あるよ
「出っ歯カッターーーーーーーーー!」
ズンダが口を開くと頭上の瓦礫が破裂した。
建物の天井が一部だけ崩壊して瓦礫となって降りかかるのだ。彼は口から出っ歯カッターなる武器を射出してトメさんたちの危険を排除する。俺とリーは、その隙に合コン相手を老人ホームの外に連れ出した。
他に避難させる人がいたらマズいと避難する最中で俺が足を止めると、
「翔太君、今日は私たち以外は全員外出してるんだよ」
とトメさんが教えてくれた。
「不幸中の幸いだ」
その一言にホッと胸を撫で下ろす。
トメさんは俺の様子にニッコリと笑顔を作って言葉を続けた。
「今日はホームの帰省日なのよ。家族がいる爺さん婆さんが一斉にホームを空けていてねえ。今日残ったのは私たちみたいな遠方に家族がいる婆さんか一人ものばかりだから大丈夫」
「全然大丈夫じゃないよ。それってトメさんたちの帰る場所が……」
今日はホームの老人たちの殆どが外出していた様で。
他に避難誘導が必要な人が建物にいないことは良かった。だけど、いざ避難して老人ホームを見上げるとガラガラと瓦礫と共に崩壊する様子があった。
避難を先導していたリーが手際良く敷地内の空き地に避難場所を作り始めた。俺は俺でトメさんたちに怪我が無いか確認を急ぐ。
行き場のない老人たちはただ茫然と項垂れるだけで言葉を失うのみだった。またしても俺のやらかしで大ごとになってしまった。
俺は本当のことを言うに言えず、ただ酸っぱいものを口に含んだ様な表情を浮かばせながら作業を続けた。
そこに遅れてズンダが建物から俺たちの元に走り寄ってくる。
「全員無事だべか!?」
「ズンダの出っ歯って武器なんだ?」
「自慢の伝説の武器だべ」
もう驚きもツッコむこともしない。
伝説と呼ばれる武具が身近にゴロゴロとあり過ぎて自分の感覚の狂いさえも受け入れてしまった。
引き攣った笑いを浮かべて空を見上げていると、ズンダと時を同じくしてリーも駆け寄って声をかけてきた。振り返るとバッチリと設置された避難用のテントがそこにはあった。
トメさんたちの無事が確保されて俺の罪悪感が少しだけ薄れた気がする。
「この揺れ、ちょっとばかし規模がでけえんじゃねえか」
「この地域って地震は珍しいの?」
「地震自体はあるんだけどよお、今回のは揺れ方が尋常じゃねえんよ。これは世界樹になんかあったな」
「世界樹? それって森の中にあるアレ?」
「アレだ。世界樹は縦の規模もすげえんだけどよ、実は地中の中は見える部分よりもでけえんよ。根っこが地中深くで広がっててよお、街の城壁の内側にまで届いてるっつう話だ」
「地中……深く?」
「翔太はこっちに来て間もないから実感が湧かないんだべか?」
ズンダは勝手にいい方向に解釈してくれた。
実際は地中と言う言葉に過敏に反応しただけなのだが、俺の剣が地中で削った何かの正体に近付いた気がしただけなのだ。
「世界樹はデケエ、とにかくバカでけえから、普段はちょっとやそっとじゃビクともしねえ。けどよお、弱点はちゃんと有って、それが根っこなんよ」
二人は勝手に説明を進めてくれる。
ここは流れに乗るしかない。
俺のやらかしを誤魔化すために適当に相槌を打っておこう、内心でヒヤヒヤすぎて心拍数が上がる一方だけど必死の演技で隠し通すしかない。
ここで本当のことを言えば、お婆ちゃん盲信者のズンダに殺されてしまう。
危険に巻き込んだと、出っ歯カッターの錆落としにされる未来が手に取る様に分かる。
「つまり世界樹が根っこにダメージを負って地震が起こったの?」
「おそらくそうだべ。世界樹は弱点を隠すために根っこを地中深くに伸ばすってトメさんも言ってたべ」
ここでズンダはお婆ちゃんの知恵袋を遺憾なく発揮する。
俺は促される様に世界樹に視線を向ける。
その巨大さで世界樹は街の中からでも視認できる、言ってみれば日本の富士山と同じだ。遥か遠くの景色に世界樹は溶け込んで、それでも俺の目から見ても何か違和感を感じた。
初めて目にした時に感じた雄大な自然の生命力が影を潜めている気がする。
「どうすんの? 世界樹ってことは街にいても俺たちにできることないんじゃないの?」
「んー……地震の発生源にもよるんよなあ」
考え込んだリーはジーパンのポケットに手を入れる。
それに反応したズンダも同様の動きを見せて二人は取り出した魔力メーターを操作していた。スマホで何かを調べているとしか思えない二人に俺は自分の質問を上書きしていく。
「発生源って、どういうこと? 世界樹が発生源じゃないの?」
