飴と鞭
全身からプレッシャーが湧き水の如く垂れ流される。
威圧と言う名の巨大な波が俺たち三人を丸呑みにしていく。
魔王と呼ばれる男は印象とは真逆で至って静かに目を開けた、パチリと力強く両目を開けて地面に着地すると猛獣みたいな雄叫びを上げて俺たちを極限まで追い込んで来た。
物理的では無く精神的な魔王のマウントを前に俺は足が竦んでしまった。
完全に気圧されてしまった俺は一歩二歩とゆっくりと後退しながら、
「……よ、久しぶり」
とカツアゲを知り合いのフリで誤魔化す様な軽いノリで話しかけるも肝心の相手からは完全に無視。赤の他人以下の扱いを受けてしまう。
挨拶のために挙げた右腕はガタガタと震え上がったまま。
「ふむ、世界樹に封印されて瀕死だった我に地上から圧倒的な回復力が滴り落ちてくれたおかげで復活できたぞ」
魔王は準備運動の様に全身の隅々を動かし始めた。
つま先でトントンと軽く地面を叩き手首を回して、時には屈伸運動などで全身の鈍りを解していく。目の前にいる俺たちのことなど興味が無いと言わんばかりに延々とそれを繰り返す。
完全に俺たち三人を格下扱いしているのが肌で感じる。
しかし、俺にはそんな現実よりも気になることがあった。それはリーとズンダも同様だった様で、俺たちもまた魔王を前にコソコソと密談を開始する。
「リー、もしかしれ俺たち……やっちゃった?」
「……かも知んねえ……よなあ?」
「グハハ、素晴らしい。あの恵みの滴りが無ければ我は完全体での復活などできなかっただろう……、今の我は全盛期を超越しているのでは無いか?」
魔王の然りげ無い呟きは背中越しで俺たち三人を更なら地獄へと叩き落としにかかる。魔王が言うには俺たちは封印前よりも強い状態で彼を起こしてしまったらしい。
不気味な笑い声はナイフの如く鋭利に俺たちの背中に突き刺さるのだ。
オモチャだったら今頃は首が飛んで楽になれただろうにと、現実から目を背けたくて仕方が無かった。
もはや威圧感よりも罪悪感の方が殺傷力が高いとさえ思えてならない。
「だげっちょ、現実問題としてどうするだべか? 俺たちだけで魔王と戦うだか?」
「やるっきゃねえよ、やるんだよ!」
リーは自分にそう言い聞かせて大声を捲し立てる。
その声に反応して俺たち三人はそれぞれの武器を構えて突撃のキッカケを探る、ジリジリと動いて胃痛になりながらも魔王の隙を必死に探した。
敢えて言うなら魔王は隙だらけ、俺たちに囲まれても気にすること無く準備運動を続けていた。
その余裕の姿に逆に突っ込むキッカケを見つけられずにいる。
「……誰か合図をくんねえか? このままじゃあ埒があかねえんよ」
「逃げないの?」
「翔太あーーーーーー! もう一度言ってみるだべーー!」
「ちょっ、ズンダ? そんな怖い顔で胸ぐらを掴みかかっちゃって、どうしたの?」
「トメさんたちを置き去りにするつもりだっぺか!?」
ズンダはご尤もな怒りを口にした。
瞬時に茹で蛸みたいに顔を真っ赤にして俺を罵倒しにかかる、ズンダの意見が正しいのは理解できるけど状況が状況だろうとツッコみたい。
怒り狂う彼は見たこともない表情を浮かばせて、死の物狂いの顔付きになって俺を押すからリーにぶつかってしまった。
そのリーも後ろからポンと肩に手を置いて、
「翔太、これがクエスターなんよ。請け負ったクエスト以外だけが仕事じゃねえってな」
とトドメの一言で釘を刺す。
斡旋所でも、クエスターは緊急事態の際は自発的に街と市民を守る様にと約款を渡されているのだ。
「じゃあカウントでいい? ゼロになったら全員で魔王に突撃ってことで」
「やってやるべ、街のお爺ちゃんお婆ちゃんは俺がこの手で守るっぺ!」
「ズンダって盲信者と言うより老人ジャンキーだよ」
「婆ちゃん家に入った時の妙な匂いを思い出すだけで気持ちが昂るんだべよーー!」
「んじゃ俺は近接戦闘に備えねえとな」
興奮するズンダはともかくリーは戦闘準備が整っていた。
モミアゲリボルバーと櫛を両手で一緒に握るスタイルで低く腰を落とす、いつでも飛び出せる姿勢のまま覚悟を決めた目付きが見て取れる。
ズンダは目が完全に据わって、老人と言う名の危険な薬で情緒不安定のままだった。
「5、4、3、2……1……0、ゴー」
「入れ歯ビット攻撃だべーーーーーーーーー!」
「うおおおおおおおおお! 前衛は俺に任せろーーーーーーー!」
「グハハ! 漲っておる、我の生命力が漲っておるぞーーーーーー!!」
「うわあああああああああああ……」
カウントゼロと共に突っ込んだ俺たちを魔王は無自覚で振り払った。
バトル漫画にありがちなオーラを全身から解き放つ、まるで俺たちは蚊の如く扱われて軽々と吹き飛ばされてしまった。
「翔太あ、やる気あんのかよ!?」
「ふがふがふがふが!」
俺の気の抜けた悲鳴は仲間からも非難轟々だった。
