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暗躍する合コン劣等生

 追加で注文したビールを店員が運んで来た。


 随分と小柄な店員だった。


 下を向いたまませっせと厨房と席を往復する姿が印象的で、一人でこの席の注文を担当しているのだろうか? 黙々と料理のお皿と飲み物のジョッキを運んでいた。


 ティアラの暴虐無人っぷりを見た直後だから、そう言った姿は余計に輝いて見えるのだ。



「真面目に働いてる人を悪巧みに巻き込んで申し訳ないなあ」

「お願いしたら女の店員さんもノリノリだったべさ」

「ズンダ、そうなんか?」

「うん。頃合いを見計らって然りげ無くやるって話の通じる店員さんだったべさ、なんか恨みでもあるのか魔女みたいに不気味に笑ってたんだっぺよ」

「魔女?」



 魔女と言う言葉で知育菓子を謳って発売された某有名量産製菓のコマーシャルがパッと思い浮かんだ。


 あまりにもアッサリとしたズンダの報告は俺だけでは無く、リーも不安を感じ取ったらしい。


 彼に至っては、

「そう言われるとビールが魔女の秘薬みてえに見えんよなあ」

とジョッキの中で泡立つ炭酸を店内の灯りにかざして覗き込んでいた。


 リー自慢のリーゼントの僅かな揺れはドミノ式に俺にも不安をお裾分けしてくる。



「何だ貴様、悪巧みか!? グハハ、いくら合コンだからと言っても、はしゃぎ過ぎはいかんぞ!?」



 魔王は俺たちの考えを何となく察していたらしい。


 それでも魔王ポーズのまま豪快に笑い飛ばすのみ、その様子に俺たちは逆にコソコソと動くことが自体に罪悪感が芽生えてしまう。


 せっかく魔王がセッティングしてくれた合コン。


 それを俺たちは勝手に味付けを施そうとしている訳で。



 そんな俺たちに並行してティアラは、

「ジャムズリはさ〜ちょっと可愛くて〜お姉さんが魔王の側近で偉いからって〜アタシをバカにしてるんでしょ〜〜? 感じ悪い〜」

と何故かジャムズリを標的にして当たり散らしてはグビッとビールジョッキを飲み干していく。


 如何に飲み放題とは言え飲み過ぎではなかろうか? 既にティアラが何倍目か覚えてすらいない。


 彼女は水を飲むかの如くビールを煽って酔っ払う素振りすら見せずピンピンとしているのだ。


 ティアラが飲み干すと先ほどの店員は手際よく、お代わりのジョッキを運んで。まるでわんこ蕎麦を連想させる光景が目の前にはあった。俺もリーたちも三人全員が自分の目を疑って、ゴシゴシと目を擦るほどだった。



「だからお姉ちゃんは関係無いってばあ。ねえ、ティアラちゃんも機嫌直してよお〜」

「どーしよっかなー」

「どうすれば機嫌直してくれるの〜?」

「男全員がアタシと連絡先を交換してくれたら考えるけど」



 ティアラによる突然の無茶振りだった。


 彼女は敢えて仲間を揺さぶってから俺たちへ視線を泳がせるのだ。獲物を狙うその目付きが垣間見えた瞬間だった。


 その手口は正に百戦錬磨のそれだった。

 恐らく彼女は最初から正攻法で俺たちと連絡先を交換できないと踏んでいたのだろう。だからこそ、敢えて仲間のはずのジャムズリを利用した。


 これは俺たちがジャムズリからの頼みを断れないと考えてたティアラの作戦だ!


