誰にも言えません
高速飛翔。
セイレーンの動きは凄まじかった。族長のティティアラと、その側近であるモンピアが地上から一瞬で上空の俺たちの前に姿を現した。
バサバサと翼を羽ばたかせ、美人台無しのたらこ唇顔で怒りを露わにする。
「魔王様、お話が違うございます。一族の長としてクレーム申し上げます」
「芝崎様は我らが姫様のご婚約者だから良いとしても、サキュバスが世界樹の管理に関わるは明確な盟約違反ザーマス。責任は取って貰うザーマス!」
「婚約した記憶はございません」
モンピアはスマートに事実を捻じ曲げて来る奴だった。
異世界に移住してクレーム慣れしたのか、ティティアラよりもモンピアの発言に反応してしまった。即座にツッコむとポンと音を立てて同情が俺の肩にのしかかる。
両隣のリーとスンダが涙を流して俺を憐んでくるのだ。
「翔太あ、おめえ良い奴なのにつくづく不憫なんよなあ」
「翔太、俺はお前の友達だっぺから結婚式は絶対に出席するっぺさ」
「二人とも合コン荒らしを俺だけに押し付けないでくれる?」
俺がジト目を向けると二人は、
「魔王の甥っ子でセイレーンの婿養子、世界平和のために犠牲になる。おめえはビッグな奴だと俺は一目見た時から思ってたんよ」
や、
「翔太って出会った頃から一介のクエスターで終わる様な奴じゃないってオーラがあったべさ」
などと調子のいいことをスラスラと言い並べてくる。
俺たちの出会いはカツアゲだろう。
しかし俺の愚痴やツッコミなど誰も気にも留めず、時間はズケズケと進んでしまう。真剣に怒ったセイレーンたちのクレームを魔王が笑い飛ばすと時間は急速に速度を上げて走り出してきた。
バサッと翼を一つ羽ばたかせ、セイレーンの二人は突っ込んでくる。
「血が沸る、我が厚き血潮は強者と戦ってこそだ! 我は魔王也、グハハハハハハ!!」
「ちょっちゅねーカウンター!!」
対する魔王とセイカも真正面から迎え撃つ。
セイカは明らかに日本のボクシング世界チャンピオンを意識した技を披露する。全速力で突撃を試みるセイレーンたちに全力の拳を放る。
その拳、拳速が凄まじく。
まるで暴風でも巻き起こったかの如き爆音を響かせて一直線に伸びていく。
「翔太あ」
「どうしたの? リー」
「おめえの防弾チョッキってよお、凡ゆる攻撃に対する完全耐性が備わってんだろ? おめえなら仲裁できんじゃねえのか?」
「無理」
「どうして?」
「魔王と戦ってチョッキの調子が一時的に悪くなっちゃったんだ」
武器屋の爺さんに修理して貰ってはいる。しかし、それ以降は気軽に使う気分になれなくなってしまったのだ。
リーも事情を理解して、
「あー……」
と呟きながら理解を深めていった。
目の前の現在進行形で進捗する戦闘を見ながら俺の言葉を実感していくようだった。ドンドンと言葉を失って、終いには自慢のリーゼントまでもがションボリと項垂れてしまった。
「防具もさ泣いてるんだよ。言葉にしないだけで」
「説得力ありすぎるっぺ」
「ならよ翔太が盾役になって全員で突っ込もうぜ。それならいけると思うんよ」
俺の盾は曲がりなりにも伝説の盾。
防御力は一級品だ、リーの提案は間違っていない。悪くない、俺自身もそう感じて首を小さく縦に振って承諾する。
そうなれば全員の動きは早く盾を構えた俺を最前列にして陣形を組んでいった。しかし、いざ発進となって三人の顔付きが引き締まった時だった。
下から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「爺さん?」
地面に視線を向けると、そこには武器屋のオキナの姿があった。爺さんは下から大きく手を振って俺に降りてこいと全身を使ったジェスチャーをしていた。
またしても嫌な予感がする。
俺は、そう直感して突撃を急遽一時中断して世界樹の枝から飛び降りた。ドンパチとバトル漫画さながらの衝突を繰り返す魔王たちを背後にオキナの前に着地を果たす。
オキナは口元に蓄えた髭を上下させてゆっくりと語り出す。
「緊急事態じゃ」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「儂が落とした聖剣が世界樹の根っこを傷付けてしまったみたいでのお。覚えとるか? 芝崎君が初めて店に来た日なんじゃが」
オキナが単刀直入に自身のやらかしを説明した直後だった。リーたちも俺の後を追って地面に降りてきた。
……聞かれてないよな?
「その件、誰にも言ってないよね?」
「言えるかい。根っこに傷が付いたお陰で邪悪を浄化する力がビックリするくらい低下しとるからのお。斡旋所に芝崎君が世界樹に向かったと聞いて相談しにすっ飛んできたくらいじゃからな」
俺はドキドキしながらオキナの耳元で事情をシッカリと問いただした。最低限の安堵を得て俺は上空の魔王たちに視線を向けると、まるで地上の覇権を争うかの如く激しい戦闘が続いていた。
バチン! ドシン! と、やはりバトル漫画の様な衝撃を周囲に響かせて魔王とセイレーンは殴り合っている。
アレの元凶を把握して俺は深くため息を漏らす。
そして、俺の視線に反省の色を見せるショボくれた爺さんに向けて、
「またお前か」
と舌打ちしながらチクリと言葉を吐き捨てた。
「あの聖剣は切れ味が良すぎてのお、床に落とすと何処までも地中深くに落ちしいくんじゃわい。多分じゃが今の世界樹はセイレーンを抑制する力は無いぞ……ごぶはあっ」
オキナは俺が殴っても淡々と語り続けた。この爺さん、体力だけは有り余っているからタチが悪い。
俺は俺で最近はオキナを殴ることに罪悪感を感じなくなってきた。自分で理解しながらも踏み留まろうとしないから、なおタチが悪いのだ。
「……それを俺に話してどうしたいの?」
「昨日ありったけの伝説級の薬草液を穴に流し込んで一応世界樹も元には戻したんじゃがなあ、一人で抱え込むのは流石に心苦しくてのお。耐えられなくてここまで来ちゃった」
「……俺を巻き込むのそろそろ止めてよね」
オキナの唐突な暴露に俺が涙が止まらなくなっていた。
「翔太あ、おめえやっぱり疲れてるんよ。顔がゲッソリとやつれてんぞ? 今回の件が片付いたら長めに休養した方がいいんじゃねえか」
「翔太は働きすぎだっぺ。休息は働いた奴の特権だへから気兼ねする必要は無いんだべ」
「そうするよ……」
後ろの仲間二人が真剣に心配をしてくれるのが心苦しい。罪悪感が豪雪みたいに俺の心に積もっていく感覚を覚えてしまった。
それでも今更ながら俺は、やはり後戻りなど許されないところまで足を突っ込んでしまっていたらしい。
自分自身の人生からすらも責任を取ってこいと言われた様な気がする。
俺は涙を流しながら上空の戦闘に再度突っ込んでいく決意を新たに固めるのだった。
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