セイカ、躍動
セイカの登場は場を混沌とした空気へと変貌させた。
その中で魔王の咀嚼音がピタリと止まる。
アーンと大きく開けた口を上に向けてポテチの残りカスを流し込むと適当に袋を捨てる。口元のカスを親指で押し込むとニヤついてセイカの姿を視界に捉えた。
魔王とセイカ。
俺の知る限りで最も面倒くさい二人の視線が重なったのだ。
「グハハ、ノベナアーツよ! 貴様のその様子、さては封印された半身を取り戻したなああーーー!!」
「ご不要になった段ボールは回収いたしまーす」
セイカはやるべきことが理解できているらしい。
魔王が食い散らかした段ボールを拾っては綺麗に畳んでを繰り返す。彼女は枝を蹴って周囲を飛び回っては資源ゴミ回収の要領でテキパキと紐で縛っての連続だった。
時折、正座の姿勢で段ボールのシワを伸ばす姿が何とも几帳面に映る。
セイカはプロの引越し業者か何かですか?
「グハハハ! ノベナアーツの動きに世界樹が慌て出しおったぞ、ローリング葉っぱーの圧力を上げてきおるではないか!」
「落ち葉を集めて焼き芋だーーーーー」
「……嘘だろ? セイカさん、箒一本で世界樹の葉っぱ攻撃を全て捌いちゃってるよ」
「あのジャストフォー、焚き火の準備も並行して進めてんぞ!?」
完全体として目覚めたセイカ。
彼女の動きは魔王とは別のベクトルで常人離れしている様にしか思えない、所作の一つ一つが信じ難いものだった。段ボール回収の片手間に落ち葉で火を起こすために火種に息を吹きかける彼女は俺も目を疑うばかりだった。
先ほど、アレだけ苦しめられた世界樹の攻撃をセイカは簡単に防いでしまうのは驚きだ。そして自然な流れで彼女は枝の上で火を起こす。
セイカは生まれついての天敵と言わんばかりで普段通りの動きで世界樹を追い詰めてしまうのだ。
「セイカさんってバーベキューと言い、アウトドアで輝くタイプだったんだ」
「それよりも世界樹が燃えてるっぺさ、焚き火が燃え移ってるべ!! 山火事になっちゃうっぺよーーーー!!」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
状況は確実に悪化の一途を辿っていた。
セイカの焚き火は世界樹に燃え移り、轟々と燃え上がる。
俺が人生で屈指の大声をあげても誰も見向きもしない状況、信じられない光景を目に俺もリーたちもアングリと大口を開けて固まってしまう。
一度燃え上がった火は俺たちの気持ちなんて気にもせず、ただただ黒い煙を撒き散らして行きだけ。
頭から枝に突っ込んだメボタなど混沌とする中で身動き一つ取ろうともしない。
下からはセイレーンたちの悲鳴が聞こえてくる、コレばかりは流石にバレてしまった様で、ギャアギャアと騒ぎ立てるセイレーンたちの声と燃え上がる音が入り混じった灼熱地獄へと移り変わってしまったのだ。
そんな中でセイカは一人焚き火から焼き芋を取り出して舌鼓。
火事の真っ只中で彼女は、
「美味しいーーーーー」
と満面の笑みで秋の味覚を楽しんでいた。
彼女の行動に感じたことを素直に表現しよう。
アホか!
