合コン準備
「いらっしゃい……ん? 芝崎君じゃないか」
俺の入店にオキナが気付いた。
ゆっくりとまぶたを開けて、いつもと変わらない態度でカウンターの前に座っていた。
「ポテチを探してるんだよね」
「芝崎君や、ウチは武器屋だぞい。君は本当にポテチあると思って聞いておるのかの?」
「斡旋所でココならあるって聞いて来たんだよ」
武器屋で駄菓子の在庫を確認する。
俺も最初は斡旋所の受付で騙されていると思った、コイツらは俺をバカにしている、後を付けてきてドッキリでもされるのかと疑った。
正直な話、今でも若干疑っている。
しかし受付の人が言うには、俺が探す品物が伝説のポテチだと力説するものだから渋々とオキナの店に来たのだ。ここにしかない、と言うから決死の覚悟で入り口を跨いだ。
しかし、できればこの武器屋には近寄りたくなかった。
これまで培った経験が俺の本能にそう囁くのだ。
「ふむ、芝崎君は伝説のポテチをご所望かのう?」
「ポテチのドラゴン味と悪役令嬢味、それからデュラハン味を五箱ずつ下さい」
「色々とジャンルが混じっておるが、注文はそれで間違いないかのう?」
「できれば、この店で買いたくないんだけどね」
「相変わらず酷いこと言うのお。ちょっと待っとくれんか、確かここに……有ったぞい」
オキナは小さな体で屈んでカウンターの下をガサゴソと音を立てる。カウンターは小柄なオキナが椅子に座って丁度の高さ、爺さんはヨイショと掛け声と共に段ボールを俺の前に積み上げていく。
明らかにカウンターの容量を超える体積の段ボールが俺の前に飛び出してきた。
「そのカウンターの下は別の時空に繋がってるの?」
「ちょっと言っとることの意味が分からんのじゃが、どう言うことかの?」
爺さんは分かりやすくシラを切りやがった。
とは言え、オキナをツッコんで深く関わりたいとも思わない。この店はサッと用事を済ませてササッと出た方がいい。
遺伝子レベルで俺の体に警戒のサイレンが鳴り響くのだ。
「爺さんと関わるとロクなことがないしサクッとお会計しちゃってよ」
「本当に酷いことを言う勇者じゃわい。ちょっとは生い先短い老人の話し相手になってやろうと言う優しさを持ち合わせても良いじゃろうて」
「余計なオマケも要らないから。あーあー、勝手にダンボールを開けて中に物を突っ込まない」
「ただのティッシュじゃて。店の宣伝くらいしても良いじゃろう」
俺の決め付けなのだろうか?
もはやオキナの行動全てが信用ならないのだ。
爺さんが手で掴んだものは確かにポケットティッシュの様だ、しかし俺にはただの宣伝用ティッシュが伝説のアイテムに見えて仕方がない。
今の俺は警察犬と張り合える感覚が備わっているのだ。
この武器屋は油断すると素知らぬ顔で俺の足を引っ張ってくる、店内にいるだけで自然と感覚が研ぎ澄まされるのだ。
だから敢えて強めに犬を追い払う様な動きで爺さんの行動に待ったをかける。
爺さんは爺さんで、シュンと落ち込んだ様子で、
「分かったわい、人の親切心を何じゃと思っとるのかのう?」
と愚痴を漏らしてようやく諦めてくれた。
「爺さんの親切は斜め上しかいかないし」
「そんな酷いこと言う勇者はぼったくっちゃうぞ?」
「支払いはクレジットでお願いします」
爺さんの嫌味を無視してカードを差し出すと、
「まったく、最近冷たいぞい」
とブツブツと文句を言いながらポテチの会計が始まった。
「商品の配送って手配できる?」
「ウチは基本的にお持ち帰り専門じゃよ。……何じゃい、せっかく伝説の宣伝用ティッシュをオマケしてやろうと思ったのに、ごぶはあっ」
ポロッと零れたオキナの本音に拳が反射的に出てしまった。
やはりオキナのオマケは確信犯だった。
爺さんを相手につい強く握りしめた拳を全力で振り抜いてしまった、小柄なオキナは拳で殴り付けられて奇声を上げて吹っ飛んでしまう。
これだけ老人を殴れば罪悪感の一つも芽生えそうなもの。
それを一切感じさせないのがオキナの凄いところだと思う。
爺さんは、それでも何処ぞのシリーズ化したロールプレイングゲームのモンスターの如くムクリと上半身を起こす。
まるで仲間になりたそうな目を俺に向けてくる。
「伝説のティッシュって何だよ。それから持ち帰り専門店とか惣菜屋かよ、多角的にふっざけんなよ?」
「芝崎君は怒っても感情の起伏が無いじゃろ? 少しくらい悪戯をしても許してくれるかなっ……ごぶはあっ」
また手が出てしまった。
疲れる。
オキナとの会話は本当に疲労を感じる。
疲れから精神的にも苛立って、ついつい手が出てしまうのだ。大の字になって床に倒れ込むオキナは何処にそんな体力が有るのか、またしてもムクリと起き上がって平然と話しかけてくる。
「ほれ、レシートじゃ」
「偶にはありがとうって素直に言わせてよ」
「お茶目なジジイの武器屋を今後ともよろしくの」
「お茶目が過ぎるからクレームが増えるんだよ」
レシートには支払い二千万ペレス、レシートには爺さんの割引伝説と手書きされていた。
伝説のポテチは一袋五万ペレス。
オキナはかなり割引してくれたらしい、こう言うところだけは律儀と言うか良心的と言うか。
素直に感謝の言葉を口にできない自分が情け無くて。照れ隠しにとオキナに背中を向けて俺は荷物を持ち上げた。
一箱三十袋入りのポテチを十五箱を難なく担げる自分にビックリしてしまう。
異世界に移住して何となくの理由でクエスターになって、今は体力労働も苦にならない。自分の変化に感慨深さを覚えて段ボールで前が見えない中で俺は少しだけ想いに耽る。
その要因は少なくともオキナの武器屋にもある訳で。
またしても心の中で普段口にしない感謝の言葉が掘り起こされる。そんな感謝の中で買い物を終えた俺は普段通り店の入り口を潜ろうとした。
そんな時、
「あ」
とオキナが漏らした声が耳に届く。
不安が一気に爆発して俺はピタッと動きを止める。
振り返ること無く、そのままの姿勢で俺が、
「何?」
と問いかけると不安は現実へと姿を変えていった。
「その扉は改修中なんじゃよ。入ってくるのは良いけど出口に使ったらいかんぞい」
「潜るとどうなるの?」
「センサーが稼働して横から弓矢が飛んでくるんじゃよ」
「……センサー? 弓矢?」
「最近クレームが増えてのう、強盗対策に設置してみた」
「そんなことするからクレームが減らないんじゃない?」
オキナは相変わらず感謝の想いを台無しにする達人だった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。




