マブダチとの出会いはカツアゲ
異世界の空の下を変態と隣り合って歩く。
ハッキリ言って地獄である。
ふるさと納税で偶然、異世界に寄付してしまった俺。
その返礼品は住居を準備されての異世界移住。準備された居場所は、庭付きの豪邸で西洋風の屋敷。この世界の首都から歩いて二十分、最高の立地だった。
多少騒いでも近所迷惑にならないし、首都まで徒歩圏内という立地は素晴らしい。
屋敷の奥には頑丈な金庫も設置されて、中には約束の準備金もあった。
この世界には日本のメインバンクのATMもあり、生活は当面どころか一生安泰。
この変態さえ居なければ、の話だ。
その変態が首都を向かう道中で延々と話しかけてくるのだ。必死になって説得を試みてくる、と言い換えても良いかも知れない。
「現地人の私と結婚することで芝崎様は永住権が手に入るんです!」
「合コンにでも参加して相手を見つけるから。それよりも、どうして目が覚めたらこの世界にいたのか説明してよ」
「夜のうちに芝崎様の部屋をサクッと鍵開けしてチャチャっと運搬しちゃったんですよ! この世界の公務員は優秀なんです!」
「ただのこそ泥じゃん」
この世界は、日本人には暮らしづらい。
それは日本円と、この世界の通貨であるペレスの極端な為替レートが原因だ。一円二十億ペレス。この世界は年収が五百万ペレスあれば三人家族が悠々と暮らせると言う。
一円が四百世帯分の年間生活費と同等と言うわけだ。
普通の買い物でも一円が気軽に使えない、とんでもない世界だ。
これには本音で頭を悩ましてしまった。
そんな俺にセイカは大根おろしみたいな形状の道具を渡してくれた、今、俺が歩きながら手に持っているコレだ。何の道具なのか、その説明を隣にいる変態から聞いてドン引きしてしまった。
俺に付いてくる三十九歳の変態が浮かべる笑顔を見て、そのことを思い出してしまう。
「小銭削りねえ」
「一円を使うなら銀行で両替か小銭削りしかありません!」
中身はアホ、見た目は十代後半、実年齢はアラフォーと言うタチの悪い自称・国家公務員が言うには、一円を小銭削りでガリッと鰹節の様に細かくすれば普通に買い物ができると言う。
因みに一円の一削りで庭付きの一戸建てが買えるとのこと。
俺の悩みは全く解決できなかった。
仮に正攻法で銀行で両替して貰ったところで、二十億ペレス分、二十万枚の一万ペレス紙幣になって返ってくるらしいので、どちらも俺の悩みを解決はしてくれない。
それに小さな一円を削るうちに自分自身の指も削ってしまいそうだ。
「生活しづらいなあ。準備金の十万ペレスが無かったら合コンにも行けないところだったじゃないか」
「じゃあ私が参加費を奢ってあげますよ!」
「セイカさんは俺に全財産くれたから一文無しだろ?」
俺と結婚するために自分の財産を投げ打って、その結婚相手の合コン費用を自分で負担するとセイカは言う。俺自身、彼女と結婚なんてする気は無いのだけど。
天気は晴れ晴れ。
変態の笑顔はニヤニヤ。
セイカはそんな俺のため息を気付くことなく元気に不気味な笑顔でブンブンと両手を振りながら歩く。まるで空に届きそうな勢いで両手を振る彼女は上機嫌だった。
本日は晴れところにより変態。
若干加齢臭が漂い始める三十九歳の不良物件は俺の心をどこまでも暗雲で満たしてくる。悪い人ではない、実際にセイカは俺の心配をしてくれている、だからこそ首都まで付き添ってくれているのだから。
初対面の印象は悪態を吐かれたりと最悪ではあったが、セイカは普通の人だよ。
お金への執着心と実年齢以外は。
「おうおうおう! そこの兄ちゃん、ココを通りたいんなら通行料を置いていきな!」
