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ありがとう、どういたしまして

 入り口を開けるなり腰の入ったパンチを走らせた。


 下半身を駆使して放り込んだ拳に柔らかな感触がすると、

「ごふはあ」

と静かな悲鳴が返ってくる。


 老人が一人、俺の目の前で座り込む。カウンターに座っていた爺さんは派手な音を立てて地面に転げ回る。


 小さく何か言葉を漏らして起きあがろうとする様子は年相応と言ったところか。


 殴られることにまるで心当たりがないとばかりのオキナの態度に俺がイラッときて、

「クレームだよ」

と言い放つとオキナは、

「最近多いのお」

と半泣きになったオキナはオキナは仁王立ちの俺を細い目で見上げるのだ。


 ウッカリと口を滑らせたらしい。


 オキナは今回が初犯ではないと、ちゃっかり暴露した訳だ。



「ここで買った盾に魔王の側近が封印されてたんだけど」

「ほ? 消滅しとらんかったんじゃな、念を入れて良く分からんお札まで貼ったんじゃが」



 そのお札がマズかったとは口が裂けても言えないけれど。

 今更ではあるが、今回のクレームは何処まで言えばいいのか線引きが難しいかもしれない。勢いでクレームを言いに来たが、全てを話すと先日の事件、その責任のがメボタでは無く俺にもあると言う様なものだ。


 オキナは、

「すまんわいなあ。昔はそうでも無かったんじゃが最近はもう碌しちまって客からのクレームが多くてのお」

と素直に首を垂れる。


 ションボリとした様子から爺さんがワザとではないことがよく理解できた。


 店内に他の客の姿は無くて、それに気付くと嫌な予感が俺の頭を過ぎる。

 初めて来た時は斡旋所に紹介されてだったため、あまり気にしなかったこと。よくよく考えると、それが不安となって一気に押し寄せてくるのだ。


 ショボくれるオキナの纏うオーラは、そう言った不安を掘り起こそうと躍起になっているとさえ感じてしまう。その感情は言葉となって俺の口から飛び出してオキナの言葉を急かす。



「他には、どんなクレームがあったの?」

「伝説のリーゼントキャノンを売った時にメンテ用のポマードを渡し忘れてのお、アレはメンテを怠ると膨張して爆発するんじゃよ」

「爆発したの?」

「あの時は居酒屋で膨張が始まってのお。街中が大騒ぎになったんじゃよ、儂も昼メシの最中に警察に急に呼びだされてなあ」

「で、爆発はしたの?」

「ギリギリセーフじゃったよ」



 大通りでリーに向けられたあの目線。

 あれは、もしかして傍聴したリーゼントに向けられたものだったのでは無かろうか? 事件の真相を一通り喋り切ったオキナは野球の審判みたいに全身を使ってセーフと表現する。


 その表情からは全く反省の色が見えてこない。


 爺さんを見ていると、軒下でお茶を啜って昔話をする日本の田舎の一コマにしか見えなくなってくるのだ。むしろオキナが意図的に俺のクレームを誤魔化している様にさえ思えてしまう。



