モテモテのイライラ
台風なんて生温い。
届く衝撃も会話も、体感する何もかもが宇宙から大気圏へ突入する時の様な重力感が全身を襲う。
大気圏突入なんて未経験ではあるが。
それでも目の前の光景には空想を引っ張り出す価値はある。
「グハハハハハハ! ティディアラよ、我と再び戦えることを誇るがいいぞ!」
「こんの……これだから戦闘狂は嫌いなのです!」
「こうか? こうやって殴って欲しいのだろう? グハハハハハハ、うら若き乙女を気取って今更恥ずかしがることもあるまい!! 貴様は既にオーバーフォーだろうがあああああーーーーー!!」
「ぶっ殺します!!」
煽って煽って煽り続けて今に至る。
魔王はハラスメントなどお構いなしに叫ぶ。
女性のプライドをズタズタに引き裂いて高笑いと共には殴り続けるのだ。魔王のダメージは物理以上に精神的に抉るらしい。
如何にオーバーフォーと言えど、一人の美女を鬼神の如き表情へと変貌させる。
「……ティティアラさん美人さんが台無しだよ」
「確かに合コン荒らしを産んだとは思えねえプロポーションだけどよ、流石にオーバーフォーはねえんじゃねえか?」
「リーも危険なフラグは止めてよね。俺は至って健全だから」
返す言葉にリーは、
「おめえが戦場が合コン会場だとか言うから悪いんよ」
と、ど正論の返す刀を振り抜いてきた。
何も言い返せない俺は言葉を失うと、ここぞとばかりにズンダが切り込んできた。
「合コンと戦場は別物だっぺ」
「……上手いこと言ったと思ってドヤ顔した自分が恥ずかしいよ」
「座布団はやんねえかんな?」
煩いなあ。
リーゼントは座布団運びに不向だと全世界に叫びたい気分だ。
「まあいいや、今は魔王とティティアラさんを優先させないと」
「我が種族至高の奥義をその身に受けて滅んでしまいなさい!」
「グハハハハハハ、セイレーンにとっては奥義足りようとも我には微風に過ぎんぞおおおおーーーー!!」
ティティアラが言う奥義とはモンピアと同じ超巨大な光の球だった。
俺が決死の覚悟で止めたそれの威力は俺自身が身に染みて理解する。しかし魔王は俺の命懸けなど嘲笑うかの如く蹴散らしてしまう。
彼はパンチ一発で光の球を吹っ飛ばす。
殴られたティティアラの奥義は遥か遠くの空の彼方で爆発を生み出した。
信じ難い光景に、
「……月が……木っ端微塵になっちゃった」
と俺の顔の表情筋は時が止まったかの如く動かなくなってしまった。
「翔太あ、おめえ良くあんなバケモノに勝てたよな? 改めて尊敬しちまうわ」
「無理無理無理、俺のは完全なマグレだってば」
「翔太に後光が差してるっぺ」
仲間が勝手に俺を持ち上げる。
これ以上褒められたら俺は期待と言う名の圧力に押し潰されてしまうから本当に止めて欲しい。モンピアなどは、
「流石は芝崎様ザーマス。もう私と結婚して欲しいザーマス」
とキラキラとした恋慕の視線を向ける始末。
周囲は寄ってたかって俺を精神的に追い込もうとする。
まだ剣が抜けぬまま身動き一つ取れない俺をこれ以上追い込まないで欲しい。頼むから物理的に持ち上げて欲しい。
「ティティアラよ、貴様は相変わらず力押しだな。そこの芝崎翔太と言う男は搦手に搦手を繰り返すイヤらしい男だったぞお! 貴様もそれを見習えば少しは我に近付けよう、グハハ!!」
「え? 芝崎様はイヤらしいのですか? やだ……、そんな目で私の様な年増を見詰めないでください」
ただの風評被害だろうが!!
魔王も魔王だけどティティアラも頼むから顔を赤らめないで、ただボーッと戦闘の様相を見上げる俺の視線を勝手に勘違いしだす。
彼女は全身をモジモジとさせて恥ずかしがる様子を晒す。
するとティティアラに連鎖する様に周囲も騒つき始めるのだ。
「ま、まあ翔太はいい奴なんだしよお、少しくらいムッツリでも許されんだろ」
「翔太はいい奴だっぺ! 英雄は色を好むって言うべさ!!」
「芝崎お兄ちゃん、妹はお兄ちゃんの全てをウェルカムします!」
「オーバーフォーが射程圏内なら私も……私もザーマス!?」
モンピアに至ってはガッツポーズで喜びを表現する。
俺の周囲四人は強引に俺の風評被害を自分に落とし込もうとする。こんな仕打ちは初めてと俺がアタフタとしだすとリーが、
「分かってんよ、おめえのことはちゃんと分かってんだから。な?」
と声をかけながら爽やかな笑顔を向けてくる。
俺の居場所は何処ですか?