そんな風に考えながら歩いていたら、まさかの事態。
俺たちは道すがらに不良に絡まれてしまった。
日本ではかなり前に絶滅したはずのリーゼント型の不良が、俺とセイカの進む道を阻む。Tシャツとジーパンで身を包み、両手をポケットに仕舞った既に絶滅危惧種のジャパニーズ不良が三人。
ソイツらは俺にメンチを切って通行料を払えと言ってくるのだ。
その存在にセイカは露骨に嫌そうな顔を浮かばせる。
むしろ、アホ顔になって不良三人にメンチで返してしまう、中々に残念なアラフォーだ。
セイカは、
「こんな草っ原で通行料とか馬鹿じゃないの!?」
と喧嘩を売ると今度は、
「うっせえんよ、やたらと加齢臭が臭うガキはあっちに行ってろ! 口臭もキツいから話しかけんな!」
と不良たちに喧嘩を買われてしまった。
この不良は的確に人の弱点を抉ってくるタイプらしい。
心に傷を負ったセイカは、大柄な不良三人に下からタラコ唇顔で目から殺意を放つ。この光景は、せっかくの晴れ渡った空を全てぶち壊しにしてしまうそれだ。
アーンとかイーンとかウーンなんて口にしながらセイカと不良は、メンチを絶やすことはない。全員が絶妙に顔の角度と表情を変えながら、かれこれ十分はこの状態が続いていた。
「とっとと通行料を払いな! 一人一円で良いんだぜえ、今日の俺たちはペレスよりも円が欲しい気分なんよなあ!」
「一円パチンコは聞いたことあるけど、一円カツアゲは人生で初耳だよ」
「兄ちゃんはすっこんでな! これは既に俺たちと、このガキの戦争なんよお!」
まるで映画のワンシーンだ。
一昔前の不良映画やヤクザ映画みたいなワンシーン。
リーダーらしき一番長身の男が、
「今日は合コンなんだよ! だったら懐は温かくしないとなあ!」
と啖呵を切ると、
「マジで? 俺も参加させてよ」
と一応は交渉をしてみる。
ここで予想外だったのは不良たちが意外と話が通じる性格だった様で、
「ああん? だったら一緒に来るか!? こっちもメンツが一人足らなかったんよ!」
と交渉成立。
そうなると、この場で味方がいなくなるのがセイカ。
彼女は背後にガーン! と効果音を引き連れて固まってしまった。真っ白になって灰と化したセイカだったが、瞬時に悟ったのだろう。
このままでは自分の身が危険だと。
セイカはやはりと言うべきか、構ってちゃんなのだ。その騒がしさを忘れ去られることが一番耐えられない様で。
俺が不良達と盛り上がり出すと途端にあたふたした様子で、その会話を強引に遮ろうとする。
「兄ちゃん、参加費用は一人五千ペレスだ。二時間飲み放題コースの一発勝負」
そう言って長身の不良は五本全ての指を立てた右手を俺の前に突き出してきた。
「相手の女の子たちは首都で一番大きい病院の新米ナース三人と、その子たちの友達の保育士でゲス。ただ注意してくれでゲスよ?」
と少しだけ小太りの不良が言葉を付け足してくる。
「……注意?」
「そうだべ。保育士の女の子は通称『ティアラちゃん』と呼ばれていて、首都でも有名な合コン荒らしなんだっぺ」
と小柄な不良は合コンの情報を更にくれる。
「ここに美少女がいるにの、アンタらバッカじゃないの!?」
騒ぎ立てるセイカは勢いに反して、この場の全員から空気の如く無いものとして扱われる。その扱いが気に入らなかったのか、余計に煩くなるのがセイカと言うアラフォーの様で。
高速の動きで自分を何度も指差してセイカは、その存在を強調する。
「合コン荒らし、どこにでもいるんだね。そう言う人って」
「そうなんでゲスよ。一度でも連絡先を交換したらスッポンに噛まれたと諦めるしかないでゲス」
「それって……もしかして?」
