合コン①
一気に静かになった。
首都に入って早々俺の脳内に浮かんだ一言だった。
セイカを城壁の外に置き去りにしたことで俺に平穏が訪れたのだ。彼女の代わりに俺と隣り合うのはリーゼントの不良と、その仲間二人の合計三人。
俺が異世界に移住して初めてできた仲間。
合コン仲間と書いて『マブダチ』と読む間柄だ、しかも三人とも俺と同い年。この三人とは首都に入るまでの間、スッカリ仲良くなってしまった。この三人は見た目が残念なだけで意外といい奴だった。
名前は長身のリーダーがリー・ゼント、小太りの男がメボタで東北訛りの小柄な出っ歯の男がズンダ。俺たち四人は合コン会場へ向かう道すがら、大通りを歩く。
リー曰く、この通りは居酒屋が多いとのことだ。
今日は休日らしく通りはそれなりに活気があって、俺たちは休日の喧騒の中を店に向かって一直線に突き進んでいるのだ。
女子と言うラスボスが待ち受ける合コンと言う名のダンジョン攻略を目指す冒険者になった気分だ。
異世界と言えば冒険者だ。
と、この時の俺は浮かれていたことも相まって、単純な考えだったのだけど。現地人の感覚を聞く限り完全な俺の思い込みだった訳で。
試しにリーに聞いてみると、
「冒険者? そんな職業はねえよ」
とリーゼント頭で眉を顰められてしまった。
「ギルドは? ギルドとかないの?」
「ギルドってなんだっぺ? 初めて聞いた単語だべさ」
「うーんっと……一言で言うと同じ目的を持った同業者の集まりって言うのかな?」
「合コンとは違うでゲスか?」
「合コンってギルドなのか?」
微妙にどころか全く違う気がする。
そして分かったこともある。
この世界は現時点でファンタジー感がゼロなのだ。
俺も日本で生活をしていたから異世界に移住と聞いて、最初はそう言ったものを期待していた。だけど、それは今となっては見事に瓦解してしまった。
首都の城壁に入って目に映るのは日本と差して変わらない光景、すれ違う人々は日本人と似たようなファッションで身を包み、道路も建物もコンクリート造りの様な外観。
これには流石の俺も肩をガックリと落とすばかりだ。
終いには俺の隣でリーが、
「なんなら今ここでギルドを作っちまうか? 合コンギルド」
と、まるで名案だとでも言いたげに俺に話しかけてくるのだ。
それは、なんか違う。
見事にシックリと来なくて俺も渋い顔で首を傾げてしまう。困惑百パーセント。
だけど妙に魅力的な言葉ではある、ロマンと困惑が完璧な配合でブレンドされている気がするのだ。
「……作っちゃう?」
「よおし! なら俺たちは合コンと言う戦場で背中を預け合う同志だ!」
「目的は一緒でも、お宝を目の前にしたら俺は平気で蹴落とすよ?」
「はんっ! 俺はティアラちゃんっつう爆弾の処理に命を賭ける爆弾処理班だっつうの!」
ここに謎の一体感が爆誕した。
そしてファンタジー感ゼロどころかマイナスのギルドも爆誕してしまった。
街の喧騒の中で俺たちは明らかに異色を放つ空気を纏っていた。異世界でできた最初の男友達と言うことも手伝って妙にハイテンションになってしまった。
男四人が首都の大通りで天に向かって手を突き上げて、
「おー!」
と合コンに向けて気合を入れる。
男四人が目的地に向かって一直線にズンズンと突き進む。
気が付けば俺たちは目的の店の前に立っていた。