 噂の合コン荒らしはジャムズリにチラチラと自分の魔力メーターをチラつかせているじゃないか。もう自分の仕事は終わったと確信した表情を彼女は浮かばせているのだ。


 

「うわあ、感じ悪。あの子すごく感じ悪いんだけど」

「全員分かってんな?」

「何がだべか? 俺はさっき魔力メーターが壊れて電源が入らないっぺよ」

「俺も何故か電源が入らないんだよね」

「あっれー? 偶然じゃねえか、俺も魔力メーターが故障しちまったんよ。全然電源が入らねえんよ」

「グハハ、貴様ら全員、見事なまでの外道っぷりだな!! 見ていて逆に気持ちがいいぞ、それでこそ魔王と酒の席を共にする者たちだ!」



 俺たちの連携は完璧だった。


 魔王すらも認める俺たちの合コン戦術は仲間と息を合わせた完璧なコンビネーションだった。魔王など、またしても、

「三人まとめて気に入ったぞ! そのやり口は我と同じ側である!!」

と拍手喝采で褒めてくれたのだから。


 一瞬だけ何のための合コンだと、ツッコミたかったけど。

 それは、この際は置いておくとしよう。


 しかし、本当の地獄はここから始まっていくのだ。



「アタシ、最初に言ったよねえ? セイレーンの歌声はビールで喉を濡らさないとダメだって言ったよねえ?」

「セイレーンの歌声は人間を操る力を秘めておるのだよ! つまり貴様らの言う魔力メーターの故障に嘘偽りがあった場合、貴様ら三人はティアラによって強制的に連絡先を交換することになるのだ! グハハハハハハハ!」



 高々と叫んだ魔王の言葉に俺たちの行動は無駄な足掻きだと断言されてしまった。


 俺たち三人は凍り付いた場の空気に飲み込まれてしまい、一瞬にしてシーンと席全体が合コン氷河期へと変貌を遂げる。


 天変地異によって温度も食料も失われた絶体絶命の生命の危機に瀕した気分だ。隣のリーなんて霊的な何かを口から溢れてしまい、完全に気を失ってしまう。



 しかし俺は諦めない。


 こう言う時のためにズンダに裏工作を頼んでいたのだから。そろそろですよ、と俺はゆっくりと厨房に視線を送る、ズンダも同じ考えだった様で。二人揃って合図のつもりで振り返っていた。


 だけど厨房には人っ子一人いない。


 俺とズンダも最後の希望を見失って絶望してリーと同じ状態になってしまった。



 俺とズンダが口から霊体を吐き出した瞬間、

「お待たせしましたー。追加注文のビールでーす」

と更にビールが席に運ばれてくる。


 どれだけ絶望しようとも合コンは続く、俺たちはいつ頼んだのかも忘れてしまったドリンクが店員によって運ばれてきた。



「んんっ! 歌う前に念押しでもう一杯だけビールを飲んじゃおっかなー。グビグビグビ!」



 喉越し爽やか。


 ティアラの喉を通るビールの音が死刑宣告のカウントダウンに聞こえてならない。俺はもう最終手段として本当に魔力メーターを壊してしまおうかとポケットに手を入れた。


 握り潰してしまえば良いと本気で決意したのだ。



「魔力メーターって意外と硬いな」

「翔太、テレビのコマーシャルでも言ってるべ? 魔力メーターってすごい硬いんだべさ、それこそ伝説の武器で叩いても破壊できないくらいだっぺ」

「……オワタ」

「グビグビグビ……ん!? ごぶはあああああああああああーーーーー!!」

「ティ、ティアラちゃん!? 急にどうしたの〜!?」


 

 絶望した瞬間、突然ティアラが絶叫と共に口から泡を吹き出した。掘りごたりだから良かったものの、すごい勢いで後ろに倒れ込んでいった。


 倒れた後はピクピク全身を痙攣させながら白目を剥く。


 友達の急変にジャムズリたちは慌てて声をかけるけど、肝心のティアラは応答を返さない。青髪の子と赤髪の子が手際良くティアラの呼吸と心拍数の確認を繰り返すも、やはり応答は無かった。


 流石は病院に勤めていただけはある手際の良さだった。


 ジャムズリなんて険しい表情で首を横に振るものだからティアラが死んでしまったのではと内心でハラハラするしてしまった。確かに俺はアイコンタクトでズンダへ飲み物に毒を漏れと指示したけど、これはやり過ぎだ。


