唐突に誘います
「よう翔太」
繰り返されるデジャブ。
街の大通りを歩く俺に声をかける人物がいた。
毎度お決まりのリーが壁に背中を預けて軽く手を上げ挨拶をくれる。見知った間柄特有のそれだ、軽く目線を合わせて俺が挨拶を済ませるとリーは自然な流れで隣を歩きだす。
すると妙な沈黙が続き、
「はあ」
と俺は小さくため息を吐く。
リーは、もはやため息のための空気すら肺にストックが無いと言わんばかりにゲッソリと痩せこけた顔のままだった。
「……あんなに疲れた合コンは人生で初めての経験だったわ。ジャムズリちゃんって魔王の元部下だったんだなあ」
「今日の朝、魔王から連絡があってさ……」
「え? おめえ……魔王と連絡先交換してんのか?」
合コンは魔王と戦ったその日に日程や集合場所を指定された。
魔王は心臓を貫かれた状態で俺たちとの約束を守ってくれたのだ。だから俺もリーに至っても、連絡先を交換すること無く前回の状態へと突入した訳だ。
「グハハハ! 人間で唯一魔王の魔力メーターに連絡先が登録されておることを誇るがいい!!」
と豪快に笑う魔王の姿が記憶から掘り起こされる。
俺は笑えない。
それと誇れません。
「リー、明日は空いてる?」
まるで大犯罪を犯した首謀者がギロチン一歩手前で懺悔をするかの如く神妙な空気のまま俺は重い口を開いた。それを察っしたリーの反応が重い。
彼は自慢のリーゼントを櫛で整えつつ、汗だくになっていたのだ。
「魔王絡みなんか?」
「ティアラちゃんを完膚なきまでに叩きのめしちゃったのが尾を引いてるらしいんだ」
「何だそりゃあ? 尾を引くも何も合コン荒らしは魔王自らがが引きずって店から運び出したじゃねえんか?」
セイカによって合コンで無惨に撃沈したティアラ。
彼女はセイカの毒で合コンの間は意識を取り戻すことは無かった、合コン中はティアラは掘りごたつ席の隅っこに追いやられ、何故かその空席にセイカがスッポリと収まってしまったのだ。
合コンが終わり、それでも気絶したままのティアラは魔王によってズルズルと引きずられて帰宅した。あの光景は本当に見るに耐えなかった。
それを見たズンダが、
「市場の競りで売れ残ったマグロの末路みてえだっべよ」
と呟いた時の表情は忘れられない。
あの時のズンダは遠い何処かを見つめていた。
今思い返すと日本だったら即刻流行語大賞にノミネートされるだろうパワーハードだ。
「この世界にもマグロはいるんだね」
「あ? 翔太はマグロが食いてえんか?」
「食えない、食えなくなった。この前トラウマになったから」
合コンの度に俺のトラウマが増えていく。
「……おめえ、もう合コン行かねえ方が良くねえか?」
「煩いなあ、それどころじゃないんだよ」
リーの気遣いに悪態をついてしまうほど俺は重症なのだ。
「何かあったんか?」
「魔王が、また合コンをやるって言ってるんだよ。その原因がティアラちゃんにあるんだって」
「……詳しく聞かせてくんねえ……いや、やっぱり聞きたくねえな」
「ティアラちゃんって実はセイレーン族のお姫様らしいんだよね。セイレーンって一族が立ち上がると魔王すらも手を焼くって話でさ」
リーは話の途中で耳を塞いで、
「ああああーーーーーーー」
と外部の音をシャットアウトしようと試みる。その表情は抽象画みたいに何ともシュールで俺も気持ちは理解できてしまうのが辛い。
だけど俺一人だけで背負い込める案件とも考えていない訳で。
「それでセイレーンの族長が責任とって合コンを開けって猛抗議してるんだって」
因みにジャムズリはサキュバズ族のお姫様らしい。
セイレーンと双璧を成すサキュバス、この二種族を押さえ込むために魔王はお姫様を人質としてしたと言う。魔王は戦闘狂に見えて意外と計画性も兼ね備えていたのだ。
そう言う計画性は合コンでも発揮してほしいものだ。
魔王曰く、