「さっき世界樹の根っこの話をしただろ? あれはつまり世界樹の根っこがダメージを負ったっつう仮説なんだけどよ」
「翔太、リーと俺は魔力メーターで、どの辺りの根っこがダメージを負ったかを地震速報で調べてるんだべ」
地震速報、いよいよスマホと同じ立ち位置だな。
そんな機能があったのかと俺も魔力メーターを取り出して画面を見ると一件の通知が目に止まった。『地震速報』の通知をタップすると画面に地形図が映し出されてる。
画面の中心に点滅するマークがあった。
「発生源は……この老人ホームの真下じゃねえかよ! またハズレくじを引いちまったんじゃねえかあ、こりゃあ?」
「え? 本当だべ、しかも建物の中に発生源のマークがあるっぺ」
いとも簡単に調べがついていく。
まさかの事態に驚くリーとズンダ、俺は二人の驚く様子を見るに見れなかった。ジーッとメーターの画面を凝視するフリをして誤魔化すしかなかった。
アタフタと慌てる二人に申し訳無さしか湧き上がってこない。
対する俺は心の中で自分が縮こまっていくのが分かった。
「……現実的な話をしよう。具体的には、どうするの?」
と俺はメーターで表情を隠して二人に話しかけていた。
俺のやらかしが孤独なお婆ちゃんから住居を奪って、またしても仲間を巻き込んでしまったのだ。ここまでやって逃げたら罪悪感が死因で俺は突然死できる自信がある。
それでもリーは徹底的な熱血漢、ズンダはただのお婆ちゃんっ子。
今なら無条件で仲間に手助けをして貰えるのだ。
この規模の事件を一人で解決できるなどと自惚れるつもりも無いし、そもそも俺には世界樹に対する知識だって無いのだ。
ゴクリと唾を飲み込んで俺は縋る思いでリーたちの返答を待った。
「応急処置は根っこの回復だな」
「根っこを回復させるの? 人間みたいに回復させるってこと?」
「そうだっぺ。上から回復薬を垂らして地中に染み込んだ回復薬が根っこに伝わるのをひたすら待つんだべよ」
「根っこは地中の奥深くにあるんでしょ?」
「翔太の言う通りなんよ。だから、どうしたって時間がかかっちまう。チクショウ、せめて伝説級の回復薬が大量にあればなあ……」
悔しがるリーの表情が印象的だった。
心底悔しそうにする姿が彼の本質を物語る、リーは真剣に事件を解決できないものかと思案しているのだ。だからこその表情、目の前には夜のムフフなお店を楽しみにクエストを頑張る男の姿は無かった。
しかし、俺は閃いてしまった。
俺がポンと手を叩く音が響くと二人は俺の方へ目を向けた。
「あるよ」
「何がだっぺか?」
「伝説の薬草を持ってた。俺、初クエストの準備で伝説の薬草を買ってたんだった」
「マジか!? そういや、そんなこともあったな!」
「スッカリ忘れてたよお、あの後にお歳暮用で何箱か追加購入してたんだった」
買い込んでおいて良かった。
俺は、ようやく自分の失態を挽回できると微妙な安堵感を得てポケットから有りったけの薬草を取り出した。
更に良かったことは、オキナお手製の錬金ポケットを買っていたこと。
屋敷に保管するにもセイカと言う不安要素があって、高級品は全て自分の身近で管理しようと買ったのが良かった。このポケットのおかげて薬草の全在庫が俺の手元にあったからだ。
まるで猫型ロボットにでもなった気分だった。
後付けした防弾チョッキのポケットから次々と箱が取り出されていく、俺たちの目の前は薬草の箱が積み上げられた。
「翔太、おめえよお……」
「何? リー、どうしちゃったの?」
「いやあ、俺もリーの言いたいことは分かっぺさ……」
「え? え?」
その箱の山を見上げてリーとズンダは何とも言えない表情を浮かばせていた。二人は俺が何かやったかの様にジト目を向けてくるのだ。
視線の意図が分からず俺は交互に二人に視線を送って、眉を顰めてしまった。
「……おめえは薬草に一体いくら使ってんだよって話だよ」
「だべ、確か前に聞いた時は定価で百万ペレスだったべさ」
「箱買いだったから武器屋の爺さんがオマケしてくれて安いよ? 一箱百個入りだって言ってた」
「ひーふーみー……五十箱っておめえ……バカなんか?」
「ひええええええ……総額を聞くのが怖えっぺさ」
「何と定価五十億ペレスのところを七割引きの十五億」
「バッカ野郎」
「メボタの借金が二回も完済できるべさ」
世界の危機に瀕して一縷の望みが芽生えた瞬間に、俺は仲間たちから頭を引っ叩かれてしまった。
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