 そうなのだ。


 俺たちの狙いはティアラに毒を盛って、異変のどさくさに紛れて居酒屋を出ることだったのだ。



「グハハハハハ、まさか毒を盛るとは我も思い付かんわ! 貴様らは最高だ、我の支配下に入れば優遇するぞ!?」

「魔王も声がデカいって。それとズンダ、流石にこれはやり過ぎだよ」

「俺もこんなつもりは無かったんだべよ! 店員のお姉さんに渡したのはただ腹の調子を悪くさせるだけの薬だべ!」

「私が独断で混入する薬をすり替えました!!」

「うわあ、ビックリしたあ! って、セイカさん!?」

「お、お姉ちゃんがどうしてここにいるの!?」



 元気が有り余った様な声に反応して振り返ると、そこにはセイカの姿があった。彼女は居酒屋の制服に身を包んでブイサインを作って俺たちに向けていた。


 魔王がその存在に気付くと、

「おお、ノベナアーツではないか!」

と知り合いとの再会に驚いた様子を覗かせる。


 魔王としてもセイカの登場は想定外だったらしい。


 しかしズンダは、

「この人がさっき言ったノリノリだった店員さんだっぺよ」

と俺に説明いてくれた。


 その様子を見る限りズンダはセイカのことを忘れていた様で、

「翔太の知り合いだったべか?」

と逆に質問をされてしまう。


 これはアレだな、セイカが制服を着ていたからズンダが気付いていないだけかもしれない。それでも今は重要なことは、そこでは無いと俺はズンダを後回しにしてセイカに歩み寄っていく。



「セイカさん、今日も屋敷を抜け出しちゃったの?」

「芝崎お兄ちゃん! セイカは抜け出しに慣れてきたし仕事とかで毎日抜け出してますよ、最近は本職以外に居酒屋でバイトを始めましたし!」

「セイカさんが国家公務員だったのスッカリ忘れてた」

「お姉ちゃん、どうしてティアラちゃんに毒を盛ったの〜?」

「大切な妹がバカにされたんだから仕返しはするでしょ! それと、お兄ちゃんを困らせる輩は天誅♡」



 今度は立てた親指をジャムズリに向けて妹のためだと言い切った。

 ついでに俺には投げキッスを放り込んで来やがった。


 ジャムズリも自身の姉の言葉に、

「ふえーーーーーん! お姉ちゃん大好きいーーーーー!」

と泣きじゃくって飛び込んでいった。


 セイカは、その妹の頭を撫でて優しく抱きしめ返す。親友と言っていたはずの床に倒れ込んだままのティアラを足蹴にしながら姉妹は絆を深め合う。


 二人がガシガシと踏み付けるティアラは気を失ったまま。


 呼吸音すらも聞こえないことは触れずに黙っておいた方がいいのだろうか? むしろセイカとジャムズリは完全にティアラの存在を忘れてしまった様に感じる。


 それどころか残りの二人も姉妹愛に涙を流すだけでティアラの心配など一切しないのだ。噂の合コン荒らしは驚異だったけど、今だけは同情してしまう。



 本人には口が裂けても言わないけどね。


 下手にそれを口にして狙われたら俺からすれば堪らないのだ。



「グハハ、久しぶりではないかノベナアーツよ! 貴様のヤンチャっぷりは相変わらず気持ちがいい!」

「……誰でしたっけ?」

と怪訝な表情を浮かべたままセイカが魔王に首を傾げる様子に俺は、

「セイカさん、その間は間違いなく覚えてないよね」

と不安が言葉になって口から零してしまった。


 それでも魔王は俺の不安など一蹴するかの如く大きく笑うだけ。


 今回の合コンもまたセイカの登場によって破壊の限りを尽くされてしまった。


 それでも俺たちが彼女に救われたこともまた事実。

 危うくセイレーンの力で操られてティアラと連絡先の交換をするハメになるところだった、それだけはセイカに感謝するとしよう。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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