現金な制裁
ズキュンズキュンズキュン!
西部ガンマンの映画さながらの銃撃戦を不良リーゼントが体現する様だった。
俺の後ろで威勢よくリボルバーを撃ちまくっていたリーの表情に強張りが生まれた。それから直ぐにカチャカチャと音を立てて手元を気にする仕草をする彼の様子に、何となく察しがついた。
盾役の俺は振り向くことなく、
「もしかして……もしかしなくても弾切れ?」
とリーに問いかけると、
「まだキャノンの方は数発あんぜ」
と切れ味ゼロの返事を返してくる。
最悪だ。
セイカの結婚願望は見る者全てを恐怖に包む何かがある。その恐怖の前で俺たちは牽制の手段を失ってしまったのだ。
ただひたすら猛アタックを繰り返すセイカの前で、それは致命傷だった。
状況を察してニヤッと口元が吊り上がるセイカ、逆に顔が真っ青になる俺とリー。
「どうすんのさ? 逃げる?」
「城壁の中で、それも幼稚園で魔王の側近と戦っちまって逃げるなんて選択肢はねえなあ。子供たちの未来を守ることを放棄するなんざ俺が俺を許さねえ、もうメボタのせいとか、そんなん関係ねえんよ」
俺たちは盾で顔を隠しながらコソコソと話し合う。
リーは至極ごもっともな男前の発言をズバッと言い切ってくるのだ。その声から表情を見なくとも、それがリーの本音だと理解できた。
それとリーゼントヘアーはコソコソ話をするには不向きだ。
リーのリーゼントが俺の額にガシガシと当たって痛い、これは俺の本音だが今は言うべきではない。仲間と喧嘩する気はサラサラない。
リーゼントが自分を誇示するかの如く風に靡く。
先ほどまでジャストフォーの求婚から逃げ回っていた男の姿はそこにはなかった。
俺の後ろには街の平和のために戦う決意を胸に抱く男がいたのだ。
「今更だけど俺たちだけで戦えるかなあ?」
「こんだけ派手に暴れたんだからよお、流石に誰かが気付いて駆け付けてくれんだろ。それに園児と保護者を避難させたズンダが警察に通報してくれたと思うんよなあ」
「いい加減隠れてないで男らしく出ておいでーーーーーーー! 二人とも結婚してくれーーーーーーー!」
ドシン! と音を立てて盾に鈍い感触が伝わってきた。
セイカが盾を殴ったそれだ。
セイカの動く方向を意識して俺は構える盾を動かしていく。
彼女は魔王の側近と言う肩書きに偽り無く守りを固める俺たちを正面から切り崩そうと言うのだろう。性格は横に置いておくとして、彼女が脅威だと言う事実はやはり変わらない。
性格の方が脅威と言い直すべきか?
「ズンダ待ちかあ、どれくらいで戻ってくるかな」
「警察署はこの幼稚園と真逆の位置だかんな。早くても一時間ってとこだろうなあ」
戦闘が開始して丁度十分が経過していた。
「残り五十分……」
「てか見渡す限り荒野に変貌を遂げちまったなあ。こりゃあ幼稚園以前の問題だわ、街全体からクレームを貰っちまうぞ」
額に手を当ててリーは乾いた笑いと共に言葉を漏らした。
それは俺も言わずに口を紡いでいたことだった。
どう考えても荒野は先ほどよりも拡大しているのだ。
セイカとの戦いを振り返れば当たり前ではあるのだけど。
「あのさリー」
「そっから先は言うんじゃねえよ」
「オッケー。じゃあ街から弁償代を請求されても全部メボタに頼むってことで長期戦を乗り切ろう」
「ぐはははははは! 合コンもそろそろ終盤かなあ? 皆んな楽しくお喋りからの連絡先交換と行こうじゃないか!!」
「嘘だろ? アレのどこが楽しいお喋りなのさ」
「翔太、相手は魔王の側近だぞ? 常識なんてハナから通じねえんだよ」
セイカは両手に何やら紙とペンを握りしめていた。
合コンはお開きと言いつつ彼女が、その紙にサラサラとペンを走らせる。その様子は、あまりにもアナログで盾に隠れる俺たちは顔を突き合わせて、
「マジで?」
「今時、連絡先交換が紙渡しとかやべえんじゃねえんか?」
と互いの感想を口にした。
ここまで余裕を見せ付けられたら誰だって疑心暗鬼に陥ると言うものだ。
セイカは出血で顔面を真っ赤に塗りたぐって平然と会話に参加する。
「突破口どころか、このままじゃあジリ貧の未来しかねえんよ」
「うーん……相手は結婚願望しか無いから、お金で釣るのは難しいとして……ん? 結婚願望?」
閃いてしまった。
名案が思い浮かんだことが表情に出てしまったのか、
「どうしたんよ?」
と後ろからリーが声をかけてくる。
俺は直ぐにリーに教えようと振り返るも、ちょっと待てよと再び考え込んでしまった。解決策が思い付くも、それには大きな問題がある様に思えたからだ。
俺は盾に背中を預けたまま座り込んでしまった。
「セイカさんの婚活自体クエストとして斡旋所に依頼できないかな?」
「とんでもねえ長期クエストにならねえか?」
