人生崖っぷちの四十路は侮れない
リーの元に駆け付けて早々、俺は目を疑ってしまった。
目を見開いて魔王の側近の闘いぶりにドン引きしてしまったのだ。
「ぐはははははは! ジーパンを脱げーーーーーーー! 結婚しろーーーーーーーー!」
「うおっとお!? 今のは間一髪のタイミングだったぜ!」
セイカはリーの下半身だけを狙っていた。彼女は結婚願望に苛まれているはずが、この光景を見ればただの性欲に塗れているとしか思えない。
或いは既成事実でも作ろうとしているのだろうか。
彼女はリクルートスーツの姿で床に滑り込んではリーの下半身に一直線だった、滑り込んでは手を伸ばしてイツモツを掴み取ろうと試みる。
まるでリンゴ狩りの如く掴もうとしていた。
手が空を切るとジャストフォーは、
「ちいっ!」
と舌打ち混じりに悔しそうに表情を歪ませる。
セイカは性欲の魔王だった。
リーはセイカの攻撃を回避する度にホッと安堵ため息を吐く。リーの気持ちが痛いほどよく理解できて、見ている俺の方が痛々しくなってしまう。
「ウザさと結婚願望……そのバランスが崩れると、ここまで酷いんだ」
「翔太、コイツやべえんよ!」
「ちょっと、こっちに話しかけないでくれる? 頼むから俺を巻き込まないで欲しいんだよね」
「ちいっ、所詮はナイフだったか。婚活の役に立たんとは……。まあ旦那さん候補が二人に増えたと前向きに捉えるとするか」
ジュルリと滴るセイカのヨダレに悪寒を抱く。
ゾクッと背筋が凍った感覚がして俺は思わず身構えてしまった、ことの発端となったリーに巻き込むなと釘を刺すも、セイカの結婚願望はやはり並々ならぬものがある様で。
一歩、また一歩と俺は後ずさってしまった。
しかし、それが悪い方に転がってしまったらしくセイカは狙いをリーから俺に変えてくる。
「ぐははははははは! 今、私から距離を取ったな? さては私に一目惚れでもしたな?」
「どうやったら、そんな風に考えちゃうかな?」
「恥ずかしいのだろう? 私の美しさが眩しいのであろう!?」
「翔太、後は任せんぜ」
「ちょいちょいちょい。リーも職務放棄は良くないなあ」
「確かに俺はジャストフォーの相手をするって言ったけどよお、それとこれは話が別じゃねえか?」
リーの勝ち誇った顔が釈然としない。
彼は俺に向かって、
「女の想いに応えられ無いってんなら男じゃねえよ」
と言い放った。正にブーメラン。
どの口が言うかと反論したかったけど、セイカの狙いが俺にロックオンして、今はそれどころでは無くなってしまった。
命と貞操を天秤にかけて絶体絶命のピンチに俺は即座にセイカに言い返す。
「このリーゼントの人がセイカさんを倒してから正々堂々と告白したいんだって。俺はタダの見学だから」
ブンブンと風切り音が聞こえるくらいに否定の意味を込めて手のひらを左右に動かした。見事な言い回しで仲間を生贄に差し出すことに成功する。
リーはリーゼントに忍ばせていた櫛で髪を整える。
その眉間がピクピクと動く様子から察するに彼は相当に動揺している、動揺のし過ぎで、真冬みたいに腕がガタガタと震えるほどだ。
どうやら俺の発言はセイカがリーに興味を持ってもらうには充分だった様で。
彼女は、
「ほほお……髪型はアレだけど顔は……余裕で落第。ガッチリとした筋肉質な体付きと年齢を考慮してギリギリ合格に内申書を書き替えてやろうかねえ」
と酷く失礼な評価をリーに下す。
ジュルリと滴るヨダレを拭う仕草からは到底予想だにしない評価だった。やはり彼女は男なら誰でも良いらしい。
リーは喜んでいいのかダメなのか、困惑した表情を俺に向けてくる。
「翔太ああああああああ、頼むから一緒に戦ってくんねんかあ?」
「元からそのつもりだったんだってば。リーが変なことを言うのが悪いんでしょう」
「色々と試したんだけどよお何をやっても通じねえんだってば。モミアゲリボルバーは避けられちまうしリーゼントキャノンは効かねえ。八方塞がりなんだよ」
「他にリーゼントの武器はないの?」
「この櫛が近接武器になんだけどよお、今更な感じがすんだよな」
意外とカッコいいじゃないか。
リーはリーゼントをとかす櫛をクルクルと回転させてから力一杯振り下ろした。すると櫛は巨大化して死神の鎌を連想させる形状に変化する。
リーは、
「な?」
と声をかけてくるけど、返答に悩んでしまった。
素直にカッコいいと言えば良いのか、確かに今更だねと相槌を打つべきなのか。
しかし、それ以上に何処の世界に持ち主の意を汲んで形状変化するリーゼントがあるのかと、俺は呆れてしまっていた。
逆にセイカはしびれを切らしたらしい。
ダラダラと話し込む俺たちの会話をぶった斬りかの様に何の前触れも無く、
「婚活とは命懸けの戦場だーーーーーーーーー、不退転! 私にはもう後が無いのよーーーーーーー!」
と切実に絶叫しながら突っ込んで来た。
獲物に飢えた狼の様な顔付きが俺たちに猛スピードで近づいて来るのだ。
「早く盾の後ろに来なよ」
「悪い!」
と叫んでリーは地面に突き刺した盾の後ろに素早く逃げ込んでくる。魔封じの効果が付与された盾だけにセイカにも効果があるはずなのだ。
男二人が肩を並べて盾の後ろから銃撃戦を開始した。
ズギャンズギャンズギャン、チュドーン!
