婚約成立
世界樹の枝を足場に上へ上へと飛んでいく。
下に視線を向けてティティアラとモンピアが豆粒くらいの大きさに見えたくらいの時だった。地上から百メートル以上は離れた高さの中で魔王は躍動していた。
「グハハハハ、枯れ木に花を咲かせてみせようぞ!」
「花咲か爺さんかよ」
相変わらず魔王はドシンと鈍い音を立てて素手で枝を剪定していた。
俺が買ってきたポテチを段ボールごと脇に抱えて、頬張りながら作業を進めるのだ。
セイレーンの言う世界樹の世話とは、こう言うことで良いのだろうか? 俺には魔王がただ植物を痛め付けているとしか思えない光景だった。
地上からここまで登ってきた俺たちは、ちょうど目の前にあった枝に着地を果たして、魔王の様子を伺って声をかけた。
「おーい、俺たちは何を手伝えばいいの?」
「グハハハ、貴様たちも来たか! 我も実際のところ何が正解か全く分からなくてな、逆に教えて欲しいくらいなのだよ!!」
まさかのカミングアウト。
魔王はよく知りもせずに本当に世界樹を痛め付けていたらしい。ここで失敗したらセイレーンは魔王に対して反乱を起こすと言う、俺はそんな未来を思い描いて顔を引き攣らせてしまった。
それはリーたちも同様だった訳で。
自分のやらかしのフォローを魔王に任せた結果、取り返しのつかないなるところだった。魔王は俺のやらかしなど知らない、それでも魔王は俺の傷口を更に広げようとするのだ。
魔王と言う男は一人にするとロクなことをしない性質だと、ここに来て思い知ってしまった。
「あのさあ、セイレーンが世界樹に依存する種族ってどう言う意味?」
「んん? 世界樹は癒しの力を蓄えて闇の存在を打ち消すもの! セイレーンの主食とする植物は闇の力を極端に嫌う性質があってな、闇の力が蔓延すると森中のそれらが成長を阻害されてしまうのだ!!」
「つまり農業で言うところの雑草処理?」
「グハハハ! いい表現だ、流石は俺の見込んだ男よ!!」
「……リー」
俺が後ろのリーに問いかけると、
「それ以上言わねえでも何が言いてえかくらい分かんよ」
と全てを語らずとも互いに意思の疎通ができてしまった。
ブンブンと右手を横に振ってリーはジェスチャーで答えを強調する。
その場の全員がカチンカチンに表情を凍り付かせてしまった。
「魔王さ、直に植物を殴って効果があると思う?」
「ある!」
「マジで言ってるの?」
「枯れた枝を剪定すると必要な場所にだけ栄養素が行き届くのだ! 更に世界樹の本体を殴って刺激を与えると体内の癒しの力が促進されるはずなのだよ!! 多分!!」
バッサリと断言する魔王の表情は、いつも見せる自信に漲ったそれだった。
これには俺以外の他の三人も首を傾げるしかない。
魔王は適当にやっている様に見えて、実は自分なりの考えを持って世界樹を殴り付け続けていた訳だ。
俺たち四人はどうして良いか分からないと、顔を突き合わせて真剣に悩んでしまう。
俺たちは世界樹の世話のためにここまでやって来た。
それが現場に到着するなり、ポリポリと頭をかいて再びやるべきことを見失ってしまったのだ。
「魔王はさ何が正解か分からないって言ってたよね?」
「グハハハ、本来正しいはずの対処が結果を生まんのだぞ!? 道を見失うに決まっておろうが!!」
「あー……、そう言うこと?」
「唯一心当たりがあるとすれば伝説の段ボールであろうか!?」
「段……ボール?」
そう呟いて俺は魔王が傍に抱え込む段ボールに目線が移ってしまった。
奇跡とは何度も目の当たりにすると頭痛しか感じなくなるらしき、俺はまたもややらかしてしまったと頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
その様子にズンダは、
「やっぱり疲れてるんだっぺか? 翔太は下で休んだほうがいいべ」
と優しく気遣ってくれる、声をかけてくれた。
しかし俺はズンダの優しさよりも、あの武器屋への憤りでそれどころでは無い。
「爺さんめえ……またお前かあ」
と小声で吐き出すと俺の脳内にブイサインポーズのオキナの姿が浮かんでくる。
「確か闇の力を増幅させる段ボールが存在したはずだが、そんなものが偶然この近くにあるなど奇跡の確率である!!」
「因みにさあ、その段ボールがあると世界樹は具体的にどうなっちゃうの?」
「聞いて驚くなあ! 根っこに些細な傷でも付いていれば、そこから闇の力を吸い上げて世界樹自体がモンスターと化すのだあああーーーーー! グハハハハハハ!!」
燃え尽きた。
俺は完全に燃え尽きました。
真っ白くなって灰にでもなった心地しかしない、魔王の口にした条件が全て整ってしまっているのだ。まるで死刑宣告を受けた死刑囚の如く俺は心の中で絶叫する。
他の三人は、まだ気付いていないらしく、
「これからどうするでゲスか?」
と冷静に井戸端会議を続けていた。
仲間の意見をそのまま放置して周囲を見渡すと小さく地震の様な揺れを感じた。その揺れの原因を一人孤独に勘付いて俺はコッソリと魔王の後ろへ移動を開始した。
魔王も俺の動きを察知して振り向きざまに、
「貴様、そんな神妙な顔で何か言いたいことが有るのか?」
と珍しく小声で話しかけてくる。
その態度から彼なりに俺の様子がただ事ではないと感じ取ったのだろう。
世界樹の根元には恐ろしいお姉さん方がいらっしゃる。
ここまで来たら後戻りはできないと俺もまた小声で返していた。
「……魔王、一生に一度だけのお願いなんだけど」
「グハハハハ! 貴様の頼みであれば何度でも聞いてやろう!! その代わり分かっておるな!?」
「俺の人生オワタ……」
「それで頼みとは何だ、何なりと申すがいい!!」
魔王はいつの間にか普段通りの地声に戻ってそう言い放つ。
それと同時に先ほど感じた揺れは徐々に徐々に大聞きなっていく、そして次第に俺たちも木の上でグラグラと激しい揺れを実感していくことになった。
終いに揺れはズゴゴゴゴゴ! と凄まじい轟音へと変貌を遂げる。
そんな最中で俺は魔王の条件を飲んで深々と頭を下げるのだ。自分でも、人間とはここまで綺麗な直角で腰を曲げれるのかと思わず感心してしまう。
「どうか一緒にモンスターと化した世界樹と戦って下さい」
この時、ジャストフォーとの婚姻を覚悟して俺は暴れる世界樹の討伐を決意した。
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