戦略的撤退
セイカがジョッキを片手に立ち上がる。
乾杯の音頭は終わってるから、彼女が一人立ち上がった理由が分からない。今日初めて出会ったばかりだけどセイカには不安しか感じないのだ。
それは俺以外の男陣営も同様だったらしく、全員が顔を引き攣らせている。
逆に女性陣はと言うと、
「きゃー! ジャムズリちゃんのお姉さん頑張ってー!」
とか、
「合コン百戦錬磨のお姉さんが居てくれて頼もしい」
などと言ってアラフォーの暴走をやはり援護する。
場の空気は完全にアラフォーの手に委ねられてしまったらしい。
そのアラフォーは何を勝ち誇ったのか、
「ふっふっふ」
とまたしても不気味に笑みをこぼして機械端末らしきモノを突き出してきた。スマホに見えるけど、この世界にもスマホがあるのか?
この際だから隣のリーにでも聞いてみるか。
「リー、あれってスマホ?」
「翔太は魔力メーターを知らねえんか?」
「魔力メーター? 初耳、聞いたこともないんだけど」
「ほーん。やっぱり、お前他国の出身なんだな。まあいいや、この国は普段の生活で魔力を使用するんだけどよお、それには魔力局のプランに契約する必要があんのよ」
魔力局、これも初めて聞いた言葉だ。
しかしファンタジー感の薄い世界だと思っていたけど、まさか魔力が存在するとは嬉しい誤算だった。
セイカが合コンの何たるかを語ろうとしてるけど、今の俺にはリーの説明しか耳に入らないぞ。そもそも、それは国家公務員のセイカに説明義務があるんじゃないのか?
それを忘れて合コンに参加しているアラフォーなんて放置だ。
勘弁してくれよおおお……。
「てことは契約者に合わせて何種類かプランがあるってこと?」
「そうそう。月の使用量が全然違うんよ。で、契約するには魔力メーターも必要になんよ、その魔力メーターもメーカーや機種なんかでスペックが違う訳」
日本で言うと電気水道ガスみたいな公共料金とスマホが一括りにされた、と言うことか。なるほどと、俺がリーの説明に頷くと、それを挟んでメボタとズンダもウンウンと頷く。
そうなると俺は合コンよりも先に、その辺りを優先すべきだったな。
セイカも仕事をサボって合コンに参加するなよ。
「あー、じゃあ俺も契約しないとだね」
「この国で生活すんなら必須だぞ? なんなら明日は仕事入ってないし付き合ってやんよ。魔力メーターは大切な連絡手段であって身分証明手段だかんな」
いよいよスマホと同じだな。
そして同時にセイカの存在価値が一気に薄れていく。この国は国家公務員の選考基準がおかしいのか? 移住者の俺としてはリーと出会ったことの方が出大きいのだけど。
「ふっふっふ、合コンは相手との連絡交換。これが大事なんです、それが全てと言ってもいい!」
真面目な会話をしているところにセイカが割り込んできた。
すると女性陣から拍手喝采が鳴り響く。
どこから出しかのか、ジュムズリを含めた女性陣三人は取り出して紙吹雪を撒き散らしてセイカを賞賛する。もしかしたら合コンを盛り上げているのかもしれない、事前にセイカが俺を狙っていると聞いているのかもしれないけど、今の俺には全くの逆効果だ。
そして、尚更リーとの出会いに感謝せねば。
「てことは、俺は合コンで連絡先の交換ができないってこと?」
「連絡先のグループを作って招待するでゲスよ」
「後日、七人でもう一度合コンするべさ」
ズンダの提案はサラッとセイカを取り除くというものだ。
リーが爆弾処理として働かないから気を利かせてくれたらしい。自然な流れで爆弾を処理できて、
「……ほっ」
とリーの安堵の息がこぼれ落ちた。メボタも小さくガッツポーズをしている様で、僅かに彼の贅肉が揺れた。
その間にドンドンと注文したメニューがテーブルに運ばれて合コンの準備は着々と進んでいく。後は如何にセイカに隠れて連絡先を交換するかな訳で。
しかし、それが最大の難関だと全員が肌で感じ取れる。
ここで想定外だったこと。
それはセイカが予想外にジャムズリたちから慕われていることだ。全員がノリノリで紙吹雪をセイカに投げかけて、当のセイカはテーブルに乗ってジュリアナダンスを披露する。
昭和かよ。
そもそも三十九歳にもなって居酒屋のテーブルに土足で上がるなよ。
「あのアラフォーをつまみ出すキッカケが欲しいぜ……」
「リーはジャムズリちゃんとは仲良いの?」
「こないだ仕事で瀕死の大怪我を負って病院に入院したんだけど、その時に連絡先を聞いたんよ。ノリのいい子だったかんなあ」
「瀕死の重症で何やってるの? 合コンのセッティングより療養に集中しなってば」
俺のツッコミにリーは、
「ご褒美無しで頑張れねえと思ったんよ。余命一ヶ月だって医者に言われたかんな」
とダメ人間全開の返事を返す。
余命一ヶ月で合コンのために回復を遂げたリーのしぶとさと不屈すぎる精神は、ある意味で尊敬の値する。そして、それは抜け出せない沼にハマった感覚に落ち入る瞬間でもあった。
瀕死から回復したリーの不屈の精神は、悪い方向へと舵を切り出すのだ。
「ジュムズリちゃんたち、この後は二次会とかどうよ?」
「リー、二次会なんて行ったら漏れなくアラフォーが付いてくるよ?」
「……俺、やっちまったんか?」
「リーは何をやってるんでゲスか? ここは連絡先だけ交換しといて後日改める場面でゲスよ」
「そうだっぺよ。仕切り直しは必要だべ、爆弾処理担当が自爆の道を選ぶとかギャグだっぺ」
「リーもさ諦めない姿勢は好感が持てるけど、時には戦略的撤退も視野に入れないとダメだよ」
男陣営から総叩きを喰らってリーはようやく気付く。
サーッと顔から血の気が抜けて真っ青になった、彼は自分が余計なことをしたと自覚したらしい。三方向からジト目を向けられて、シュルシュルと小さくなっていく。
肩身狭そうに乾ききった喉にアルコールを流し込んでいた。
女性陣はと言うと、リーの提案にセイカが綺麗な角度の挙手で賛同してくる。俺としては一刻も早くセイカと別れたかったのだけど。
となれば、ここが俺の正念場だ。
そもそも合コンが始まってまだ十分も経っていないのだ、ならば、一時撤退の場面でも今後のために、もっと粘れるはずだろう。軌道修正もまだ諦める段階ではないのだ。それに、さっきからリーしか喋っていないじゃないか。
メボタとズンダも頑張ってくれ。
ここは人数で押し切り場面だ。
セイカの意識は逸れる様な発言をして欲しい。そうでもしないと俺がセイカのロックオンから照準を外せないのだ。これは俺が自発的に動かないとダメなのか?
