魔王と書いてバカと読む世界
ティティアラは恐ろしく強い。
背中に生やした翼を一回だけバサッと羽ばたかせ、彼女高速飛行の体勢に姿勢を変えてから突撃をかける。その動きは文字通り風の如く、彼女の動きは俺の目で追えるものでは無かった。
回避など不可能だと一瞬で悟った。
回避が無理なら防御しかあるまいと、俺は盾を構えてティティアラの攻撃に備える。すると今度はティティアラの方が俺に触れない様にと、飛行の軌道を変えて離れていく。
彼女は俺の頭上を取れる位置でピタリと止まって、
「間封じの盾は厄介極まりないですわ」
と僅かに悔しさを滲ませていた。
「セイレーンは魔王のおかげで世界樹の癒しの力に対抗できてるんだよね?」
「魔王は完全なる光属性ですので。闇属性のセイレーンは魔王の光属性の恩恵を受けて、ようやく世界樹に触れることができるのです」
魔王が……光属性?
そんなアベコベを自然に受け入れてしまうこの世界は狂っている、そんな狂った世界観は俺の悩みなど足蹴にして無音のまま加速し続ける。
「間封じは癒しよりも上位の光属性だからなあ、我の力を持ってしても相殺は不可能! 闇属性のセイレーンは一度でも触れようものならば一瞬で消滅するだろう、グハハハハハ!!」
魔王曰く、俺の盾はセイレーンと言う種族全ての弱点らしい。
ティティアラは少しだけ考え込む様子を見せて、現状を打破する方法の思案に耽る。目を瞑り腕を組んで何度か姿勢を変えながら、何とかいい案を振り絞ろうと彼女は眉間に皺を寄せる。
元から皺はあると言いかけたが、本当に言えば殺されそうだから言えない。
口が裂けても言うまいと俺が決意して口を塞ぐと、時を同じくしてティティアラは一つ無言のまま頷いて目を開けた。
初見に感じたマフィア感は今のティティアラには感じなかった。
にも関わらず彼女は何処となく可愛げを覗かせてはいるものの、
「直に触れなければいいだけですわ」
と空中でありながら何処からともなく巨大な岩を取り出した。
実年齢を度外視する美しい外見とは正反対にティティアラはニッコリと優雅に微笑んで確実に敵を殺せる方法を選択してくるのだ。これには俺も梅干しを口に放り込んだ様な、そんな微妙な表情を浮かばせて立ち尽くしてしまった。
そしてトドメとばかりに彼女は二個目の岩を軽々と持ち上げる。
空気を読まない魔王は、
「グハハハハハハハハ!! 素晴らしい、我は貴様を初めて見直したぞおおおーーーー!! 容赦無く娘と自分の婚約者を殺す姿勢は我の好むところだあああ!!」
と高揚を見せて激しく両手を叩く。
魔王とセイレーンの族長、何方が俺にとって味方なのか。
衝撃的な二人の振る舞いに呼吸困難に陥った俺は一人アタフタと混乱を深めていく。
「……あ、俺って完全耐性が有ったんだった」
「無駄ですわあ。この岩、私が特注したトゲトゲ付きですので。隙間にブスッと刺さって芝崎様のお汁がブシャーッと噴射しますの♡」
「オーマイガー……」
「あ、そ〜れ。ト〜スからのおおお……アタッ〜クうううーーーーーー!! 死に晒せえええええええーーーーーー!!」
「勘弁してくれよおおおーーーーーーー!!」
ティティアラは至って優雅に岩を頭上に浮かせた。
あまりにも優雅すぎて俺は一瞬だけ油断をするも、それが間違いだった。彼女は突如ギラリと眼光を鋭く光らせて鬼の形相を覗かせた。
そして恐ろしい速度で落下する巨大な岩を全力で叩く。
所謂バレーボールのワンツーアタックのそれだ。一人で時間差攻撃と言う高度なテクニックをまで織り交ぜるのだ。
俺は絶叫して防御すら忘れてしまった。
「東洋の魔女かよ!! セイレーンは何処に行ったのおおおーーーーーーーーー!!」
「ホホホホホホ! 敵に塩なんて贈りませんわよおおおーーーー!!」
「ぎゃーーーーーーーー!! 死ぬうううーーーーーーー!!」
もはや防御どころか自分すらも忘れてしまう。
他人からは感情が薄いと言われ、この世界でもオキナにも指摘されたことだ。大声を出すのさえ珍しい、そんな俺が立て続けに絶叫するのだ。
そんな状況がマトモなはずが無い。
微笑みをベッタリと表情に張り付けた族長が放った一撃が高速で接近する状況は俺の叫びさえもかき消そうとする。
そんな時だった。
接近する岩との間に大きな背中が立ちはだかって、まるで心配するなとでも言うかの如く俺に向かって安心感を与えてくれた。
「グハハハハハハ、芝崎翔太よ! 諦めるは何時でも何処だってできる!! 男ならばできないと決めつける前に、如何にして突破するかを考えるものだ!!」
魔王は俺に諦めるなと檄を飛ばすのだ。
悠然と振る舞って、何時如何なる時も余裕を覗かせる男はニヤリと微笑んで高速で接近を果たす二つの岩に手のひらを向けた。
そして再びニヤリと余裕を見せ付けて有言を行動へと変えてしまう。
魔王は有限の中で時が停まったと錯覚してしまう様に、
「こうだ、こうやって下半身で生み出した力を拳に乗せるのだ。グハハ!」
と言って一突き、右の拳を一度だけ前に出す。
俺にインストラクターみたいに正拳突きのレクチャーしてくれた。
彼の豪快な笑い声は緊張を解してくれる。俺はその笑い声に背中を押されて、拳を前に突き出した。
「勘弁してくれよおおおーーーーーーー!!」
「グハハ、この土壇場で出た言葉がそれかあ! だが悪くない、己の拳にありったけの感情を乗せて、ただ全力で岩を殴りつけるのだあああーーーー!!」
「うおおおおーーーーー!!」
「然らば我はもう一方を受け持とう! グハハハハハハ、魔王パーーーーーーンチ!!」
「な、何と言う……、これが……我らセイレーンはこの様な力と張り合おうと……キャアアアーーーーー!!」
俺たちの拳はティティアラに投げ込まれた巨大な岩に拳で殴りかかった。
衝突と共に眩い光が発して周囲は目も開けられない様な状況へと変化する。ティティアラの悲鳴すらも光の前に飲み込まれていくのだった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。