合コン前の妙な緊張感、俺たちは先ほどまでの高揚感も友情も忘れしまいかけるほどのプレッシャーを感じていた。
居酒屋『アラフォー水産』。
このダンジョン内に本日討伐すべきラスボスがいる。ここは海鮮系のオツマミが充実した、この世界では定番の居酒屋チェーン店だそうで。ランチタイムには海鮮丼なども提供するとのこと。
四人で顔を突き合わせてゴクリと固唾を飲み、覚悟を決めて俺は店のドアを開く。この先が俺たちのパラダイスだ、そう思っていた。
「芝崎様、遅かったですね?」
しかし、そこのいたのは首都の外に置いてきたはずのセイカだった。アラフォー女子は店内で既にビールジョッキを片手に出来上がっている。
真っ赤な顔になって入店直後の俺に声をかけてきた。
そして彼女とテーブルを囲う女の子が他に三人。まさかの事態に全身を硬直させる俺を置いてけぼりにして何かに気付いたリーが「あ」と声を漏らす。
「翔太、この三人が今日の合コン相手なんよ」
「どうも〜、はじめまして。ティアラちゃんの都合が合わなくなったので私のお姉ちゃんに声をかけちゃいました」
セイカの隣の席を陣取る美少女が到着した俺たちに挨拶をしてくれた。
そして全てが繋がった。
つまりリーたちの合コン相手はセイカの妹と、その友達だったらしい。そして詳しくは知らないけど噂のティアラちゃんは欠席の運びとなった。その埋め合わせがセイカ、妹ちゃんからすれば実の姉に声をかけた訳だ。
「ジャムズリちゃんお待たせ」
「いえいえ、私たちもさっき着いたばかりなので」
セイカの妹はジャムズリと言う名前らしい。
合コンをセッティングするくらいだからリーと彼女は知り合いなのだろう、顔を合わせると自然な流れで言葉を交わす。
まあ自然な流れだと思う。
他の合コンメンバーもサラッと会釈して、当たり障りの無い挨拶を終えると席に着いていった。それは俺も例外では無く、
「どうもはじめまして」
と簡単な挨拶で、その輪に入っていく。
長方形のテーブルに男女が顔を突き合わせる配置で席に着いて、その場は合コンへと突入。いざ海鮮ならぬ開戦と言うところまで漕ぎ着けた。
ジャムズリはセイカと同じ茶色の髪と瞳をした年齢相応の美少女、髪は肩の高さで髪をポニーテールに纏め、姉よりも若干タレ目でおっとりとした印象だ。発育はセイカと比較にならないほどに素晴らしい。
他の子たちも中々の美少女で俺は内心ガッツポーズで歓喜に震えていた。
しかし、その喜びの中で俺は一つだけ不自然さに気付いてしまったのだ。
それは俺の前の席を陣取るセイカを見れば誰もが気付くこと。
この人は俺たちに置き去りにされたはず。
にも関わらず、どうして俺たちよりも先に店に到着しているのだろうか? そもそも既に酒を煽り、いい感じに酔っ払っている。
セイカはグデングデンに酔っ払っているのだ。
これは、どう考えても『さっき着いたばかり』の状態ではないだろう。
やっぱりアラフォーともなると周囲とのギャップ気付かないのかな? セイカは構ってちゃん真っしぐらに飲み干したビールジョッキをテーブルにバンバンと叩き付けて店員におかわりを注文していた。
「店員さーーーーーん、ビールおかわり〜。デキャンタで持ってきて〜」
これ合コンなんだよね?
俺だってそれくらいは心配はするぞ。
セイカのせいでせっかくの合コンがぶち壊しになったら暴れちゃうけど大丈夫ですか?