俺は拳銃が無いから攻撃はリー頼み。
必死の銃撃に目の前の光景は、戦隊モノを彷彿とさせる状況となった。元々幼稚園が存在した場所は見るからに荒野へと激変する。
土煙が立ち込める周囲は園児たちの遊び場とは到底思えない姿に変貌してしまったのだ。
「俺たち幼稚園に怒られないよね?」
「メボタが責任持つに決まってんだろ!」
言われてみればそうか。
そもそも今日は合コンのクエストのために幼稚園に来た訳で、ならば全責任はメボタにあるのが筋である。
今は目の前の敵を倒すことに集中していいと言う訳だ。
「セイカさんは、どうなったかな? 視界が悪くて煙の中が全く見えないよ」
「こんだけ銃弾を浴びせれば流石に魔王の側近だってダメージはあんだろ!? 逆にノーダメージだったらやべえよ!!」
「ぐはははははははは! 私に普通の銃弾は効かんぞーーーーーーーーー、弱点はただ一つ! それは女の子♡」
煙の中から両手でハートを作ったセイカが姿を現した。
ご丁寧にウィンクをしながら俺たちを悩殺せんとする姿にジャストフォーの本能を見た。俺もリーも流石に背筋にゾクっと何度目かの悪寒が走る。
そのせいで油断して詰められた距離をそのままにしてしまう。
目の前にあったものは婚活に命を賭けた女の姿だけだった。
俺は反射的にセイカを拒絶して振り上げた盾を力の限り叩き付けた。
「えいえいえいえいえいえいえい」
「翔太、おめえも容赦ねえんだな? 女を相手に何度も盾で、しかも角の部分だけ使って殴り付けるとか正気じゃねぞ!?」
「リー、それってレディーファーストの精神って奴だよね?」
「やっぱりリーゼントは私が好きなんだね♡」
「翔太あ! おめえは余計なことを言うんじゃねえよ!」
「その盾は魔封じの盾だな!? だが私には効かんぞ、私は純粋な結婚願望の結晶だ! 結婚願望とは悪では無い、年頃の女の願いそのものだ!」
「伝説の盾だって言うから買ったのに、武器屋の爺さんめえ。全く使えないじゃないか」
「盾としてに性能はすげえんじゃねえの? 実際に殴り付ければ魔王の側近でさえ物理的ダメージはあるんだし」
「可愛いは正義だから私に魔封じは効かないんですーーーーーーー! 二人に分かれる前の昔の私はヤンチャだったから封印されたけど今は大丈夫!」
そう言ってセイカは更に踏み込んでくる。
魔女っ子みたいな決めポーズのまま俺に更に一歩深く突撃してきたのだ。
対する俺は盾を使って殴っては距離を取り、その隙を突いてリーがリボルバーを連射する。この形で何とかギリギリ押し返していった。
リーは何度もリロードを繰り返して、数え切れないほどの弾丸をセイカに浴びせていく。
ついにセイカは力押しは時間の無駄と感じたのか、大きく後方へ飛んで距離を取る。
仕切り直しだと言わんばかりに綺麗に着地すると、
「う〜〜ん、やっぱり力押しだけじゃダメなのかな? 女の子の恋愛はテクニックが大切ってことだよねえ」
とセイカはぶりっ子みたいな仕草で呟いた。
ぷくーっと膨らんだ頬に人差し指を当てる様に俺たちはカチンと苛立ちを感じるも、その余裕ぶりを見れば流石は魔王の側近だと今更言うまでもないが認めざるを得ない。
若い獲物を狙うセイカの手付きが逆に俺たちは不安にさせる。
「カモーン、ネギを背負ったカモーんたちー」
寒い親父ギャグを挟みつつ妖艶に俺たちを誘うジャストフォーだけど、俺がしこたま盾の角で殴ったからかセイカの膝は盛大に笑っていた。ガクガクと痙攣させるセイカは頭から夥しい出血をしながら不気味に笑う。
追い詰めているのか、はたまたはその逆なのか。
自分たちの置かれた状況すらも把握が叶わず、俺たちもまた盾の後ろに隠れて震えるしかなかった。
ジャストフォーの執念、侮りがたし。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
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