リーとズンダは後方の壁に押し切られながらも俺のやる気を的確に突いてくる。だけど言い訳などできようはずが無い、剣は手元から離れて食堂の隅に追いやられてしまった。
緊急事態を前に武器を手放したクエスターが言われ放題なのは仕方が無い。
ズンダの入れ歯ビットとか言うロマンとツッミコどころの塊が魔王のオーラをモノともせず突き進むのだ。ズンダは意外と好戦的と言うか、庇護欲求が強かった様でトメさんたちを守らんと鬼の形相で立ち向かっていた。
「ふがふがふがふがーーーーーー!」
何を言っているかは皆目検討も付かないが、ズンダは目が本気だった。
「ほお……、これは我を封印した勇者どもが使っていた伝説の入れ歯ビットなる武器か? 懐かしいのお、あの頃は我も血気盛んだった故に挑んで来た人間どもの尽くを半殺しにしてやったものよ。いや、四分の三殺しだったかな?」
魔王は思い出に浸る。
ズンダのヨダレがベチョベチョの武器に目を細めていた。しかし、一番恐ろしいのは然りげ無く俺たちを半殺しにすると言う発言。
この完全なる脅しに予想外だったことはズンダたちは全く怯まないことだ。
「ふがーーーーーーー!」
「くうーーーー……風が、オーラの風があああああ。ズンダ、翔太も頑張ってくれえええええ……」
「無理無理……横に重力が働いてるみたいな中で動けないってば」
「ふがふが!?」
「いや、ごめん。言葉は理解できなくともズンダが怒ってるのだけは分かる、て言うか入れ歯ビットと出っ歯カッターって別物なんだね」
ズンダは本気だ。
俺はまだ移住した異世界の感覚を理解できていなかったらしい、普段大人しいズンダがここぞとばかりに敵に立ち向かう姿は驚くばかりだ。
入れ歯ビットを飛ばして出っ歯だけとなったズンダは覚悟の足らない俺を顔を真っ赤にして怒る、その彼はリーと通じるものがあった。
そのリーも壁に張り付いて、諦めずにももがいて戦おうとする。
俺だけが弱音を吐いて、何とも情けなさを覚えてしまった。
「くっそおおおおおおおお! 二人に負けてられるかああああーーーーー!!」
「ぐおおおおおおおお……俺の切り札はリーゼントキャノン、何とか首に力を込めて銃口だけでも魔王に向けられれば……!」
「あ」
「あん!? どしたんよ、翔太あ!」
スッカリ忘れていた。
俺の防弾チョッキも伝説だった、確かオキナはあらゆる攻撃への完全耐性が備わっていると言っていた記憶がポロリと頭の中で転がってきた。
もう伝説の武具がそこら辺に転がっているから俺自身も何が伝説で何が普通か感覚が狂っていたらしい。
「えっと……、そうか。このチョッキはオートじゃなくてマニュアル操作だったのか」
頭の中で自覚するとオーラの風に影響を受けなくなっていた。
初めてオキナの武器屋で購入したアイテムがまともに機能した。オーラの波動を全身に受ける中で身の軽さを感じて壁に張り付いていた体はゆっくりと地面に着地を果たす。
まるで重力にエスコートされた気分だ。
「貴様、魔王オーラに抗うとは。それも我を封印した勇者どもが使っていた伝説のチョッキではないか」
初めて魔王が俺に興味を持ったらしい。
表情は一切崩れず魔王は視線をゆっくりと俺に向けてきた。ズンダの放った渾身の入れ歯を上半身の動きだけで回避して、あくまでも余裕の姿勢を見せ付けてきた。
一人で魔王に立ち向かうのは心細い。
何よりも、このシリアスな雰囲気の中で俺は自分のやらかしを誤魔化すことの困難さが最大の悩みどころだ。
「剣は……よし、鞘から抜けて床に刺さってるな」
あの状態なら仮に合言葉が出ても地面に伸びるだけだ。
食堂の隅で文字通り伝説の剣を彷彿とさせる様子で佇む剣にチラッと視線を向けて、再び魔王を向き直す。
「面白い、せっかく復活したのだ。準備運動代わりに軽くひねってやろう。雑魚の分際で生意気にも伝説を扱いし愚か者よ、魔王の遊び相手になれることを誇るがいい。……そうだ、せっかくだから我を満足させることができたら褒美をくれてやろう」
「褒美? 褒美って何をくれるの?」
「合コンを開いてやろう。魔王が認めた選りすぐりの美女美少女を集めてやろうではないか。サキュバス、セイレーン、マーメイドなど様々な種族から選りすぐってやる」
「乗ったああああーーーーーー!!」
本日二度目、人生を振り返っても二度目の経験となる大声を発して俺は魔王に向かって走り出した。
「翔太あ、絶対に認めさせんだよおおお! 俺たちで力を合わせて魔王をぶっ殺してやんよ、全力で援護してやんよーーーーーーーー!」
「ふがふがふがーーーーーーーー!」
リーたちは魔王の言葉に目を血走らせていた。
身動きを取れないながらもガムシャラに抵抗を始めると、
「フフン」
と魔王はほくそ笑む。
拳銃を握りしめる俺の背中は仲間たちの応援を受けて情熱を帯びるのだった。
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