの雑談の中に乱入してくるのだ。
この状況に至った経緯はこうだ。
実は手広く事業を展開していた魔王、その彼の継承者となった俺は事業全てを引き継ぐことになり、その内の一つが幼稚園だったのだ。
メボタは俺が受け継いだ幼稚園に就職した訳だ。動機は確認するまでもない、借金まみれの彼は一石二鳥と踏んで堂々と己の欲望を満たす毎日を過ごしていた。
メボタが突然転職だと騒ぎ出した時はズンダは呆れて真面目なリーに至ってはリーゼントから湯気を立てながら酷くご立腹な様子だった。
「翔太、やっぱりメボタの採用は失敗だと思うべさ。問題が起こってからじゃ遅いんだっぺよ?」
「ま、まあちょっと過保護な先生と思えば何とか……」
「爽やかな朝でゲス! 今日も一日元気におはようございまーーーーすでゲス!」
煩い。
あまりの煩さに俺とズンダは堪らず耳を塞いでしまう。
「モンピアさんに殺されないでよね」
「アイリスちゃんは俺が守るでゲス!」
本当に何だったのだろう?
風の様に颯爽と現れて、メボタは荒らしの如く去っていった。部屋に残されたものは微妙な空気。
俺とズンダはメボタの登場を無かったことにしてすべく咳で仕切り直す。
「んんっ! ズンダ、老人ホームの修繕計画は順調?」
「無問題だべ。仮設住宅だったべか、翔太のアイデアが良かったおかげで今のところ目立った不満は出てないっぺさ。入居者の一時退避は順調だっぺ」
「……何と言うか」
ヒラリと一枚の書類が舞い落ちて拾い上げる。そこに書かれた内容をゲッソリとした表情で眺める俺にズンダもまた引き攣った顔を向けてくる。
ズンダも俺と想いは同じな訳で。
「魔王の事業展開って手広すぎるべさ。幼稚園に老人ホーム経営、居酒屋に街の警備隊への出資まで……凄すぎるべ」
「魔王ホールディングスかよ。頼むから判子で腱鞘炎になっちゃうからワークフローにしてくれよ……」
「クエスト斡旋所も魔王の出資だべよ」
「魔王討伐のクエストが掲示板に張り出されてた記憶が有るんだけど……」
シーンと沈黙が落ちる。
自分自身の討伐を自分自身で了承する、結局のところ魔王は考えなしだと理解してツッコむ事自体が火傷だと己の中に落とし込む。
静寂は耐えられませんと、
「そ、それは魔王の強さを考えれば当然だっぺよ」
とズンダは言う。
結局のところ、それは魔王とハサミは使いようを意味する訳で。
そこからしばし無言が続いて俺もズンダも頭を抱えてしまうのは致し方ない。
「翔太、オキナの爺さんを連れて来たわ」
その静寂も来訪者の登場で終わりを告げる。俺とズンダは爺さんと言う爆弾の登場に嫌気が差すも俺がこの世界に馴染めたのもオキナのお陰とも言えなくもない。
一定の感謝を示して自然と笑顔で迎える。
「爺さんも元気そうじゃないか」
「芝崎君は魔王を継承して大変じゃのう、ゲッソリとヤツレとるぞ?」
「そう思うなら少しは自粛してよ」
「今日は君のために伝説のタキシードとウェディングドレスを持参したんじゃよ、相変わらずつれないのう」
伝説はもう懲りごりだ。
これまでの経験を背景に本心から出たため息は俺の部屋の隅々に浸透する。大して広くもない全面木製の寝室はオキナの登場で途端に空気が緩みだす。
本当にマイペースな爺さんだ。
オキナは一切悪びれる様子もなく魔王となった俺に度々出張販売で伝説の武具やらアイテムやらをを売り付けに来るのだ。
それでも悪い人物ではない。
今も今で結婚式を控えた俺を想って祝いの品を持参してくれる。感謝に僅かな恨みを頭の中で均一にブレンドさせて、
「……爺さん、俺が魔王になっちゃった最大の原因は理解してる?」
とジト目を向ける。
肝心のオキナは首を傾げて、
「……若気の至り?」
と一瞬だけ考え込んだ後に零点の解答を提出するのだ。
これにはズンダも同情から固まってしまった。
「ズンダ、悪いけど爺さんの持ち込みを適当な価格で買い上げて倍の値段で転売してくれる?」
「このタキシード、七五三用だべ。ほら、半ズボンだべから」
「……子供用の伝説」
「世の中に流出させると危険だっぺな」
「防犯用にアイリスちゃんに渡してくれる?」
直に触って初めて発覚した珍事。
その手に小柄なタキシードを持ち上げて顔を引き攣らせるズンダへ何とかかけた言葉がそれだった。半ズボンなどいい年の大人が着るには攻めすぎのセンスだ。
これを着て結婚式など挙げたら俺は確実に笑われ者になってしまう。
「メボタ対策か、発想としては悪くねえんじゃねえの? 爺さんもそろそろ良いだろ、翔太は忙しいんだからよ」
「もっと話し相手になってくれてもええんじゃないかい?」
「魔王は魔を統べる王なんよ、介護は専門家に頼んでくれや」
しょぼくれて肩を落とすオキナにリーは肩に手を置いて言い切った。魔を統べたいと思ったことは無いが、リーの意見は至極ご尤もな訳で。
オキナも話し相手欲しさに魔王のところまで通うなよ。と、言いたい声を何とか押し殺してリーに誘導されて部屋を後にするオキナの後ろ姿を見守った。
それでも仕事は山ほど残ってる。
それは見れば一目瞭然なのだ、しかし目の前にタワーの如く積まれた書類に辟易とする俺にズンダは申し訳無さそうに口を開いた。
「翔太、この後は婚約者たちと結婚式の打ち合わせだっぺ」
「……優先順位は?」
「先代魔王が暴動を起こさなければ俺は何も言わねえだ」
結局、自分のことは自分で判断しろと釘を刺されてしまう。
リーもサッパリしすぎだろ。
早く出ろとリーはドアの脇に佇んで強い視線で俺に行動を促していた。俺の側近は魔王に厳しいらしく、容赦なくケツを叩いてくる性格だった様で。
あまりの迫力に気圧されて、
「リーさあ、言いたいことは態度じゃなくて言葉で伝えてよ」
と反論すると、
「ズンダに気ぃ遣わせてんじゃねえよ」
などと言葉を返されては従う他に結論はない。
髪型そのままの風格と真面目な性格のリーは普段通りの口調で人を威嚇できてしまう、彼の纏うオーラは俺の魔王オーラすらも凌駕するのだ。
「……結婚は人生に終着駅って魔王が言ってたけど、地獄も一丁目じゃないか」
俺は促されるまま、地獄の門を潜る覚悟を渋々決め重い腰を上げるのだった。
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