童話の世界のペット聖剣はセイレーンが大嫌い
「吾輩は聖剣也! 例え大半の生命力を失おうとも貴様如きガキに遅れは取らぬ!!」
決死の覚悟で聖剣は急降下を開始した。
拳銃から放たれた溜め撃ちに真正面から飛び込んでくる、アホはアホなりに狭義がある様で正々堂々と挑む姿勢を絶対に崩さないのだ。邪神身代の名の通り激しく荒ぶった姿は見ているこっちが気圧されてしまう。
聖剣は物理的にも銃弾を押し込む。
彼の突進は俺の放った銃弾と拮抗して一進一退の様相を除かせていた。
「これさ、ここまでの流れを知らない人が見たら間違い無く俺は悪役だと思うよね?」
「グハハ! 赤の他人がどう思うかなど関係無いわ、我は魔王ぞ!? そして貴様はノベナアーツの夫として魔王を継承する者!!」
魔王は俺を逃す気はないらしい。
俺に対してセイカとの結婚を今度こそ忘れていないと入念に念を押す。魔王は元々空気なんて読む様な性格ではないからこそこの状況で俺のモチベーションをグイグイと無心でへし折ってくるのだ。
俺の人生をたった一言で追い込める男はこの魔王だけだ。
「魔王も少しは応援してくれってば」
「貴様を結婚と言う名の人生の終着駅へ道案内してくれるぞ、グハハハハハ!」
この男の言葉は石化した俺にピシッと亀裂を刻み込んでくる。
聖剣が少しずつ俺の溜め撃ちを押し込むピンチの中で豪快に笑い飛ばす魔王、彼は充分に理解して空気を読んでいませんと宣言した訳だ。
本当にふざけるなよ?
チャリーンチャリーンチャリーン。
魔王の相手は時間の無駄。
そう割り切って俺は意識を聖剣に戻す。
追撃しないと間違いなく押し切られると銃口からフォローの弾幕を張った、そのおかげで僅かに押し込む勢いは減速するも聖剣は衰えを見せず少しずつ確実に迫っていた。
絶体絶命のピンチは最早目の前で、
「聖剣の面影がカケラも感じないよ」
とボヤくと隣の魔王が即座に、
「我が貴様に伝授した正拳突きは元々ヤンチャで人間の村々に悪事を働いたあの聖剣を懲らしめる為に遥か昔、編み出したものなのだ! つまり聖剣は童話の世界の悪者、貴様もいい加減よく分からん価値観は捨てた方が身のためだぞ!? グハハ!」
と言って俺の士気を更に落とす。
思わずガックリと膝をついて肩がリーたちのいる地面まで落下した心地に落ち入った。鈍器で後頭部を殴られた様な、そんな衝撃を受けて魔王が高笑いする横で俺は子供の落書きみたいな表情を晒してしまった。
「……聖剣のくせに童話の世界でヤンチャするなよ」
「古代より聖剣と呼ばれた吾輩で鰹節を削った恨みは絶対に忘れんぞ! あの人間、オキナと呼ばれておった人間だけは許せん!」
「またお前か……」
「許さんぞおおおーーーーーー!! 一昔前、共に旅をした勇者パーティだけは吾輩と一緒にお風呂に入ったり添い寝してくれたから許すが、それ以外の人間の尽くにオキナへの恨みをぶつけてやるうううーーーー!!」
「飼い犬かよ」
「グハハハ! 芝崎翔太よ、油断が過ぎると押し切られるぞ!?」
魔王の言う通りだった。
既に数十センチのところまで聖剣が接近していた。ここまで来ると押し返せないまでも銃弾が聖剣の表情を歪ませているような気がした。
あくまで気がしたと言うレベルではあるが魔王の言う通り聖剣が弱まっているのは間違いない。
それでも聖剣を退けることは叶わない。
強引に力押しで俺を押し切れるだけの力の差が当初の俺と聖剣には有ったのだろう。拒絶のため、数え切れない銃弾の嵐を撃ち続けても少しずつ確実に聖剣は俺との距離を詰めていた。
もう逃げる場所すら俺には残されていない。
誰も助けてなどくれない、リーとズンダは恐怖で足が竦んで動けない様子だった。
人生の終わりを告げられた想いから、
「せめて一度くらいは女の子と付き合いたかったなあ」
と愚痴が零れてしまう。
しかし、そんな俺の愚痴を一人の男が拾い上げた。
隣で豪快に笑って何処ぞのスポーツ漫画みたいに
「グハハハ! 諦めるとは情けない!」
と唾を撒き散らして俺に根性を注入しようとするのだ。
「魔王は俺を助けてくれないんでしょ?」
「貴様は次代の魔王、その程度は己の手で何とせよと言っておるのだ! 代々受け継がれてきた歴代魔王の残した全てを我から継承されし男だ!! その力、使わずして敗北を受け入れるとは笑止千万、グハハハ!!」
「……ん? 魔王としての力?」
「豪快に笑え! そして胸を張り腕を組んで堂々とせよ! 魔王の真髄は豪快な笑いで周囲から自然の力を取り込んで魔王ポーズをもって体内に留めることだ!!」
絶体絶命の俺に起死回生の提案。
魔王は自身の戦闘スタイルは取り込んだ力を爆発させることが真髄だと力説する。突然の話にポカンと口を開くだけの俺に、そうすれば聖剣を退けられると断言するのだ。
つまり魔王の高笑いは意味があったと。
正に九死に一生を得た、万事休すの場面に差し伸べられた感覚を覚えた瞬間だった。
それでも、目の前に聖剣が刻一刻と迫り来る中で、
「だが断る」
と考えに考えた結果を叩き付けた。
誰があんなバカ丸出しを率先して受け入れるだろうか?