「毎日戦いに明け暮れるは我が趣味に非、好きな時に戦えることが重要なのだ」
だそうで。
魔王はサラッと勇者と戦いながら、本人も無自覚なところでウッカリと世界の均衡を保つ役割を担っていた訳だ。サキュバスとセイレーンの衝突は魔王基準でも世界の崩壊へと直結するとか、しないとか。
その事実を初めて知ったリーは、
「んなこと公表したら世界中がパニックになんぞ?」
と一介のクエスターでありながら世界の秩序を懸念するまでの考察に至ってしまう。
リーと隣り合って歩いていると、いつの間にかアラフォー水産の前に差し掛かっていた。偶然、店舗の入り口がガラッと開き、店長らしき人物の姿が見えた。
彼は俺たちの存在に気付くとギョッと目を見開いて、ゴメンと言いたげに両手を合わせるジェスチャーのまま会釈をしてくれた。
俺が乾いた笑い声を上げるとリーは不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。今のはどう言うことだと、彼の目線が俺を追求してくるのだ。
俺は足を止めて大きく息を吸うと説明する覚悟を決めた。
そもそもリーは今回の合コンに巻き込む気満々だったのだけど、と言うよりもリーたち以外に俺は合コンを誘える知り合いがいないのだ。
「……今回の合コン、何処の店も予約できなかったんだ」
「何で?」
「前回の騒ぎが首都中に広まっちゃってさ、居酒屋業界全体で合コン禁止を決断しちゃったんだよ」
「お、おい! そりゃあ無えんじゃねえか!? じゃあ俺たちは今後、何処で合コンすりゃあいいんよ!?」
リーの怒りはご尤も。
その合コン禁止に至った理由もセイカが店員でありながら、客の立場のティアラに毒を盛ったことが一因となっている。
しかし現実は残酷なのだ。
俺は、それを仲間に叩き付けるしか術が無かった。
「……ウチ」
「あん!? 聞こえねえよ、翔太はもっと腹から声を出しやがれってんだ!」
「俺の屋敷が今回の会場になっちゃったんだよお……」
どんよりとした空気をダダ漏れにして俺は人通りの多い街の大通りをひたすら歩く。どうしてこうなったのかと、頭痛しか残らない結末を知ってリーは無言になってしまった。
アングリと口を開いてリーが、
「す、すまねえ。強く言い過ぎちまったんかな?」
と謝罪を口にしてくれるも俺は、
「リーたちとバーベキューでもしようと思って改修した屋敷周りがさあ、魔王主催の合コン専用設備になっちゃったんだよお」
と不幸の情報を箸休めにと会話に添えるしか無かった。
会話のメインディッシュが脂っこいからパンチの効いた情報を洗い流す作戦は見事に的中した様で。
言葉を失ったリーは、
「あ……あああ……あー……」
と壊れたオモチャみたいになってガタガタと小刻みに全身を震わせる。
まるで風邪でも引いたかの様な動きで彼は大量の汗を滴らせて歩く。
俯いた目線は俺の目を直視できないと言うことだろう。
ここは敢えてトドメを指すべきか?
「因みに魔王は俺の屋敷に入り浸ってるんだよね」
「おめえん家が魔王城だったんか?」
「行く場所が無いって言うし逆らうと面倒だし、かと言って野放しもアレかなって思って……さ」
「この話は俺からズンダとメボタに言っとくわ、おめえは今日はもう帰って寝な。な?」
ポンと歯切れのいい音が俺の肩を叩くリーの手から鳴り響く。
リーは俺を気遣って満面の笑みを残して去っていった。最後まで手を振って、リーゼントを揺らす彼の笑顔はキラキラと輝いていた。彼の姿が人混みで見えなくなるまで俺は手を振り返した。
そして、ふと用事を思い出す。
「……魔王にポテチを買っとくように言われたんだった。ウッカリ忘れでもしたら大変だから早めに済ませとこうっと」
勇者の俺は魔王のお遣いで、とある場所へと歩き出していた。
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