「そこはさ色々と隠蔽して依頼するんだよ。よほど接近しないと目尻のシワは気付かれないし、見た目だけは若く見えるから年齢さえ黙ってれば誰か引っかかるんじゃない?」
自分で思い付いて最低の発想だとは思った。
何しろ本来なら俺の盾とお札が原因で今回の事件に発展した訳で、武器屋帰りで調子に乗って合コンの会話のネタにと持ち込んだの悪かったのだ。
色々とメボタに責任は押し付けているが、全て俺が悪いと言われてもおかしくはない。
俺も内心でビクビクしながら提案してるのだ。冷や汗もので盾に身を隠しながら連絡先を書き込むセイカの筆記音にビビっていた。
それは幸運にもリーには伝わっておらず、
「悪くねえ。実際のところ、このまま続けても警察の増援まで持ち堪えれっか微妙なんよんなあ」
と真剣に提案を精査してくれるほどだ。
腕を組んでうーん、と悩むリーの姿は背に腹はかえられぬと言ったところか。
そうなのだ、彼もまたピンチであることは間違いない訳で。
「あのよお翔太」
「何?」
「一個だけ問題があるんよ」
リーは重そうに語り出す。
その渋柿でも齧ったかの様な表情から重大さが容易に伝わってくる様だった。何も聞かなくともリーの言う問題がただ事ではないと理解できてしまった。
俺が埴輪みたいな表情を浮かべたからリーも察したのだろう、
「この手の事件は自力で解決しねえと国から報奨金が出ねえんよ」
と簡潔な答えを持って返してくれた。
「つまり破壊したものの修繕費は当事者たちの責任ってことね?」
「メボタの責任にすんのは良いんだけどよお、流石に報奨金ゼロはキツイと思うんよ」
「ああー……」
「ここまで派手に街を破壊しただろ? しかも俺たちの顔は園児の保護者たちにバレてる訳よ」
「トンズラは無理かー、因みに修繕費用の試算は?」
「ザッと見積もって七億ペレス」
安いな。
一円二十億ペレスのレートだから俺は痛くも痒くもない。
リーは神妙な顔付きで立てた七本の指を見せてきた。右手をパー、左手をチョキにして合計七本だ。
「コソコソと隠れるなって言っただろう!? とんだ恥ずかしがり屋だよねえーーーーーーー!」
「いってえ!!」
セイカが思いっきり力を込めてフルスイングパンチを放ったのだ。
振り下ろされたことで威力が構える盾に振動となって俺の手に伝わってきた。ここぞとばかりに彼女の全体重が乗ったパンチが振り下ろされた。考えが及ばなかった上に見えないところで変化を付けられて俺は驚くしかない。
「翔太!?」
「背中がジーンってするー……」
ズゴッ! と聞いたことのない音が響くと大声を上げて俺は盾から預けた背中を離してしまう。
支える物が離れれば盾は当然ながら地面に倒れていく。俺も当然バランスを崩す、俺たちとセイカの距離を置く生命線が失われてしまった訳だ。
リーに支えられて何とか踏み止まると偶然セイカと目が合う。
倒れた盾の向こう側から狂気の笑みを覗かせるセイカの全体像がハッキリとすると、俺とリーは気圧されてジリジリと後ずさるのみだった。
「これが私の連絡先」
セイカはそう言ってピラピラと紙をチラつかせていた。
そのやり取りで忘れていた背中の痺れが再び顔を覗かせる。
痺れは恐怖を掘り起こし、俺は自分で自分を見失い突拍子も無い行動へと繋がっていく。俺は懐に手を忍ばせる。
次の瞬間、俺は札束を握りしめてセイカを思いっきり引っ叩いてやった。
スパーンと歯切れのいい音が周囲に響き渡る。
「あん! ああん、あっ……あ〜〜〜ん♡」
今度はジャストフォーの喘ぎが響く。
するとセイカに変化が現れた。
彼女はドシュッと音を立て光となって空の彼方へ飛んでいってしまったのだ。突然の出来事に俺もリーも理解が追い付かずポカーンと開けた口が塞がらない。
ただ、何となくだけど一つだけ気付いたことがあった。
「翔太、ジャストフォーの飛んでった方角ってよお……」
「うん。俺の屋敷の方角だった」
「しかしよお、おめえも思い切ったことすんなあ。まさか札束を聖剣代わりに女をぶん殴るとはなあ」
「俺も無我夢中だったから」
ピンチから一転。
絶体絶命の危機が去って周囲が静かになると、安堵よりも違和感しか残らなかった。視線で追っていたセイカの光はキラリと光って落下を始める。
その一部始終を見納めるとリーは力の込めた言葉を吐き出した。
「メボタの奴、修繕費用の全額負担決定だかんな。一応、自己解決はできたんだしな」
「容赦ないんだね」
「合コンは男の最後の聖域なんよ。それを荒らす奴は仲間だって容赦しねえ」
荒野と化した幼稚園があった場所で俺たちの声は吹き荒れる風に攫われていく。乾き切った空気の中で今後は合コンの参加も慎重に決めようと決意した。
誘われた時もバトル展開があるか否かはしっかりと確認することにしよう。
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