俺は受け入れない、この期に及んでも俺は魔王の素晴らしい提案に待ったをかけて足を伸ばして彼との距離を一定に保った。
「何故だ!? のど飴ならば我が持っておるぞ!?」
「……魔王も無理してたんだ。別に笑いすぎの声枯れとかがお断りの原因じゃないから」
魔王の表情には信じられないと言う感情がベッタリと貼り付いていた。俺が断ると思わなかったのだろう、驚いた様子でグイグイと距離を詰めてくる。
大声で俺に唾を吐き散らかしてくる。
俺の予防策などお構いなしに聖剣以上に詰め寄ってくるのだ。
「では何故だ!? 貴様、このままでは死んでしまうのだぞ!? 死んでは合コンどころではあるまい!!」
「だってカッコ悪いじゃないか」
「貴様あ!! 我が戦闘スタイルをカッコ悪いと吐き捨てるのかあ!? 我が甥っ子ともあろう男が物事を見た目だけで判断するとは見損なったぞおーーー!!」
「確かに魔王様の振る舞いはバカ丸出しですわよねえ。如何に殿方とは言え見た目は重要ですわ」
「ティティアラーーーー! 貴様ああーーーーーーーー!!」
俺たちの会話に何処からともなく割り込んできたティティアラ。
彼女は本音をサラリと漏らす。
その一言に珍しく怒りを露わにした魔王が歩み寄って怒鳴り散らす、彼は自分の戦闘スタイルを心底気に入っていた様子で、まるでヤクザの如く支配下にあるはずの彼女を咎めるも、肝心の種族の族長はどこ吹く風とばかりに遇らう仕草で応じる。
俺は俺で納得のあまりウンウンと深く頷くのみ。
「吾輩はセイレーンは大っ嫌いなのだ! 邪魔だからとっとと失せよ!!」
「……今なんと仰いました?」
突然、風向きが変わりだす。
聖剣が俺の銃弾を跳ね返そうと躍起になる中で何の前触れも無くティティアラを邪魔だと罵り出した。
彼が言うには、
「吾輩と時間を共にした勇者パーティはサキュバスだった、彼らと敵対した種族など下等以外に表現のしようがあるまい!!」
とのことで。
面と向かって毛嫌いされれば誰であろうと気分を害するものだ。
ティティアラは一気に激昂して、
「我が種族をコケにした報い、その身を滅ぼされて後悔しながら死になさい!!」
と怒りで鬼の形相に変貌を遂げた。
彼女は手のひらを空に向けて最早お得意となった本日三度目の光の球を作り上げてしまった。今回も球の大きさは先ほどよりも明らかに巨大だ。怒りをたったの一言で全身に溜め込んだティティアラは爆発寸前だった。
対応を間違えれば直ぐにでも超巨大な光の球を放つだろう。
またしてもティティアラが超巨大なアフロヘアーに見えてしまう。
もう俺の手に負えません。
「まあ、元々手に負えないんだけどね」
「グハハ、何をブツブツと言っとるのだ! そんなことだから貴様はいつまで経っても童貞なのだ!!」
魔王のくせに煩いな。
正論過ぎて反論すらできない。
だが、こうして聖剣の意識は完全にティティアラに向くこととなった。魔王が二人のやり取りを高笑いで傍観する最中、収集どころかドンドンと深刻化する状況に頭痛と吐き気を覚えるのだった。
「おうえ、また吐きそう」
「トイレはもう良いのか!? グハハハハハハ!!」
「尿意はもう忘れた」
コロコロと変化する状況にビッショリと汗をかいてしまった。憤怒に燃えた聖剣とティティアラはいつの間には俺の尿意すら蒸発してしまっていた。
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