やらかして魔王復活
俺たち三人は老人ホームの建物を目指して走った。
トメさんたちには、
「危ないからおやめよ」
や、
「孫よりも若い子に目の前で死なれたら私たちは……」
と考え直す様にと言われてしまった。
何処ぞの頭痛薬の如く半分の騒ぎでは無く、全て優しさでできていると言っても過言では無いお婆ちゃんの引き留めを振り払って俺たちは老人ホームの中に舞い戻ってきた。
それに対してリーが、
「俺たちは腐ってもクエスターなんよ。婆さんたちにゃ悪いけど弱え奴を守ってやんのがクエスターの生きる道なんでな」
と男前全開の言葉を残して来るものだから俺たちの評価は鰻登りだ。
ただ自分の尻拭いしか頭に無い俺とは大違い。
ズンダもズンダで真剣にお婆ちゃんたちを救いたい一心で、ここのいる。
俺は正義感溢れる二人の近くにいると呼吸困難を覚えてしまった。
「くっそお、建物が予想以上にデケエ。これじゃあ発生源の特定ができねえんじゃねえか?」
老人ホームのエントランスの中央でリーは愚痴をこぼす。
目に入った老人ホームの案内板を見て改めて全体像を実感したのだ。リーとズンダは頭を抱えて真剣に事件の解決を考えている。
そんな中で、だ。
俺は発生源に心当たりがあるなどと口が裂けても言えない。
それでも一刻も早く事態を収拾したいと、その決意だけは二人と同じだった。
「何となくだけど、まずは合コンしてた食堂に行ってみない?」
とそれとなく誘導を試みた。
こう言う時は直感と言う方がスムーズだ。
「あんまり考えたくはないげっちょ、行ってみるべ」
「だな。手掛かりなんてハナっからねえんだし、まずは動かねえと探し物は見つけらんねえよなあ」
「うんうん、まずは足を動かそう。捜査は足が基本だって昔の刑事ドラマで言ってたし」
「ドラマが何かは分かんねえけど行くぞ!」
勢いで口車に乗せることに成功してリーとズンダを全速力で走らせた。後は上手いこと立ち回れば証拠の隠滅は完了だ。
息を荒げて先頭を行く俺はチョッキのポケットに手を伸ばす。
早撃ちのために拳銃を抜く準備に入った。緊急事態に備える素振りに見せかけて俺は食堂到着前に発砲する気満々だったのだ。
そんな俺の腹の中をリーやズンダは疑いもせず付いてきてくれる。むしろ褒めてくれさえするのだ。
「翔太、おめえも随分とクエスターが板に付いてきたじゃねえか」
「あらゆる事を想定してケンジューに手を添えてるんだっぺな?」
「敵だーーーーーーーー!」
チャリーンチャリーンチャリーン。
食堂の入り口が見えたと同時に数発発砲した。
食堂に続く廊下を三発の銃弾が突き進む。
狙いは俺たちが合コンで使っていたテーブル、あそこの床に俺が剣で開けた穴があるからだ。あの位置に穴がある以上、俺が疑われてしまうから早速証拠を消した訳だ。
そんな俺の大声にリーたちが驚いてしまい、ビクッと反応する。普段の俺は大声を上げないから何事かと思って二人は急ブレーキをかけた。
三人で身構える中で周囲はシーンと静まり返って、俺の銃弾がテーブルを破壊する音だけが響く。無論、敵などいない。
目的物の破壊を確認してから俺は、自分の行動を誤魔化しながら再び走った。
当然、他の二人もそれを追い掛ける。二人は驚いた反動で、俺に怪訝な顔を向けてくる。
「ごめん、見間違いだった」
「あーあー、さっき座ってたテーブルが粉々だべさ。アレを敵と見間違うなんて翔太も存外ビビリだっぺ」
「そんだけ慎重だってこった。いいんじゃねえか?」
リーがいい方向へ勘違いしてくれた。
ここに来て俺の株が急上昇し、
「確かに慎重なのはいいことだっぺ」
とズンダも同調してくれる。
周りの評価とは裏腹に自分自身からの評価が大暴落していることは黙っておこう。
人生で初めて大声で叫んだ自分自身が一番驚いていることも黙っておこう。
「ん? 翔太」
俺の後ろを走るリーが声をかけてきた。
もう少しで食堂に入ると言うタイミングで、振り返ると彼は勘繰る様な表情を見せる。あまり見ない仲間の表情に俺は嫌な予感を抱く。
もしかして何かバレたか? とドキドキしながら、
「どうしたの?」
と返すとリーはドキッとする様なことを言い出した。
「おめえのおニューの剣、鞘の先っぽに穴が空いてんぞ?」
「……あれえ? 不良品かなあ? 事件が解決したら武器屋の爺さんにクレームだよお」
「何か棒読みくせえんよな。まあ気を付けろよ、装備の身だしなみはクエスターの基本だかんな」
名探偵に追い詰められる犯人とは、こんな気持ちなのだろうか。
突拍子も無いリーの追求に、危うく口から心臓が飛び出しそうだった。リーの自然な気遣いは彼の性格から来るもので、それが余計に俺の罪悪感を抉るのだ。
何度目かの罪悪感に俺は不自然なほどに手足を動かして全力疾走してしまった。
その姿をどう感じたのか、二人は予想外にも目を輝かせて、
「おっしゃあああーーーーー! 翔太のヤル気に触発されちまったぜーーーーー!」
「俺も負けないべーーーーー! トメさんたちの居場所は俺が守るっぺーーーー!」
と絶叫しながら走る。
その勢いのまま食堂に足を踏み入れると、俺たちの到着まで部屋に充満していた静けさは押し退けられる様に部屋からいなくなってしまう。目に映ったものは俺が拳銃で撃ち抜いたテーブルだった。
そしてヒッソリと床に残る縦長の小さな穴。
「ん? 床に穴が空いてんぞ」
「あ、本当だっぺ。世界樹の根っこは地中の奥深く……これじゃねえべか?」
俺の剣が突き刺したそれだ。
ここでも裏工作が終わったら然りげ無く穴の存在に誘導するつもりだった、それがリーたちの目に偶然止まってしまう。予想外の展開に心臓をブスッと剣で刺された気分に落ち入ってしまった。
俺は床に空いた穴の調査を進める二人の後ろでドバドバと汗を滝の如く滴らせるしか無かった。リーたちの真剣な調査は俺を置き去りにして、短距離走みたいにゴール目掛けて一気に突き進むかの如く進捗していく。
時間の問題とはこう言う空気を言うのでは無いだろうか?