「俺は芝崎翔太。年齢はリーたちと同い年の二十三歳、よろしく」
「ジャムズリ・ノベナアーツです。街の総合病院で勤務してます、二十歳です」
「今日はピンチヒッターとして参加したセイカ・ノベナアーツです! 国家公務員の三十九歳!!」
またしてもセイカがアホ顔で叫ぶ。
同時に俺以外のリーたち男陣営が固まって、亀裂が入った様なピシッと言う音を心の耳で拾ってしまった。三人のリアクションは分からなくもない。それはそうだ、せっかくティアラちゃんと言う地雷が消えたとホッとしたタイミングで新たな地雷が登場してしまったのだ。
セイカ一人の存在で女子メンバーの平均年齢が格段に上がって、場の雰囲気はシーンと静まり返る。そのタイミングで注文した飲み物が運ばれて来て、自己紹介もないまま乾杯の音頭が控えめに響く。
「か〜〜〜、美味い!」
その雰囲気に負けることなくセイカはデキャンタのビールを一気に煽る。
「お姉ちゃんの飲みっぷりは、いつ見ても気持ちいよねえ」
実の姉の飲みっぷりを惚れ惚れした様子でベタ褒めするジャムズリ、どうやら二人の姉妹関係は良好の様だ。平気で十九歳差の姉を合コンに呼んでしまうのだから当然と言えば当然である。
その裏でリーは他の男陣営に肘で小突かれる。
セイカと言う爆弾を処理しろと言う合図だ。
その空気にリーは顔面の筋肉を小さく痙攣させて、
「……俺も彼女が欲しいんだけど?」
と本音を漏らす。まさに目の前の女性陣にギリギリバレないだろうやり取りで、全員がセイカを地雷と見定めた訳で。
合コン開始と同時に漂い始めた危険な空気を容易に感じ取れてしまう。
そして俺だけに向けられる不穏な気配も刺さる様にビンビンと伝わってくる。
その正体はセイカの目線だった。
彼女が俺だけを狙っていることは明白で、ヨダレを垂らして不気味な微笑みを向けてくるのだ。
セイカは是が非でも俺と結婚するつもりらしい。
その様子にジャムズリは、
「お姉ちゃん、ファイト!」
と笑顔で後押しする姿勢を見せる。
頼むからやめてくれ。
脂汗が止まりません、俺は異世界に移住してまで爆弾を抱えて生きたくはないのだ。
「それじゃあ紹介の続きをしますね〜。こっちの二人は私の同僚です」
「んじゃ、こっちも紹介するわ。俺はリー、職業はクエスターだ。こっちの二人は高校時代の同級生で同じくクエスターのメボタとズンダ。で、こっちが芝崎翔太ってんだ」
俺は自己紹介を済ませているので残った四人を幹事が紹介した。
その場の全員が小さく拍手で場を盛り上げる。
だけど俺は聞き慣れない職業を耳にして合コン中にも関わらず、興味が女子ではなくリーに移ってしまった。クエスターと言う職業は日本では聞いたことがないのだ、不覚にも隣に座るリーに声をかける。
「クエスターってどんな仕事なの?」
「もしかして、お前の国には無いんか?」
「芝崎さんって外国の方なんですかあ〜?」
「そうだよ」
「すっご〜い! 芝崎さんの国の話聞いてみた〜い!」
突然会話の流れが変わってしまった。
先ほどまでは姉のセイカを応援していたはずのジャムズリが俺に興味を持ち始めてしまったのだ。パアッと明るい笑顔を浮かばせて、俺の隣に移動してくるのだ。
シッカリと発育した体で無防備に近寄ってくる。
女性らしいその体付きはアラフォーなんかよりよっぽどいい、セイカは悪い奴ではないけど、合コンだったら断然ジャムズリと仲良くなりたいと思うのは当然だが。
気が付けば俺は表情が緩み切ってしまっていた。
他の女子たちも俺のことに興味深々と言った様子だ。
これなら無事に異世界の永住権とやらを手に入れることができる、永住権が無いとこの世界での生活に支障が出る。
セイカにそう説明されていたから少しホッとしたのだ。
だけど、そんな安堵の心をぶち壊してくるのは、やはりセイカだった。このアラフォーはジャムズリたちを押し退けて黒い笑みを浮かべて口を開く。
「ふっふっふ。ジャムズリはまだまだお子ちゃまですねえ、合コンの何たるかを知らないと見えます」
セイカは恐ろしい濃度の酒気を纏ったまま、彼女の言う合コンの何たるかを語り出す。小柄な体型と不釣り合いな加齢臭と凶々しいオーラがセイカから迸っていた。然りげ無く隣のジャムズリが、セイカに香水を吹き付ける演出付きで。
飲食店の店内で香水を使うのはダメだろう。
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