「ノベナアーツよ、我も一つ貰おうか!!」
「叔父さんも食べます?」
「美味い!! やはり焚き火と言えば焼き芋、贅沢を言えばじゃがバターも欲しかったぞ!」
「じゃがバターもありますよ。ほい」
「グハハハハハハ! 貴様あ、やはり心得ておるではないか!!」
魔王もいつの間にか移動してセイカと会話を弾ませていた。
この二人は同じ空間にいると危険な化学反応を起こす様で、完全に後戻り不可能な状態へと落ちていく様だった。ガラガラと崖から落下する感覚が俺たちを襲う。
頭の中も大混乱に陥って、何から始めれば良いかさえ判断できなくなりそうだ。
それでもクエスターとしての在り方を忘れないリーは、
「まずは段ボールをどうにかしねえとなんねえよなあ!」
と男らしい台詞と共にリーゼントキャノンを決める。
自慢の破壊力でセイカごと段ボールと火が燃え移った世界樹の枝を木っ端微塵にしてしまったのだ。
トドメと言わんばかりにズンダも、
「セイレーンに怒られる前に証拠隠滅だっぺさ」
と放った入れ歯ビットで木っ端微塵を更に粉々にして全てを無かったことにする。
煙は黒から白に変化して周囲を包み込む。
これで世界樹を暴走させるモノは全て消滅した。
後は煙の中がどうなっているのか。
俺は唯一の心配事を言葉に変えると、立ち込める煙は反応するかの如く風に飛ばされて辺りは視界が鮮明になっていくのだった。
「魔王とセイカさん、死んでないよね?」
「んなことよりも世界樹の心配じゃねえんか?」
「リーの言う通りだっぺよ」
リーもズンダも心配する余裕など無いと言う。
二人は先ほどの爆発に巻き込まれたメボタを心配する素振りの一つも見せない。
「グハハハハハ! 貴様らあ、やるでは無いかあああーーーー!!」
「爆発のおかげで焼き芋が中はフワッと外はカリッと仕上がりましたーーーー」
そんなことはお構いなしと、二人は煙の中から元気いっぱいな姿で登場した。セイカだけが爆発のせいか、一昔前のコントみたいにアフロヘアーへと髪型を変えていた。
ジャストフォーのアフロ姿は正直キツい。
「……大阪のオバチャンかよ」
「翔太あ、オーサカって何だよ?」
「俺も知らないっぺ」
アフロになったセイカは腰に手を当て、空に人差し指を向ける所謂サタデーナイトフィーバーを連想させるポーズを取ったまま、
「少年よ大志を抱け」
と渋い声があまりにもハマるギャグをぶち込む余裕を見せていた。
どうして彼女はここまで日本に詳しいのだろうか?
感じた違和感に首を捻ると、ふとセイレーンたちの怒りに満ちた表情が再び俺たちの目に入る。段ボールを処理して世界樹の様子が落ち着き出した頃、そんな周囲の変化に敏感になってしまうのだ。
しかしセイレーンが怒りを露わにする理由が俺たちにまったく検討が付かないのが問題だった。
当初、セイレーンたちは魔王の適当さに怒っていた。
そのお詫びとして世界樹の世話をする流れとなったはずだ、そのことに違和感を覚えて俺たちは三人で目配せをする。それでも答えが思い当たらず、外人みたいに肩をすくめて疑問だけが残ってしまうのだ。
「……ティティアラさんとモンピアさんの目、絶対に殺意が篭ってるよね?」
「分っかんねえ、確かにボヤ騒ぎは有ったけどよお」
「下からは俺たちが何をやってるか見えないはずだっぺよ?」
メラメラと怒りの炎が沸るティティアラたちの目を見ると余計に分からなくなる。
「グハハハハハ、アイツらの目線を追ってみよ! セイレーンたちが何に怒っているかが良く分かると言うものだ!!」
一足飛びで俺の隣に移動してきた魔王は笑いながらそう言った。
俺たち三人は言われるがままに下からの視線を指で追うと、二つの殺気は一人の人物に行き着く。その人物は俺たちの後ろで焼き芋を頬張っていた。
ティティアラたちが殺気を送り込む人物は、ホフホフと熱そうに芋を口に運ぶアフロヘアーのジャストフォーだった。
「え? どうしてセイカさんがセイレーンたちから恨みを買ってるの?」
「ノベナアーツは我が姪っ子でサキュバスの義理の姫だ、そもそも世界樹の管理はセイレーンが独占しておる、ノベナアーツがその世界樹の世話に絡んだことが面白くないのだろう。グハハハハハ!」
「魔王も知ってたなら止めなよ」
そうツッコむも魔王はアッケラカンと、
「忘れておったわ、グハハハ!」
と相変わらず問題ごとを笑い飛ばす。
そう言えばセイカはバーベキューの時に睨まれていたなと、今になって思い返えすと合点のいく記憶へと行き着いてしまった。
頭が痛い、急に頭痛と眩暈がする。
更に言えば嫌な予感しかしない。
「もしかして……」
「翔太、それ以上は胃に穴が空いちまうぞ?」
「まさかのセイレーンとの全面戦争だっぺよ」
「ズンダもハッキリと言うもんじゃねえんよ」
「セイレーンの全てが敵対すれば魔王の我とて手を焼く、中々にやり甲斐のある相手だ!! 貴様らは運が良いぞお!!」
「ゲスーーーーーーー……」
メボタの生存が確認できたところで魔王は、
「色々とあるのだよ、グハハ!!」
と肝心な説明を極限まで簡略化してしまう。
話題の中心人物であるセイカは、
「ちょっちゅねー」
と言いながら食後の運動にと呑気にシャドーボクシングを始めていた。
「……ライト級の元世界チャンプかよ」
セイカの乱入を契機に俺はセイレーンと望まぬ全面戦争に足を突っ込んでしまったのだ。
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