これはヤバいな。
「穴の位置、ここって翔太が座ってた位置だっぺよな?」
「……俺が座ってたのはアッチじゃないかな?」
「そんな訳ねえべよ、翔太が座ってた場所は絶対にココだべ。俺はお爺ちゃんお婆ちゃんっ子だげっちょ、逆に記憶は凄くいいっぺさ」
俺がすっと呆けるとズンダに、そこまで言うかとばかりに比例されてしまう。ついでに大好きだと公言して憚らない人種をサラッとバッサリと切り捨てる。
彼は床を何度も人差し指でツンツンと差す仕草を繰り返した。
トドメはリーの一言、
「そういやよお、さっき妙な感覚があったんよ。何つうか床に何かが刺さったつうの? オメエらも感じたよなあ?」
だった。
その言葉にズンダも強く頷いて、その通りと強調する。
ここまで来たら是が非でもすっと呆けてやるんだ。
二人のやり取りはそんな俺の決意をを逆撫でしてくる。もはや抽象画みたいな顔付きしか取れない俺は気が付けば自然な流れで崖っぷちまで追い込まれていた。
名探偵に追い詰められた犯人どころでは無い、もはや横綱に土俵際まで追い込まれた新入幕の幕内の気分だ。
「俺も感じたっぺよ。何て表現したら良いんだべか、ブスッとかズブッみたいな感じがしたべさ」
「ま、まあ二人が感じたことの検証はこの辺りで良いんじゃないかな? 今大切なのは世界樹がダメージを負った原因じゃないか。ここに穴がある、最も重要なのはそれだろ?」
「別に否定はしねえけどよお、翔太は随分と必死じゃねえか? さっきからチョイチョイと話題を変えようとしてる様に感じるんよ」
「必死になるのは当たり前だよ、俺だってクエスターだからね!」
リーの感性が的確すぎる。
ここで反論したら逆に怪しまれそうだ。しかしリーは無言となった俺に、
「まあ良いけどよ」
と一言添えて再び興味の対象を床に空いた穴にへと移していった。
「この穴に薬草を流し込めば良いんだべか?」
「厳密に言えば薬草の搾り液だな」
「この下の世界樹の根っこに薬草の搾り液を流し込んで、元気な状態に回復させるってことだね」
「そう言うこと。んじゃ翔太、悪いけどよお伝説の薬草を使わせて貰うわ。やり方は薬草の束を絞ればいいだけだかんな」
ようやく作業に取り掛かった。
お願いだから何も考えずに作業をしてくれと、心の中はヒヤヒヤする一方。
俺の本音はサッサと世界樹を回復させて一刻も早く老人ホームから出たかった。自分のケツは自分で拭きますと、ひたすら頭を下げながら小さな穴に仲間と力を合わせて薬草の搾り液を流し込んでいく。
外から薬草の箱を運搬して、中から薬草を取り出しては束のまま漫才師みたいな顔付きになって力の限り搾る。
その繰り返しだった。
薬草は思った以上に水分を含んでいて雑巾みたいに搾ると大量の液体が落ちる。ビチャビチャと流れる液体をただ凝視する時間が長く感じた。
まだまだ作業は続く。
と、そんな時にこそ不測の事態は起こるらしい。
老人ホームの食堂はズゴゴゴゴゴと再び大きな揺れを経験するのだ。
「またデケエ揺れだな。薬草が効いてねえんか?」
「それとも原因は世界樹じゃねえんだべか?」
リーとズンダは真剣かつ慎重に周囲を観察して作業を進めていくと、液を流し込んでいた穴に突如として異変が発生する。信じられない様な強い光が穴から放たれて俺たちは目を開けられない状態だ。
またしても天井が崩壊してしまうのか?
全員が最悪に備えて身構えた時、事態は大きく動き出した。
光と共に一人の男が無言で姿を現す。
頭には猛牛を思わせる二本の仰々しい角が生え、背中には悪魔の様な翼を生やした見たこともないイケメンが目の前にいた。男は目を瞑り蹲った姿勢で宙に浮く。
その姿を見て危険と判断しない人間は、この世にいないだろうと確信した。
「ま、魔王? 文献で見たことあんぜ」
そして、その確信はリーの呟きによって現実として受け止めざるを得なくなった。俺たち三人の前に魔王と呼ばれる存在が立ちはだかったのだ。
リーの言葉に反応して俺とズンダはピクリとも動かなくなった、まるで金縛りにでもなったかの様に一瞬で全身が硬直する。
俺のやらかしは、ついに魔王を復活させるに至ってしまった。
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