「そう言えばリーたちの仕事ってクエスターだっけ? 収入とかどうなの?」
「受けるクエストにもよるけど稼ぎは悪くねえよ。計画的にやれば長期的に休みも取れるしな」
「唯一の難点はケガの心配でゲスけど難易度の低いクエストを選べばいいだけだし、この仕事に廃業は無いからでゲスからねえ」
「クエスターって冒険者のことだったのか」
「翔太の国ではクエスターを冒険者って呼ぶんだっぺか?」
「婚活こそ冒険なんです! 聳え立つ断崖をよじ登り、ライバルたちを蹴落としていく! アラフォーになってからの婚活はサバイバルと言っても過言ではありません!」
強く拳を握りしめてセイカは心の声を叫んだ。
これは間違いなく本音だろう、オブラートに包むべき自分の年代を大声で叫ぶ姿は、まさに修羅そのもの。そのせいでセイカのツバが目の前に置かれた注文した料理に撒き散らされる。
おかげで料理に口を付ける気が失せてしまった。
それに反して女子は、そう言うことに無頓着らしい。姉妹と言うのも関係してるかもしれないが、男女のテンションの差は明白だった。
やはり一時撤退。
今後よりも一刻も早く逃げるが勝ちだ。
それが俺たち男陣営のアイコンタクトの結論だった。
この状況になっても一人諦めず、踏ん張ろうとするリーをヒソヒソと耳打ちでメボタとズンダが説得を試みる。最早、女子陣営は合コンに興味が無くなったのか、ツバまみれの料理を美味しそうに頬張るっている。
今しかチャンスは無いのだ。
「リーの悪い癖でゲスよ。撤退した方がリスクは少ないと分かるでゲスよね?」
「そりゃあそうだけどよお合コンってのは次の合コンんのために人脈を
確保が……」
「この中の誰かがアラフォーを引いて不幸になったらリーは責任を取れるだっぺか? そんなんで四人全員笑顔のまま、また語り合えるんだべか? 友達だって胸を張って言えるんだべか?」
「なら俺がアラフォーを引き受けて……」
「リーだけを不幸にさせる訳にはいかないって友達の俺たちが言ってるんだよ。分かってくれってば」
「翔太、お前……」
「店員さーん! デキャンタおかわり〜〜、ビールが無くなっちゃったの〜」
「お姉ちゃん、イッキイッキイッキ!」
セイカのピッチが早い、早すぎる。
合コンが開始してから漸く十分経過したくらいだろう?
しかもセイカは開始時点で相当に酔っ払っていた、それがどうやったらビールのデキャンタを三杯目に突入できるんだよ?
「リー、本当にこの合コンって一人五千ペレスなの?」
「うー……ん、一応は飲み放題コースなんだけどよお。自信がねえ」
リーはセイカの飲みっぷりに本気で飲食代の心配し出す。
その気持ちが分からなくはないだけに、俺もセイカにストップをしたいところではある。それでも俺から彼女に話しかけたら、おそらく逆効果だろう。
セイカの油に火を注ぐ結果になる気がする。
彼女の本命は俺なのだから、それくらいの予想は容易だ。キャッキャと戯れ合う女性陣を目の前に俺たちは尻込むのみだった。
まさか異世界に移住して初の合コンが、ここまで粉砕されようとは思う訳がない。
「店員さーん! ハブ酒をダブルで持ってきて〜〜〜」
異世界とは言え、どこの世界の国家公務員が酔っ払った勢いでハブ酒のダブルなんて頼むんだよ。最早このテーブルはアルコール臭しか漂っていない。
甘酸っぱい恋愛の香りなんて皆無だ。
「あのさ」
「翔太どしたんよ?」
「ここは音を立てず静かに店を出ない?」
「触らぬ神に祟りなしってか?」
「できるだけ気配も殺そう」
俺は永住権を諦めてリーたちと共にスゴスゴと店を後にした。
そこからは男だけの二次会兼反省会の流れになって、飲んだくれるしか鬱憤を発散することができなかったからだ。
二次会の店を探す道中、
「この先によお行きつけのいい店があんだよ」
と言葉を漏らすリーたちは大きく肩を落とたまま『とある店』に案内してくれるのだった。その店こそ異世界が移住したばかりの俺に真の洗礼を植え付けてくる運命の店だった。
どんちゃん騒ぎを起こすセイカを尻目に俺たちの足音はトボトボと効果音さえ聞こえるほど静かだった。
合コン怖い。
人生初の合コンは俺にとって教訓となった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。