「職場や家に毎日会いに来るらしいんだっぺ。しかも食いついた相手に無理やり奢らせるらしいんだべさ」
と小柄な不良は力強く頷く。
その目付きと相まってティアラの恐ろしさが波動となって俺の全身に流れ込んでくる様だ。すると今度はセイカが待ってましたとばかりに騒ぎ出す。
「も〜〜〜〜! 合コンなんてガキの集まり! それよりも芝崎様は私と大人の遊びをしましょうよお!」
「アラフォーのセイカさんから見たら殆んどの合コン参加者はガキじゃないの?」
こちらもまたスッポンの如く構ってちゃんに徹する訳で。
不良たちと合コン話で盛り上がる俺を引っ張ってくるのだ。構ってちゃんであると同時に非常に分かりやすい性格と言うのが、なんとも厄介極まりない。
ブンブンと高速で腕を回してのセイカの抗議は思いの外に耳に響くのだ。
「私の妹が最近二十歳になったばかりで合コンばっかりやってるんです! レディーの私は、そんな遊びには興味ありませんので!」
「へー、妹がいるんだ。紹介してよ」
「婚約者に実の妹を紹介させるとか鬼畜!」
「婚約者じゃないし結婚もしないから。永住権は合コンでゲットする」
「じゃあ私の貯金は!? 通帳を返して下さい!」
「いいよ。屋敷にATMが設置されてたから全額引き出しちゃったし通帳はもう要らない」
「絶対に奪い返す!」
「引き出したお金は金庫に入れといた。鍵は絶対に見つからない場所に隠してるから無駄だよ?」
「ノーーーーーーーーーーーーー!」
セイカは草っ原で石像の如く身動きを止めてしまった。
何処ぞの有名な抽象画で見た様な顔付きでセイカの絶叫が響く。
思ったよりも彼女の声は甲高く、その場に居合わせた全員が咄嗟に耳を塞ぐ。
比喩とか例えではなく、純粋にセイカの叫び声が煩かったからだ。住宅地であれば間違いなくご近所迷惑となろう絶叫を吐き出して、アラフォーは突如ゴロゴロと地面を転がり始めてしまった。
恥ずかしいから他人のフリをしておこう。
今の俺には合コンと言う一大イベントが待っているのだ。
合コンは戦場、一度も女の子と付き合ったことが無い俺にとっては紳士協定すら生ぬるいガチンコバトルと言っても過言ではない。
見た目詐欺のアラフォーになんて構ってられるか。
他の三人も俺と同じ想いだった様で、セイカの絶叫に塞いだ耳から一瞬だけ人差し指を抜いて剣術の達人の如く居合でサムズアップを向け合って意思疎通を図った。
想いを共有すると即座に再び耳を塞いで騒音対策に戻る。
その間、ゼロコンマ数秒。
洗練された動きからは、まるで居合で抜刀した刀を納刀した時の音が聞こえる様だ。俺たちは地面を転げ回るアラフォーを一人残して首都へと向かうことにした。
「そう言えば三人は合コンの参加費用は大丈夫なの?」
「ギリギリだな。今月は給料日までヤバイかもなあ」
「当分は三食モヤシで我慢するしかないでゲス」
「俺は一週間水だけで乗り切るっぺよ」
出会って一瞬で意気投合して同じ合コンに参加する。
俺と不良三人組は既にセイカの叫び声の中で口パクだけで会話するほどの関係となっていた。目の前に見えるこの国の首都、国で最も栄える大都会をグルリと囲う城壁に向かってスキップで歩みを隣り合って進める。
いざティアラちゃん。
合コン荒らしと言う地雷を潜り抜けて俺は嫁をゲットする。
ここで失敗したら俺はセイカと言う呪縛から逃れることができない。
早く合コンで異世界の女の子をゲットして、永住権のためにも明日には結婚しておきたいところだ。俺たち四人は鼻歌混じりでその場を離れるのだった。
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