周囲の勝手な評価に俺は窒息寸前までストレスがかかっていく感覚しか覚えなくなってしまった。日本でブラック企業勤めのSEだった俺でも、ここまでのストレスは初体験だ。
円形脱毛になったら武器屋の爺さんだけは絶対にぶん殴ってやる。
「ストレスで死ぬううううーーーーーー……」
「んなことよりも翔太あ、アレを何とかしねえんか?」
「リーも俺に冷たくない?」
「んなことねえよ。純粋に期待してんだよ、だよなズンダ?」
「リーの言う通りだべ。俺たちマブダチは翔太を中心に回ってるんだべさ。だべなメボタ?」
「ゲスーーーーーー……」
「ハハハーー……、俺が死んだら死因はマッチポンプだって警察に伝えてよね」
引き攣った笑いを浮かべるも、
「何言ってんのか分かんねえ」
だの、
「翔太って偶に意味不明なこと言うっぺさ」
終いには、
「ゲスーーーーーー……」
と意識を失ったメボタにまでツッコまれてしまった。
しかし上空には地獄が広がっている。
この状況をどうにかしないと俺は色んな意味で抹殺されてしまうだろう、物理的にも精神的にも社会的にもだ。
全員が俺の決断を固唾を飲んで待ち侘びる。
魔王だけは、
「グハハハハハハハ、それでこそ我が認めし男也!!」
といつもの高笑いを見せるのだ。
「どういたしまして」
「魔王の我に向かって皮肉か? だが貴様の皮肉なら我はむしろ心地良さすら感じてしまうぞ、グハハ!」
やっとのことで伝説の剣を止めることができた。
合言葉も怪しまれること無く言えて、ようやく状況が好転するだろう。安堵の気持ちからホッと息を吐いた。
しかし、そんな矢先に別の思惑が俺を地獄へと叩き落とそうと息巻いてくるのだ。
「……かくなる上は芝崎様を操るとしましょう」
「へ? え? え? うわわあああーーーー!」
スッカリ忘れていた。
セイレーンには人を操る歌の力が備わっているのだ。ティティアラが歌うと状況が一変する、お子様ランチの旗みたいに伝説の剣によって突き刺されていた俺は強引に彼女の隣に動いてしまったのだ。
動いたのは俺自身だけらしい。
つまり世界樹の枝に突き刺さる剣ごと持ち上げられたことになる。突き刺さる剣身はその程度では全てを引っこ抜かれることは無く、俺は宙ぶらりん状態だ。
自らの歌の力を誇示したいティティアラは誇らしげに胸を張り、下からはどうしてこうなったと目玉を驚きのあまり目玉が飛び出るリーたちがいる。
……恥ずかしすぎて俺は死にたくなる。
時折、風が吹くと持ち上げられた俺はぷらーんと揺れるのだ。
「グハハハハハハ、セイレーンの族長直系のみが使えると言う人を使役する歌か! その手があったな、確かに芝崎翔太を強引に味方にすれば我に勝てるかもしれんぞおおーーー!!」
「なんで魔王は、そんなに楽しそうなの……」
「楽しいに決まっておるだろうが! 我は戦闘狂也! グハ、グハハ、グハハハハハハ!」
魔王だけは俺が伝説の剣を所持してることを知っている。
それ故に驚くことは無いのだろう、むしろ彼の感情は如何に自分が楽しむか。その一点しか興味がない。
魔王はこれまで聞いた高笑いの中の比ではない笑い声を周囲に響かせる。まさに最高潮と言った様子だった。
そもそも二人とも、今の俺にどうしろと?
元々俺はセイレーンみたいに空も飛べ様はずもなく、魔王みたいに跳躍だけでセイレーンに太刀打ちできる技量なんて無い。
仮に自由の身になっても足を引っ張るだけなのだ。
それでも、どうにかして身動きを取りたいと、
「すいませんすいませんすいません」
と俺が合言葉を連呼すると、
「お? 三倍速か、グハハ!」
などと魔王は他人ごとの様に笑う。実際に彼からすれば他人ごとではあるが、やはり腹が立つ。
「あれ? 支えが無くなっても落下しない?」
「あら、芝崎様は飛翔の才能がお有りな様子。私としては頼もしい限りですわ」
「……それって俺を持ち上げた後のことはノープランだったって話だよね?」
「細かいことを気にするものではありません、ホホホ」
ティティアラは淑女前と控えめに笑う。先ほどのマフィア感が強かった彼女は何処へやら、今は口に取り出した扇子を添えて上品に笑って誤魔化す。
ティティアラは誤魔化すのが上手い。
そのスキルだけは俺も羨ましく思えてならない。
世の中が理不尽で不公平だと思い知る、俺は宙に浮きながらガックリと大きく肩を落としてしまう。
「ん?」
肩を落とした視線の先にオキナがいた。
彼はカンペの様なプレートで俺に何かを伝えようと動いていたのだ。流石に遠くて良く見えないから目に力を入れて凝視する、オキナはこの期に及んでサラッと目を疑う様なことを俺に教えるのだ。
……またお前か。
そしてティティアラも爺さんの存在に気付いて俺と同じ方向に視線を向ける。
「芝崎様、どうされました? おや、地上で人間のご老人が何やら文字を書いたプレートを掲げて……実は芝崎君が身に着けるチョッキには飛翔能力が備わってるんじゃよ。教えるのスッカリ忘れてたわい、ゴメリンコ」
「爺さんもいいかげんにしろよ」
「我も知っていたぞ、凄かろう? 我こそは魔王也、グハハ!」
「魔王も爺さんと同レベルかよ……」
しかし、こうなると話は変わってくる訳で。
俺のチョッキはあらゆる攻撃に完全耐性を備えた防具だ、つまりセイレーンの歌に操られることはない。
確認のために自分の意志で動かせるか、全身で試すしてみる。
「……いける。セイレーンの歌が無効化されてるぞ」
「ちっ、このままティアラと結婚して貰おうと思ったのに。あの子の性格を考えたら一生結婚は無理でしょうし、惜しいことをしました」
「実の親が娘に塩対応って何なの?」
「次いでに私とも結婚させて雁字搦めのまま我が種族に引き込んでしまえば完璧でしたわ、ホホホ」
ティティアラは俺にとって完全武装の地獄を準備していた様で。
彼女の言葉に俺は僅かに危険を察知して静かに離れていくのだった。異世界でせっかく獲得した飛翔能力は女性から距離を取るために使う羽目となるのだった。
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