「俺のクレームはどうなったの?」

「あの盾は儂も要らんしなあ。ごめんとしか言えんぞい」

「誠意は言葉じゃなくて物品だよ。現金は腐るほどあるから要らない」

「お前さんは最低で鬼畜な勇者じゃのお」

「もっとまともな伝説を頂戴よ」



 俺の異世界生活はオキナのせいで危険に満ちあふれている。


 オマケで貰ったナイフから始まって前回の盾に加えて、まさか仲間のリーゼントまでとは思わなかった。そんなやらかしに右手を立てて、

「めんごめんごじゃよ」

などと軽い気持ちで言われたって納得できるはずがない。


 オキナは渋々と言った様子で店内を物色し始める。


 爺さんはようやく俺に謝罪の品を見繕う覚悟を決めたのだ。いつもの如くゆっくりとしたオキナの動きが今日に限っては俺のイライラを募らせる。


 数分ほど店内を徘徊してオキナはようやくカウンターに何かを持って戻ってきた。



「今度こそマトモな品だよね?」

「コイツは若い頃に使っとったアイテムじゃから安全性は儂が保証するわい」

「爺さんの保証が一番信用できないんだけどね」

「お前さんも疑り深いのお」



 当然だろう。

 これまでの実績を鑑みて逆にオキナの言葉が信用に値すると言う根拠を今すぐ提示してほしいくらいだ。



「それで、肝心の説明は?」

「お前さんは、こんなキューティクルな老人をぶん殴っておいて心が傷まんのか?」

「爺さんは客に不良品を掴ませて心が痛まないの?」

「ああ言えばこう言う奴じゃのう。まあいい、この剣は伝説の一品じゃぞい」



 ここでは定番になりつつある伝説の登場だった。


 異世界に移住して何度目かの伝説の武具、この武器屋には伝説しかないのではとさえ思えてしまう。爺さんのヒゲ面を見ていると嘘に聞こえないのが恐ろしい。


 カウンターの上に置かれた剣に手を伸ばして直に触ってみる。


 俺が、

「特に普通の武器と違いが分かんない」

と思ったことをそのまま口にすると、

「これはのう合言葉に反応して剣身が伸びるんじゃよ」

と淡々と剣の特徴を説明してくれる。


 これまでの実績からオキナをイマイチ信用できず俺は剣を眺めて観察する。


 剣先を天井に向けて下から覗き込む。



「で、肝心の合言葉は?」

「ありがとう、じゃよ」



 オキナもいきなり言うものだから剣身が天に向かってグングンと伸びて、突き刺さる。


 今回ばかりは大丈夫そうだ。


 流石に剣身が伸びるだけでは何かに迷惑をかけることも無いだろう。そう思って刺さった剣を天井から抜こうとするとピクリとも動かない。


 終いには店舗の上から悲鳴らしき声が聞こえてきた。


 嫌な予感がする。


 どれだけ力を入れても天井に刺さった剣は引っこ抜けないのだ。改めて気合を入れて両手に力を込めても、やっぱり抜けない。


 流石に何かあると思って俺は視線をオキナに向けてみる。


 するとオキナは忘れてました、とばかりにポンと頭を叩く。そして一瞬だけ間を開けてから重い口も一緒に開く。



「その剣は伝説故に限界知らずでの、延々と伸びるんじゃ」



 さっきの悲鳴は武器屋の上に住んでる人のものだったのか。


 二階の住民からすれば見たこともない剣が床から突然飛び出してきたのだ。驚いて悲鳴を上げるのは仕方がないことかもしれない。


 この世界ではハリウッドのマジックショーみたいな体験が普段の生活でできてしまう、そもそも武器屋は内装は木製だけど煉瓦造りの外観だった。


 この剣は煉瓦すらも簡単に貫いてしまうのか?

 一見まともに見えて、やっぱり迷惑な伝説しかオキナの武器屋には置いていないらしい。



「このまま止まらないってこと?」

「合言葉を言えば止まるよ」

「それを早く教えてよ。おかげで二階の住民をビックリさせちゃったよ」



 この爺さんは近隣住民に迷惑をかけたと言う実感が全く無いらしく、

「お前さんは悪い奴じゃのう」

と然りげ無く俺のせいにしだす。


 お詫びの品として要求したけど、この剣は使い勝手が悪そうだ。


 そもそも、この店は探せばもっといい伝説の武器がありなのだ。一刻も早く剣を元に戻して別の品を出して欲しい。



「サラっと責任転嫁するのやめてね。それで合言葉は?」

「止める合言葉は、どういたしまして。元に戻したい場合は、すいませんじゃな」



 オキナの言葉に反応して本当に剣は元の形に戻ってくる。元のサイズになって改めて振ってみると、悪い剣では無かった。


 軽く扱い易く、それでもいて頑丈そうだ。


 デザインだって悪くない。


 宝石でそれなりに装飾が施されてはいるが派手と言う訳でも無く、品のある造りだ。持ち手の気持ちを奮い立たせる様な、そんな慎みさえ感じてしまう。



「うーん……悪くはないんだよね。悪くは、これと言って文句はない」



 武器としての効果は地味だけど改めて確認すると返却する様な要素は見つからなかった。俺が少しだけ思案しだすとオキナが、

「今ならオマケとはしちゃうぞい?」

と逆に不安を覚える余計な一言を付け加えてくる。


 このやり口は何度も痛い目を見てきたから即答はしない。

 爺さんのオマケがロクなことがないと俺は肌で味わってしまったから。


 それでも剣は妙に俺の手に吸い付いて馴染んでくる。



「まあ、これでいいや。とりあえず貰っていくよ」

「毎度あり。ついでにクエストの収穫も買い取っとくかい?」

「今日は特に無いからいいや」



 因みにオキナの武器屋はクエスト斡旋所と提携しているため、クエストの報告も代行してくれるのだ。俺が断ると爺さんは剣の鞘にベルトを手際良く付け始めた。


 これで背負えと言うのだろう。


 無言で突き出された鞘を受け取って背負い、そのまま剣を納める。クレーム以外は特に用事が無いので合コンに遅刻しない様、後は店を出るだけだった。


 防弾チョッキ風の漆黒の鎧を着込んでポケットには拳銃と薬草が、背中に新しい剣が光り輝く。いよいよ全身がファンタジー色に彩られて俺は何処か気分が良かった。


 店のドアを潜る前に爺さんに軽く挨拶をしようと振り返って笑顔を向ける。



「爺さん、ありがとうね」

「あ、それ合言葉」

「へ?」



 今度は剣が鞘を破壊して店舗の床に突き刺さってしまったのだ。


 スッカリ忘れていた。


 この剣は『ありがとう』と言うと無限に剣身が伸びていくのだった。背負った剣が地面に刺さって俺はヤジロベーにでもなった様に身動きが取れなくなってしまった。


 普通なら解除の合言葉を言うところだけど、俺はトラブルに見舞われて咄嗟に強引に歩き出そうとしてしまった。動けないと分かっていながら鼻息を荒げて強引に前に進むため、足を動かす。



 せっかくカッコ良くなったと思ったらのに、逆にカッコ悪い。



 俺は爺さんの呆れる視線を背中で感じつつ、自分の顔が熱くなっていく感覚が芽生えていた。恥ずかしさで真っ赤に染まる様子が鏡を見なくても分かる。


 もう穴が有ったら入りたい!



「どういたしまして、すいません。芝崎君、その剣は街中では装備せんことをおすすめするぞい」

「そうします……」



 いつの間にかオキナは後ろから俺の肩に手を置いてそうアドバイスをくれる。


 お前がやらかした代償だろうが、と言い返したかったけど何を言っても説得力が無いなと途中でやめた。オキナのおかげで元に戻った剣を再び背に俺はトボトボと外に出ていった。


 色々と疲れてしまったけど、ここからはまた戦場。


 俺はリーとズンダが待つ合コン会場にゲッソリと疲れ切った顔のまま歩きだす。今日こそはマトモな合コンであります様にと心の中で願っていた。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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